2024年04月15日

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1――はじめに

世界で半導体の技術・製品・工場を囲い込む競争が起きている。半導体は、現代的な経済社会を支える「産業のコメ」から国家の安全保障を左右する「戦略物資」に格上げされ、覇権争い最大の焦点に浮上した。いまや半導体は、国際協調の要であり、世界を分ける遠心分離装置でもある。

そのような半導体を取り巻く環境変化は目まぐるしい。米中双方の規制が国境を越えて影響を及ぼし合う中、企業は各国の手厚い産業政策を見比べながら、サプライチェーンの再構築に動いている。

ただ、産業振興というフォローの風にも、企業の向きを固定する巧妙な仕掛けが潜んでいる。企業からは「国のために事業している訳ではない」「海外の顧客に対する説明が難しくなった」との声も聞えて来る。利益創出を目的とする企業と、自国の優位性確保を目指す国の利益は、必ずしも一致しない。半導体企業の立ち位置は、非常に難しいものとなっている。しかし、国家間の利害を抜きにして、半導体産業を語れなくなっていることも事実である。企業は各国の規制や産業政策に関する情報を集めながら予見可能性を高めていく必要がある。

前回のレポート(基礎研レター「米中・経済安全保障の総点検-規制に挟撃される半導体産業」2021-07-16参照)では、規制面から半導体産業の分断について整理したことから、本稿では、新たな潮流となった産業政策の面から、各国の動向、日本の立ち位置、企業の在り方について考察する。

2――半導体の製造工程と産業構造

2――半導体の製造工程と産業構造

半導体という言葉は、一般的に半導体集積回路(ICチップ)の略称として用いられている。しかし、厳密な意味での半導体は、電気を通す「導体」と通さない「絶縁体」、その両方の性質を有する物質であり、単一元素や複数の元素が結合した化合物である1。これら半導体原料について純度を高め、円盤状に薄く整形したものは、電子回路を書き込む基盤であるシリコンウェハーと呼ばれ、電気的特性を加えたものは、電子回路の構成要素である半導体素子となる。これら複数の素子を1つの基板上に集め、封入したものがICチップとなり、マイコン(演算処理)、NAND/DRAM(情報記憶)、パワー(電流・電圧の制御)、イメージ(画像の電気信号への変換)など、様々な機能を有する製品となる。

このICチップが最終製品として出荷されるまでには、細かく見ると1,000近い工程を経ることになるが、一般的には「設計工程」と「前工程」「後工程」から成る「製造工程」から説明される[図表1]。半導体製造の始まりは、半導体回路を設計する「設計工程」であり、要求される機能を満たす回路を決定し、基板上に回路を転写する原版を製造するまでの作業が行われる。続く「前工程」では、基板上に回路を形成する工程となる。「製造工程」の第一段階であり、半導体原料からシリコンウェハーを切り出し、電子回路を焼き付け(露光・現像)、エッジングやイオン注入により半導体素子を埋め込み、必要な回路を作り込んで行く。最後の「後工程」は、電子回路を保護するためのパッケージ基板部分を取り付ける工程となる。「製造工程」の第二段階であり、「前工程」で作り込まれた基盤を切断して1つ1つのチップに分離し、リードフレームとチップを金線などで接続したのち、チップを衝撃から守る樹脂などに封入し、複数回の品質検査を経ることで最終製品が完成する。
[図表1]半導体が最終製品として出荷されるまでの工程と業界構造の概略
現在の半導体産業は、技術進歩のスピードが早く、研究開発や製造工場の新設に、巨額の投資が必要になる。そのため、一社単独で資金確保やリスクを負うことは難しく、各工程に特化した企業が、互いに協働しあう「水平分業型」のビジネスモデルが普及している。このうち、設計段階に特化し、自社工場を持たない企業は「ファブレス」と呼ばれている。代表的な企業には、クアルコムやNVIDIAなどがあり、米国の企業が多く挙げられる。他方、モノづくりに特化し、ファブレスから製造を受託する企業は「ファウンドリ」と呼ばれている。代表的な企業には、台湾のTSMCやUMCなどがあり、アジアの企業が多く挙げられる。なお、半導体製造企業の中には、これらの形態に当てはまらないものもあり、設計から製造・販売まで一貫して行う「垂直統合型」のビジネスモデルを取る企業には、米国のインテル、韓国のサムスン電子、日本のキオクシアなどが挙げられる。

