- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 経営・ビジネス >
- 企業経営・産業政策 >
- “とりあえずコンプライ”を“あとからエクスプレイン”する(1)-コーポレートガバナンスの持続的向上に向けて
コラム
2016年06月27日

文字サイズ
- 小
- 中
- 大
3月期決算上場企業の定時株主総会開催がピークを迎えつつある。株主・投資家との建設的対話に備え、定時総会終了以前に「コーポレート・ガバナンス報告書(以下「ガバナンス報告書」)」を更新した会社も少なくない。
ガバナンス報告書では、コーポレートガバナンス・コード(以下「コード」)の73原則に対し、コンプライ・オア・エクスプレイン(コード原則を実施するか、実施しない場合には、その理由を説明するか)を表明しなければならない。
コードの適用開始から1年余り経過し、当初は一部のコード原則を実施できないとして理由を「エクスプレイン」した企業も、着々と「全てコンプライ(実施)」にレベルアップしているようである。
コードのコンプライ率は着実に高まりつつあるが、実は、既に昨年の12月末段階でも、東証1・2部上場企業は、約8割の会社が原則の9割以上をコンプライしているのである。この高いコンプライ率に対して、「本当にそうなのだろうか」という指摘もある1。
コードは、その抽象的で大掴みな原則に対して、形式的な文言・記載にとらわれず、コードの趣旨・精神に照らして、自らの活動がコンプライであるのか否かをコード適用企業自らが判断する枠組みである。コンプライとする判断は、企業に委ねられているため、企業によってバラツキが生じてしまうのである。
判断のバラツキの一例としては、各原則を万全とまでは言えないまでも一定程度は実施していると対外的に説明できるのであれば、コンプライとするケースが考えられる。“とりあえずコンプライ”ともいうべき対応である。
確かにコードの適用初年度で、恥ずかしくない「世間水準」もわからない中、73個もの採点項目について、できているのか公表を迫られたのである。“とりあえずコンプライ”も含めて、極力コンプライ率を高めたいというバイアスが働いてしまったとすれば、それは日本企業の生真面目さの裏返しともいえるだろう。
一部エクスプレインから全てコンプライへと移行していく流れの中、これに逆行する注目すべき開示事例がある。全てコンプライで一旦開示した後、一部をエクスプレインに変更した、花王のガバナンス報告書である。その経緯は図表1のとおりである。
ガバナンス報告書では、コーポレートガバナンス・コード(以下「コード」)の73原則に対し、コンプライ・オア・エクスプレイン(コード原則を実施するか、実施しない場合には、その理由を説明するか)を表明しなければならない。
コードの適用開始から1年余り経過し、当初は一部のコード原則を実施できないとして理由を「エクスプレイン」した企業も、着々と「全てコンプライ(実施)」にレベルアップしているようである。
コードのコンプライ率は着実に高まりつつあるが、実は、既に昨年の12月末段階でも、東証1・2部上場企業は、約8割の会社が原則の9割以上をコンプライしているのである。この高いコンプライ率に対して、「本当にそうなのだろうか」という指摘もある1。
コードは、その抽象的で大掴みな原則に対して、形式的な文言・記載にとらわれず、コードの趣旨・精神に照らして、自らの活動がコンプライであるのか否かをコード適用企業自らが判断する枠組みである。コンプライとする判断は、企業に委ねられているため、企業によってバラツキが生じてしまうのである。
判断のバラツキの一例としては、各原則を万全とまでは言えないまでも一定程度は実施していると対外的に説明できるのであれば、コンプライとするケースが考えられる。“とりあえずコンプライ”ともいうべき対応である。
確かにコードの適用初年度で、恥ずかしくない「世間水準」もわからない中、73個もの採点項目について、できているのか公表を迫られたのである。“とりあえずコンプライ”も含めて、極力コンプライ率を高めたいというバイアスが働いてしまったとすれば、それは日本企業の生真面目さの裏返しともいえるだろう。
一部エクスプレインから全てコンプライへと移行していく流れの中、これに逆行する注目すべき開示事例がある。全てコンプライで一旦開示した後、一部をエクスプレインに変更した、花王のガバナンス報告書である。その経緯は図表1のとおりである。
同社によれば、最初、全てコンプライと開示した後、投資家らとの対話を契機として、現状の判断・開示がコードの趣旨・精神に照らして真に適切なのかを社内で議論したところ、一部をエクスプレインに見直したとのことである。そうすることが、株主・投資家との建設的な対話に資するという考え方であり、まさにコードの趣旨・精神に沿った対応といえる。
