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- ジョブ型人事指針を読む(下)-先行20社の事例より:権限移譲と導入プロセス
2024年09月30日
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3――全体を通したまとめ
以上、前稿とあわせて、ジョブ型人事指針における各企業の取り組みを概観した。特徴他をまとめる。
(1) 導入目的の多様性と共通性
導入の目的は多様だが、従前のメンバーシップ型人事制度では、様々な変化に対応しきれなくなったことが背景にある。具体的には、業績、グローバル化、DXの必要性、合併対応、従業員の転職等である。これらを放置しては持続的な成長が難しいという危機感があったのだろう。現有の人材を起点とするのではなく、経営戦略を起点としてバックキャストした組織作り、ジョブ定義というのが特徴的である。
(2) ジョブ型人事の骨格は区々
企業ごとに事情が異なることもあり、導入範囲や、ジョブの等級、報酬、評価等は区々である。段階的に導入して全社に広げるアプローチが多くみられる。従来の年功序列型から、職務の責任や難易度に応じたものとなり、透明性を高めることとしている。ジョブの等級の数や範囲は企業ごとにことなる。報酬面では、同一ジョブでシングルレートであったり、レンジ級であったりと、これも区々である。評価に関しては、給与面まで成果に応じて増減するような建付けの会社もあり、欧米型のジョブ型と異なり、成果主義的要素等が混在しているケースが見られる。また、社員の成長と成果を促進するための仕組みが整備され、数量面だけでなく、行動や長期的成長をも評価対象とするケースもある。また、定年制度を見直す例もある。
(3) 自律的なキャリア形成の促進等
ジョブに基づいた柔軟な人材採用が進められている。新卒採用だけでなく、経験者採用が重視され、特に即戦力となる専門人材の確保が重要である。中にはCxOクラスを外部から調達するケースもある。キャリア自律支援の面では、社内公募やキャリア開発プランの充実により、社員が自らキャリアを選択し、自律的に成長できる仕組みが整備されている。それをサポートする1on1ミーティングやその前提となる管理職の育成・指導能力の伸長も必須である。年齢にとらわれないため、若手の抜擢がある一方で、降格もこれまでより頻繁に発生するが、報酬の減少等に関して激変緩和措置を講ずる例が多い。一方、再チャレンジの制度も整備されるケースもある。
(4) 権限移譲とHRBP
現場のマネージャーに人事に関する権限を委譲し、採用・昇進・配置等を判断を任せる一方で、人事担当者が現場で人事面でのサポートをする、HRBPとして機能させる、脱中央集権化のケースが多い。また、HRテックを活用し、人事関連業務におけるデータ活用による効率化、迅速化、透明性の向上させている。
(5) 段階的な導入と労使コミュニケーション
時間をかけて合意形成するケースが多く、従業員の不安を払しょくする丁寧な説明がなされたとされる。なぜ、ジョブ型が必要なのかという(会社が危機的状況にあること等、)ジョブ型導入により社員に不利益変更が生じうることも包み隠さず説明することが大切とする例もあった。
加えて、組織文化とエンゲージメントの向上を意識した取り組みも見られる。個を重視するようにシフトをしつつも、組織全体の一体感も大切にしたいという思いを述べる事例もあった。
(1) 導入目的の多様性と共通性
導入の目的は多様だが、従前のメンバーシップ型人事制度では、様々な変化に対応しきれなくなったことが背景にある。具体的には、業績、グローバル化、DXの必要性、合併対応、従業員の転職等である。これらを放置しては持続的な成長が難しいという危機感があったのだろう。現有の人材を起点とするのではなく、経営戦略を起点としてバックキャストした組織作り、ジョブ定義というのが特徴的である。
(2) ジョブ型人事の骨格は区々