さらに、半導体関連産業には、それら製造企業を支える存在として、電子回路の基本パターンや設計を支援するソフトを提供する「IPベンダー」と呼ばれる企業(アーム、IBMなど)や、半導体を製造するための装置を提供する企業(東京エレクトロン、アドバンテストなど)、多種多様な材料を提供する企業(信越化学工業、SUMCOなど)があり、これらの企業が世界規模で複雑なサプライチェーンを構築している。
 
1 元素半導体には、シリコン(Si)、ゲルマニウム(Ge)、セレン(Se)などがあり、化合物半導体には、ヒ化ガリウム(GaAs)、炭化ケイ素(SiC)、リン化インジウム(InP)、窒化ガリウム(GaN)などがある。

3――半導体産業における日本の立ち位置

3――半導体産業における日本の立ち位置

[図表2]世界の半導体市場 世界の半導体市場は、世界的なインフレや地政学リスクの高まりが、個人消費や設備投資に影響し、2022年比で減少したものの、2023年には5,201億ドルの規模に達したようである2[図表2]。

世界の半導体市場は、2000年代前半のITバブル崩壊や2008年のリーマン・ショックを乗り越えながら右肩上がりに成長を続けている。世界の市場拡大をけん引しているのはアジアであり、とりわけ経済発展が顕著な中国の影響は大きい。直近の10年間は、世界的にスマートフォン向けの需要が拡大し、最近ではデータセンターのサーバ用半導体市場も大きく成長している。将来的には、人工知能(AI)や高速通信規格(5G)、電気自動車(EV)向けの需要などが市場の成長を支え、2030年には1兆ドル規模に拡大するとの予想もある3
[図表3]日本企業の市場シェア そうした中、日本企業の市場シェアは、1990年代前半にピークをつけたあと、足元では7.7%まで低下している[図表3]。とりわけ、情報処理や論理演算・制御を行う、最先端のロジック半導体については、国内に設計・開発・製造に必要な能力がなく、国内生産できるのは40nmに留まるのが現状である4
他方で、設計がロジック半導体ほど複雑でないパワー半導体(自動車、PC向けなど)、技術を特化させて来たイメージ・センサー(携帯、カメラなど)などは、依然として高い市場シェアを有している。また、半導体の製造装置や部素材は、世界の半導体エコシステムの中で、チョークポイントを握っているとも言える[図表4]。詳細にみれば、半導体製造装置の市場シェアは長らく低下傾向にあり、パワー半導体の製造能力も十分に足りているとは言えないものの、総じてみれば、日本は世界の中で良い位置にあると言えるだろう。
[図表4]分野別の市場シェア
 
2 予想は、世界半導体市場統計(WSTS)の2023年11月28日公表値。
3 予想は、ドイツ電気・電子工業連盟(ZVEI)の2023年2月28日公表値。
4 ルネサスエレクトロニクス(那珂工場)、USJC(三重工場)。2024年末までの稼働を目指す、TSMCの熊本第一工場は12~28nm、2027年末までの稼働を目指す、第二工場は6~12nmの先端半導体を製造する。
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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
経済産業政策、金融

経歴
  • 【職歴】
     2011年 日本生命保険相互会社入社
     2017年 日本経済研究センター派遣
     2018年 ニッセイ基礎研究所へ
     2021年より現職
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

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【分断を深める半導体産業-日本への影響と企業の生存戦略】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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