2024年04月17日

EUにおけるAppleへの制裁金納付命令-音楽ストリーミングアプリに関する処分

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

2024年3月4日、欧州委員会はAppleに対して18億ユーロの制裁金納付命令(以下、本命令という)を出したことを公表した1。制裁金納付命令はAppleの基本オペレーティングシステムであるiOS(iPhoneとiPadに搭載)利用者に対して、App Store経由での音楽ストリーミングアプリ配布にあたって、市場での支配的な地位を濫用したことがその理由である。

他方、同日、Appleは、欧州委員会は消費者被害について、信頼に値する証拠を発見できておらず、かつ音楽ストリーミングサービスの市場が繁栄し、競争的であり、急速に拡大していることを無視しているとする反論(以下、本反論)を行った2

ところで、AppleのApp Store経由のコンテンツ販売の競争法上の問題については、米国でのエピックゲームズ対Appleの地裁判決(以下、エピックゲーズム判決)を以前に筆者が分析をしている3。本命令の検討にあたっては、エピックゲーズム判決を参考として検討を進めたい。
 
1 https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_24_1161 参照。
2 https://www.apple.com/newsroom/2024/03/the-app-store-spotify-and-europes-thriving-digital-music-market/ 参照。
3 基礎研レポート「エピックゲームズ対Apple地裁判決-反トラスト法訴訟」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=69124?site=nli 参照。なお、本判決には2023年4月24日に第9巡回区連邦控訴裁判所から判決が出ており、同年8月9日に最高裁が執行を延期する判決を出しているが今回は省略する。

2――欧州委員会による調査

2――欧州委員会による調査

1|欧州委員会の調査開始
2020年6月、欧州委員会はApp Store経由のアプリ配布に関する、アプリ開発者へ適用するAppleの規則について公式な調査手続を開始した4。根拠条文は欧州機能条約102条で、市場での支配的地位の濫用を禁止する規定である。具体的には、以下の行為を通じて支配的地位を濫用したとする。

(1) 音楽ストリーミングアプリ開発者に対して、Appleのアプリ内決済システム(In-app purchase payment、以下、IAP)を強制すること(図表1)
【図表1】IAPの強制
(2) i OS利用者に代替的な定期購入の手段があることを通知する能力を制限すること(アンチステアリング条項)(図表2)
【図表2】アンチステアリング条項
2021年4月、欧州委員会はAppleに一回目の異議通知(State of Objection)を送付し、2021年9月、Appleは異議通知について応答を行った。

この応答を踏まえ2023年2月に欧州委員会はAppleに対して二回目の異議通知を行った。
2|欧州委員会の二回目の異議通知の内容
二回目の異議通知の内容は以下の通りである5。これは一回目の異議通知内容を差し替えるものである。

二回目の異議通知では、IAPの強制については反トラスト法調査目的での法的評価を行わないこととした。その代わりに、Appleがアプリ開発者に対して契約上の義務として課している、iOS利用者に対してアプリ外でより安価に購入できる定期購入の選択肢を告げず、かつ効果的にそれを選択できないようにしていること(すなわち、アンチステアリング条項)に調査を集中するとした。

欧州委員会は暫定的な見解として、アンチステアリング条項は欧州機能条約102条に違反する不公正な取引条件であるとの立場を採用した。特に、欧州委員会は音楽ストリーミングアプリに対するAppleのアンチステアリング条項は、どこでどのように、より安価で定期購入できるかを通知することを妨げていることに懸念を示した。これらのアンチステアリング条項は(1)iOSのApp Storeの提供にあたって必要でもなければ、Appleの正当な利益を守ることについて比例的(proportionate)でもない6、(2)Appleのモバイル利用者にとって結果的により多くの金額を支払わせるという被害を及ぼしている、(3)消費者の選択を制限することによって音楽ストリーミングアプリ開発者の利益に悪影響を及ぼしている、とする。
 
5 https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_21_2061 参照。
6 Appleに何らかの弊害が出ていた場合であっても、その弊害を防止するために採用した対応策が、弊害に比較して重大すぎる影響を及ぼすことを意味する。

3――欧州委員会による制裁金命令

3――欧州委員会による制裁金命令

1|欧州委員会による制裁金命令
上述の通り、欧州委員会はApp Store経由でiOS利用者に対して音楽ストリーミングアプリを配信するアプリ市場において支配的な地位を濫用したことに関して18億ユーロ(2952億円(1ユーロ=146円))の制裁金を科すことを決定したと公表した。

この制裁金額は違反行為の期間と重大さ、およびAppleの総収入額および市場からの拠出資金を勘案したものであると欧州委員会は主張する。また、Appleの行政手続きにおける不正確な情報提供も考慮した。内訳は明らかではないが、基本的な制裁金に追加の制裁金を加算して一括で18億ユーロとしたのは、Appleの行為を抑制できる十分な水準であると考えられるためである。一括としたのは、被害のほとんどが非金銭的なものであり、収益ベースの計算方法では算定できないからでもあるという。欧州委員会は18億ユーロがAppleの全世界での収益に見合うものであり、かつAppleの行為の抑制に十分であるものと考えている。
2|違反行為
Appleは欧州地域(EEA)全域において、アプリ開発者がiOS利用者にアプリを配布できるプラットフォームである、App Storeの唯一の提供者である。AppleはiOS利用者体験のすべての側面を支配し、App Storeに掲載され、EEAにおけるiOS利用者に到達するためにアプリ開発者が遵守しなければならない契約条項と条件を設定している。