企業ごとに事情が異なることもあり、導入範囲や、ジョブの等級、報酬、評価等は区々である。段階的に導入して全社に広げるアプローチが多くみられる。従来の年功序列型から、職務の責任や難易度に応じたものとなり、透明性を高めることとしている。ジョブの等級の数や範囲は企業ごとにことなる。報酬面では、同一ジョブでシングルレートであったり、レンジ級であったりと、これも区々である。評価に関しては、給与面まで成果に応じて増減するような建付けの会社もあり、欧米型のジョブ型と異なり、成果主義的要素等が混在しているケースが見られる。また、社員の成長と成果を促進するための仕組みが整備され、数量面だけでなく、行動や長期的成長をも評価対象とするケースもある。また、定年制度を見直す例もある。
(3) 自律的なキャリア形成の促進等
ジョブに基づいた柔軟な人材採用が進められている。新卒採用だけでなく、経験者採用が重視され、特に即戦力となる専門人材の確保が重要である。中にはCxOクラスを外部から調達するケースもある。キャリア自律支援の面では、社内公募やキャリア開発プランの充実により、社員が自らキャリアを選択し、自律的に成長できる仕組みが整備されている。それをサポートする1on1ミーティングやその前提となる管理職の育成・指導能力の伸長も必須である。年齢にとらわれないため、若手の抜擢がある一方で、降格もこれまでより頻繁に発生するが、報酬の減少等に関して激変緩和措置を講ずる例が多い。一方、再チャレンジの制度も整備されるケースもある。
(4) 権限移譲とHRBP
現場のマネージャーに人事に関する権限を委譲し、採用・昇進・配置等を判断を任せる一方で、人事担当者が現場で人事面でのサポートをする、HRBPとして機能させる、脱中央集権化のケースが多い。また、HRテックを活用し、人事関連業務におけるデータ活用による効率化、迅速化、透明性の向上させている。
(5) 段階的な導入と労使コミュニケーション
時間をかけて合意形成するケースが多く、従業員の不安を払しょくする丁寧な説明がなされたとされる。なぜ、ジョブ型が必要なのかという(会社が危機的状況にあること等、)ジョブ型導入により社員に不利益変更が生じうることも包み隠さず説明することが大切とする例もあった。
加えて、組織文化とエンゲージメントの向上を意識した取り組みも見られる。個を重視するようにシフトをしつつも、組織全体の一体感も大切にしたいという思いを述べる事例もあった。
4――公務員はどうなのか
ところで、新しい資本主義実現会議では、三位一体の労働市場改革の指針の中で、「『まず隗より始めよ』の精神で、国家公務員に関して育成や評価に関する仕組みをアップデートし、これを地方公務員や独立行政法人にも波及させることが必要」と明言している。令和6年度の人事院勧告においては、管理職の給与体系を見直し、職務・職責に応じた俸給体系への刷新を図ることが打ち出されている1。しかし、目立った急進的な変革が見られないのが現状である。
それにもかかわらず、政府自身が民間企業に対しジョブ型人事の導入を促し、フロントランナーを称揚している現状に鑑みると、今後、より迅速で具体的な進展が見られるのか、それとも表面的な改革に留まるのかが問われるだろう。「まず隗より始めよ」の精神が十分に発揮されることが期待されよう。
1 国家公務員のジョブ型人事の導入に関する議論は、一部報道でも取り上げられており、人事院勧告は具体的なステップを示してはいるものの、劇的な変化はまだ進んでいない。
それにもかかわらず、政府自身が民間企業に対しジョブ型人事の導入を促し、フロントランナーを称揚している現状に鑑みると、今後、より迅速で具体的な進展が見られるのか、それとも表面的な改革に留まるのかが問われるだろう。「まず隗より始めよ」の精神が十分に発揮されることが期待されよう。
1 国家公務員のジョブ型人事の導入に関する議論は、一部報道でも取り上げられており、人事院勧告は具体的なステップを示してはいるものの、劇的な変化はまだ進んでいない。
5――おわりに
本レポート前後編では、内閣官房の「ジョブ型人事指針」に基づき、20社のジョブ型人事制度の導入事例について概観した。ジョブ型人事制度は、多様な業界や企業規模において様々な形で導入され、それぞれの企業が直面する課題や戦略的ニーズに応じたアプローチがとられている。特に、DX推進やグローバル競争力強化、社員のキャリア自律支援を目的として、多くの企業に共通する目的がみられる。一方で、導入の方法や範囲、評価方法等は企業ごとに異なり、多様な戦略に対応していることがわかる。