同様の観点でJ.フロント リテーリングの開示例も注目される。同社のガバナンス報告書では、開示が義務付けられている原則に限らず、「従前から実施しているものの、さらにその実質的な内容を充実させなければならないと考えている原則」等についても併せて開示する、としている。
このように「コンプライ・アンド・エクスプレイン」することが、株主・投資家との建設的な対話の促進につながるという考え方に立っているのである。
コードを柱としたコーポレート・ガバナンスの枠組みは、会社自らがガバナンス上の課題の有無を検討し、自律的に対応することを求めているが、株主・投資家との建設的な対話によって更なる充実を図ることが期待されている。
株主・投資家をはじめとするステークホルダーとの協働を通じて、ガバナンスの持続的向上を図る上で、本稿で紹介したケースは貴重な示唆を与えてくれるものである。“とりあえずコンプライ”した原則を“あとからエクスプレイン”することは、コードの趣旨・精神を踏まえたベストプラクティス(他が模範とするような優れた実務)といえるのではないだろうか。
1 金融庁「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議(第五回)議事録」田中メンバー発言、同(第四回)上田メンバー発言。
同様の観点でJ.フロント リテーリングの開示例も注目される。同社のガバナンス報告書では、開示が義務付けられている原則に限らず、「従前から実施しているものの、さらにその実質的な内容を充実させなければならないと考えている原則」等についても併せて開示する、としている。
このように「コンプライ・アンド・エクスプレイン」することが、株主・投資家との建設的な対話の促進につながるという考え方に立っているのである。
コードを柱としたコーポレート・ガバナンスの枠組みは、会社自らがガバナンス上の課題の有無を検討し、自律的に対応することを求めているが、株主・投資家との建設的な対話によって更なる充実を図ることが期待されている。
株主・投資家をはじめとするステークホルダーとの協働を通じて、ガバナンスの持続的向上を図る上で、本稿で紹介したケースは貴重な示唆を与えてくれるものである。“とりあえずコンプライ”した原則を“あとからエクスプレイン”することは、コードの趣旨・精神を踏まえたベストプラクティス(他が模範とするような優れた実務)といえるのではないだろうか。
1 金融庁「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議(第五回)議事録」田中メンバー発言、同(第四回)上田メンバー発言。
(2016年06月27日「研究員の眼」)
江木 聡
江木 聡のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2019/03/05 | コーポレートガバナンス改革の現状と改革の分水嶺 | 江木 聡 | ニッセイ年金ストラテジー |
2019/02/04 | 経営の中心にある健康経営-ファーストリテイリングの経営者人材育成の事例から | 江木 聡 | 基礎研レター |
2019/02/04 | オフィス全面禁煙のコンプライ・オア・エクスプレイン-健康経営から全面禁煙を考える | 江木 聡 | 研究員の眼 |
2019/01/17 | 日米CEOの企業価値創造比較と後継者計画 | 江木 聡 | 基礎研レター |
新着記事
-
2025年03月21日
東南アジア経済の見通し~景気は堅調維持、米通商政策が下振れリスクに -
2025年03月21日
勤務間インターバル制度は日本に定着するのか?~労働時間の適正化と「働きたい人が働ける環境」のバランスを考える~ -
2025年03月21日
医療DXの現状 -
2025年03月21日
英国雇用関連統計(25年2月)-給与(中央値)伸び率は5.0%まで低下 -
2025年03月21日
宇宙天気現象に関するリスク-太陽フレアなどのピークに入っている今日この頃
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2024年11月27日
News Release
-
2024年07月01日
News Release
-
2024年04月02日
News Release
【“とりあえずコンプライ”を“あとからエクスプレイン”する(1)-コーポレートガバナンスの持続的向上に向けて】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
“とりあえずコンプライ”を“あとからエクスプレイン”する(1)-コーポレートガバナンスの持続的向上に向けてのレポート Topへ