欧州委員会の調査によれば、Appleは音楽ストリーミングアプリ開発者に対して、アプリ外で利用者が選択でき、かつより安価な音楽定期購入が可能であることを知らせることを禁止している。またさらに、アプリ開発者に対して、どのようにしたらアプリ外での購入が可能になるのかについての情報を利用者に提供することを禁止している。

特に、アンチステアリング条項はアプリ開発者に対して、以下を禁止している。

(1) アプリ外のインターネット上の定期購入に係る提示価格について、アプリ内でiOS利用者に対して告知をすること。

(2) アプリ内でIAPを利用して購入した場合とアプリ外で購入した場合との価格差をアプリ内でiOS利用者に対して告知をすること。

(3) アプリ外での代替的な購入が行えるアプリ開発者のウェブサイトへiOS利用者を誘導するリンクをアプリ内に貼ること。アプリ開発者はまた、新規獲得顧客に対して、アカウント設定後に代替的な定期購入選択肢について、たとえばemailを利用して、通知すること。

なお、後述の通り、本反論の中で、Appleは音楽ストリーミングアプリも含め、アプリ外へのリンクを貼ることを容認しており、リンクを貼らないのは、Spotifyの自主的な選択によるものとの主張を行っている。本命令の核心部分となる事実関係で欧州委員会とAppleとで真逆の主張がなされている。本稿ではとりあえず仮に欧州委員会の事実認定が正しいとして議論を進める。
3|法令の適用
欧州委員会は本命令により、Appleのアンチステアリング条項が欧州機能条約102条に違反する不公正な取引条件に該当するとの結論を出した。理由は以下の通りである。アンチステアリング条項はAppleのモバイル機器上のApp Storeに関連するAppleの経済的な利益を守るために必要でもなく、かつAppleの正当な利益を守ることについて比例的でもない。また、iOS利用者にとっては、自分の機器においてどこでどのように音楽ストリーミングサービス購入を決定できるかついて、通知されず、かつ効果的な決定ができないことにより、悪影響を及ぼしている。

Appleのおよそ10年にわたって行われてきた行為は、iOS利用者の音楽ストリーミングサービス購入にあたって相当に高い価格を支払わせてきたと言えるかもしれない。その理由としてはアプリ開発者に対して、Appleが課した高額なコミッション・フィーが、AppleのApp Storeでの同様のサービスについてより高額な定期購入価格としてiOS利用者に転嫁されたからである。

さらにいえば、Appleのアンチステアリング条項は利用者体験の劣化という形で、非金銭的な被害を及ぼすことにつながった。すなわち、iOS利用者はアプリ外の選択肢を求めて手間のかかる検索を行うか、あるいはiOS利用者にあったサービスを見つけられず、一度も利用できなかった。

4――Appleの反論

4――Appleの反論

上述の通り、Appleは欧州委員会の制裁金納付決定公表日に本反論を公表している7。いくつかのポイントがある。

(1) SpotifyはAppleの技術を利用して巨大化したが、何の支払もしていない。
(2) SpotifyはAppleのiOS内の課金ルールを変更したい。
(3) 欧州委員会は消費者被害と反競争的行為の立証を行っていない。
1|SpotifyはAppleの技術を利用して巨大化したが、何の支払もしていない。
Spotifyは、欧州では56%ものシェアを有する世界最大のデジタル音楽ビジネスに成長した。この成長にAppleは深くかかわっている。Spotifyはウェブサイト上で音楽定期購入が可能であるが、アプリそのものはAppleのApp Storeでダウンロード、再ダウンロード、アップデートされる。そしてその際、SpotifyはAppleに何も支払っていない。SpotifyはAppleの25万以上のAPI8と接続ができる。SpotifyはSiri、CarPlay、Apple Watchなどに連携できるようAppleが技術支援している。またSpotifyはAppleのテストシステムであるTestFlightの500のバージョンを使用して開発を進めている。そしてAppleは421のバージョンのSpotifyアプリを審査・承認した。またAppleはSpotifyに個別の技術支援を行った。しかし、Spotifyはこれらのサービスに何ら対価を払っていない。
 
8 Application programing interface システムを相互接続するための仕組み
2|SpotifyはAppleの課金ルールを変更したい。
SpotifyはApp StoreのIAPシステムを使わずに、アプリ内に別の定期購入支払手段を埋め込むことで、自分たちに有利になるようにルールを曲げようとしている。彼らは、Appleのツールやテクノロジーを使い、App Storeで配信し、Appleが築いてきたユーザーとの信頼関係から利益を得たいのである。要するに、SpotifyはAppleに対して、Appleが無料でサービスを提供すること以上のことを望んでいる。
3|欧州委員会は消費者被害と反競争的行為の立証を行っていない。
Spotifyは欧州委員会と65回以上の会合を実施し、結果として欧州委員会は今回の制裁金納付命令の結論にいたったが、いずれも2つの点で根拠を欠く。すなわち、

(1) 消費者被害の証拠がないこと: 欧州の消費者は、指数関数的に成長したデジタル音楽市場において、かつてないほど多くの選択肢を持っている。わずか8年間で、2,500万人の加入者から1億6000万人近くに増え、アクティブリスナーは3億人を超えた。

(2) 反競争的行為の証拠はないこと: 8年にわたる調査でも、Appleが明らかに繁栄している市場でどのように競争を妨げたかを説明する実証可能な理論が得られたことはない。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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