ジョブ型人事制度は、企業の競争力を強化し、社員のキャリア支援や組織の柔軟性を高めるために、今後さらに多くの企業で普及することが期待される。ただし、制度導入の際には、自社の文化や運用体制への適合性に注意を払う必要がある。
さて、20年以上前に成果主義が流行した際、メディアやコンサルタントが強く推奨したこともあり、多くの企業が導入したが、その首尾については賛否が分かれる。成果主義の導入によって短期的な成果が評価され、長期的な成長が軽視されるという弊害があったといわれる。ジョブ型人事に関しても、単に「流行しているから」「他社がやっているから」といった理由だけで導入を決定するのではなく、自社にとって本当に必要なのかどうかを十分に検討すべきである。
ジョブ型の導入の惹句のひとつに、年功序列を排することで勤続年数に関係なく、管理職等として処遇できる等から、若い世代にはチャンスが広がるというものがある。一方で処遇の下がる人もいる。若い頃は働きよりも低い処遇を甘受させ、年齢を重ねた後にはそのギャップを埋めることで長期勤務のインセンティブとしてきた企業が、ジョブ型に移行したとたんに処遇を下げ、過去のいわば借り(働き手から見て貸し)を帳消しにすることではないのか、との疑念を抱かれることのないよう、透明で誠実なコミュニケーションが求められる2。そうでなければ、従業員エンゲージメントの低下やそれに伴う生産性の低下、さらには離職率の上昇等、意図せざる結果が生じることが懸念される。
また、ジョブ型人事制度の導入は欧米型の雇用慣行に近づく試みであるが、社会の構造が大きく異なる日本においては、「日本流ジョブ型」を模索する必要がある。新卒一括採用制度や大学教育等のあり方が大きな変化を遂げない限り、欧米流のジョブ型人事制度が完全には機能しないだろう。むしろ、日本の現状に合わせた形で導入する企業が多数派であることが予想される。
とはいえ、若年層の失業率が高く、インターンシップが主な職業訓練手段である欧米のシステムを無批判に取り入れることが果たして理想的なのか、慎重な議論が必要である。特に、社会全体の労働市場や教育システムを含めた広範な議論が求められる。
その点においては、三菱UFJ信託銀行の取り組みは、非グローバルな企業、特に金融機関においてはヒントとなるだろう。「一国二制度」といった限定的な導入やそれをサポートする各種制度の構築は、ジョブ型人事制度の普及と成功において重要な役割を果たすことを示唆していると考えられる。
最後に、ジョブ型人事制度が日本の企業にどのように定着し、進化していくのかに注目しつつ、各企業が自社の特性や文化への適合を十分に考慮しながら制度のメリットを最大限に生かす工夫を重ねることで、より良い組織づくりや人材育成の実現と、その結果として社員の成長や組織全体のパフォーマンス向上につながり、ひいては日本経済の活性化や社会全体の活力向上にも大きく貢献することを期待したい。
2 オリンパスは、「ジョブ型」という言葉に対し、「降格するための制度を入れるのか」といったネガティブな反応があったが、ジョブ型人事の導入で目指すことは「成果だけで処遇する制度にすることではなく、適時に、適所適材を実行することを通じたフェアネスの徹底」と説明し、何度も対話の場を設けて労使妥結に至った。アフラック生命保険は、新制度導入の目的は、社員一人一人が最大限力を発揮できる環境を構築することであり、人件費削減を目的としたものではない。ジョブ型人事の導入にあたり、総賃金原資も増加している、としている。他社においてもジョブ型導入後に総人件費は減っておらず維持ないし増加したとされる。(ジョブ型人事指針)
ジョブ型人事制度は、企業の競争力を強化し、社員のキャリア支援や組織の柔軟性を高めるために、今後さらに多くの企業で普及することが期待される。ただし、制度導入の際には、自社の文化や運用体制への適合性に注意を払う必要がある。
