2018年09月05日

「消費税還元セール」は有効か?~反動減対策について考える

上智大学 経済学部 中里 透

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来年10月に実施が予定されている消費税率の引き上げ(8%から10%へ)に向けて、さまざまな準備が進められている。増税後の反動減に対する対応策の検討もそのひとつだ。この点については、増税に伴う需要の変動に応じて事業者が自由な価格設定を行うことを可能とするための工夫や「消費税還元セール」の解禁などが具体策として報じられている。これらの対策ははたしてうまく機能するのだろうか。本稿ではこの点について考えてみたい。

消費増税に伴う駆け込み需要と反動減への対応が重視される背景には、14年4月の税率引き上げ(5%から8%へ)後に消費が低迷し、景気の足を引っ張ったということがある。実際、家計最終消費支出の動きを確認すると(図表1)、14年4月の増税後に消費が大きく落ち込み、8四半期(2年)が経過した時点でも消費が増税前の水準まで戻らなかったことがわかる。
図表1:付加価値税率引き上げ前後の実質消費の動き
この点に関してしばしば引き合いに出されるのは、欧州における付加価値税率引き上げの経験である。ドイツと英国の事例では、いずれのケースにおいても増税の前後に消費の変動は見られるものの、その後、消費は速やかに回復に転じている(前掲図表1)。このように増税の影響が比較的軽微であることについては、事業者が増税直後に「一斉値上げ」を行わず、増税の前後の期間を含めて五月雨式に価格改定を行うことから、増税分の価格転嫁の影響が均されて物価の変動が穏やかな形で推移することが、その理由とされている。

このことを踏まえて検討が進められているのが、「税率引上げの前後において、需要に応じて事業者のそれぞれの判断によって価格の設定が自由に行われることで駆け込み需要・反動減が抑制されるよう」(「骨太の方針2018」)にするための方策ということになる。だが、ここで留意が必要なのは、14年4月の消費税率引き上げに際しても価格転嫁が強制されていたわけではなく、あくまで消費税の転嫁の円滑化のために事業者がカルテルを結ぶことが認められていただけだったということだ。実際、増税後の需要の減退を見越して、増税後も税込み価格の上昇が生じないよう対応した企業もあり、価格改定に対する各企業の対応は区々であった。14年4月に生じた大幅な物価上昇は、あくまで各企業の自由な判断に基づく価格改定の結果である。

「自由な価格設定」について留意すべきもうひとつのことは、事業者がどのような形で価格設定をしても、税負担そのものが消えてなくなることはないということだ。事業者が増税分の一部しか商品やサービスの価格に転嫁をしない場合には、税負担が事業者の側に残ることとなり、収益の圧迫を通じて設備投資に対するスタンスの慎重化や賃上げの抑制がもたらされる可能性がある。事業者が増税分の価格転嫁を抑えれば消費の落ち込みが避けられて、景気への悪影響が軽減できるとの見立てについては、この点の見落としがないか慎重な精査が必要となる。

反動減対策としては「消費税還元セール」の解禁も検討されている。だが、この点についても、前回の引き上げ時に禁止されていたのは「消費税還元セール」という名称で特売をすることであって、特売自体が禁止されていたわけではないということに留意が必要だ。「8%還元セール」や「春の生活応援セール」は問題なく実施できたわけであり、したがって、「消費税還元セール」という名称自体に高い訴求力がない限り、反動減対策としての効果は極めて限定的なものにとどまることとなるだろう。

消費税率の引き上げには実質所得の減少を通じて消費の水準を恒常的に引き下げる効果もある。増税前後の消費の動きを形態別に見ると(図表2)、非耐久財についても増税後に消費の落ち込みが生じており、回復の遅れは耐久財・半耐久財よりもむしろ顕著なものとなっていた。このことから示唆されるのは、反動減の影響のみにとらわれて所得・雇用環境への目配りが十分になされないと、誤った対応策がとられてしまうおそれがあるということだ。

増税の実施・延期の判断と反動減への対応については、これらのことを総合的に勘案して、誤りのない政策対応が求められる。
図表2:形態別家計消費支出の動向
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上智大学 経済学部

中里 透

研究・専門分野

(2018年09月05日「ニッセイ年金ストラテジー」)

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