さて、20年以上前に成果主義が流行した際、メディアやコンサルタントが強く推奨したこともあり、多くの企業が導入したが、その首尾については賛否が分かれる。成果主義の導入によって短期的な成果が評価され、長期的な成長が軽視されるという弊害があったといわれる。ジョブ型人事に関しても、単に「流行しているから」「他社がやっているから」といった理由だけで導入を決定するのではなく、自社にとって本当に必要なのかどうかを十分に検討すべきである。
ジョブ型の導入の惹句のひとつに、年功序列を排することで勤続年数に関係なく、管理職等として処遇できる等から、若い世代にはチャンスが広がるというものがある。一方で処遇の下がる人もいる。若い頃は働きよりも低い処遇を甘受させ、年齢を重ねた後にはそのギャップを埋めることで長期勤務のインセンティブとしてきた企業が、ジョブ型に移行したとたんに処遇を下げ、過去のいわば借り(働き手から見て貸し)を帳消しにすることではないのか、との疑念を抱かれることのないよう、透明で誠実なコミュニケーションが求められる2。そうでなければ、従業員エンゲージメントの低下やそれに伴う生産性の低下、さらには離職率の上昇等、意図せざる結果が生じることが懸念される。
また、ジョブ型人事制度の導入は欧米型の雇用慣行に近づく試みであるが、社会の構造が大きく異なる日本においては、「日本流ジョブ型」を模索する必要がある。新卒一括採用制度や大学教育等のあり方が大きな変化を遂げない限り、欧米流のジョブ型人事制度が完全には機能しないだろう。むしろ、日本の現状に合わせた形で導入する企業が多数派であることが予想される。
とはいえ、若年層の失業率が高く、インターンシップが主な職業訓練手段である欧米のシステムを無批判に取り入れることが果たして理想的なのか、慎重な議論が必要である。特に、社会全体の労働市場や教育システムを含めた広範な議論が求められる。
その点においては、三菱UFJ信託銀行の取り組みは、非グローバルな企業、特に金融機関においてはヒントとなるだろう。「一国二制度」といった限定的な導入やそれをサポートする各種制度の構築は、ジョブ型人事制度の普及と成功において重要な役割を果たすことを示唆していると考えられる。
最後に、ジョブ型人事制度が日本の企業にどのように定着し、進化していくのかに注目しつつ、各企業が自社の特性や文化への適合を十分に考慮しながら制度のメリットを最大限に生かす工夫を重ねることで、より良い組織づくりや人材育成の実現と、その結果として社員の成長や組織全体のパフォーマンス向上につながり、ひいては日本経済の活性化や社会全体の活力向上にも大きく貢献することを期待したい。
2 オリンパスは、「ジョブ型」という言葉に対し、「降格するための制度を入れるのか」といったネガティブな反応があったが、ジョブ型人事の導入で目指すことは「成果だけで処遇する制度にすることではなく、適時に、適所適材を実行することを通じたフェアネスの徹底」と説明し、何度も対話の場を設けて労使妥結に至った。アフラック生命保険は、新制度導入の目的は、社員一人一人が最大限力を発揮できる環境を構築することであり、人件費削減を目的としたものではない。ジョブ型人事の導入にあたり、総賃金原資も増加している、としている。他社においてもジョブ型導入後に総人件費は減っておらず維持ないし増加したとされる。(ジョブ型人事指針)
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
(2024年09月30日「基礎研レポート」)
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03-3512-1864
経歴
- 【職歴】
1996年 日本生命保険相互会社入社
主に資産運用部門にて融資関連部署を歴任
(海外プロジェクトファイナンス、国内企業向け貸付等)
2022年 株式会社ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・公益社団法人日本証券アナリスト協会
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