2017年05月23日

欧州における金融リスクの認識-銀行・証券・保険3つの金融監督当局の合同報告書より

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――ESAによるリスク報告書の位置づけ

1報告書を発表したESAとはなにか
欧州における銀行、保険、証券といった金融業界それぞれの監督者の共同委員会が、4月20日に、「EUにおける金融システムにおけるリスクと脆弱性に関する報告書(2017年春)」を発表した1
今回はその内容を紹介したい。
 
欧州には銀行、証券、保険の監督者として、欧州銀行監督機構(EBA:European Banking Authority),欧州証券市場監督機構(ESMA:European Securities and Market Authority)、そして欧州保険年金監督機構(EIOPA:European Insurance and Occupational Pensions Authority)があって、これらは総称してESAs(European Supervisory Authorities)と呼ばれる。報告書を発表しているのは、この3者が2011年1月に立ち上げた合同委員会である。

この合同委員会を通じて3つの金融監督者が、定期的に緊密に連携することにより、金融コングロマリットの監督、会計制度と会計監査、業界横断的な発展のミクロプルーデンシャル分析、金融の安定を脅かすリスクと脆弱性、投資商品、マネーロンダリング対策といった分野に取り組んでいる。
 
1 JOINT  COMMITTEE  REPORT  ON  RISKS  AND  VULNERABILITIES  IN  THE  EU  FINANCIAL  SYSTEM
 APRIL 2017
https://esas-joint-committee.europa.eu/Publications/Reports/Spring%20Joint%20Committee%20Risk%20Report%20(JC%202017%2009).pdf
2前回報告を少し紹介
今回紹介する報告書は、時期に少々ぶれはあるものの、毎年春と秋の2回公表されている。
ちなみに、昨年どんなことに焦点があてられていたのかを、「見出し」だけみても想像できるので、それを見てから、最新号をみることにしよう。
 
【2016.3.11発表】
・低金利下の金融機関の低収益性に関わるリスク
   ―金融機関の低収益性
   ―低金利下におけるイールドカーブの探索
・金融システムにおける相互接続性
   ―銀行と保険にふりかかる経済状況の分析
   ―金融システムにおける相互接続の発展に関する懸念
   ―間接的な接続も伝染リスクを増加させる
・中国および新興マーケットからもたらされるリスク
 
【2016.9.7発表】
・低成長性と低金利環境
・金融機関の収益性
・金融システムの相互接続
 

2――今回報告書の内容

2――今回報告書の内容

そして今回報告書の見出しは
【2017.4.20発表】
・低収益性
・評価リスク:潜在的な効果とトリガー
・金融システムの相互接続
・サイバーリスクとその他のICTからもたらされるリスク
となっている。

昨年に引き続き、低金利状況あるいは低収益性に伴うリスク、そして金融システムのリスクに関するテーマが挙げられており、それらが目下注視すべき課題ということだろう。
1とくに保険会社・年金基金への影響について
最初に、現在の金融業界をめぐる環境として、低金利状況と、政治的・経済的な不確実性の高まり(英国のEU離脱、米国のトランプ政権下の政策の進展、その他EU加盟国の選挙動向、中国、新興国市場の動向)などが挙げられている。ここでは、見出しにある「低収益性」「評価リスク」の中から、主に保険会社と年金基金への影響を述べている部分をピックアップして紹介することにする。(銀行・証券については、興味があれば、原文を参照されたい。)
 
まず低金利状況が現在直接もたらす課題については、

「欧州中央銀行の資産買い入れの影響も受けた長引く低金利から生じる課題に、保険会社は直面している。利率保証のある契約の割合が高い保険会社は、特にそうである。低金利またはマイナス金利の債券の構成比の高まりと、低金利の長期化は、保険業界にとっては深刻な脅威であり、責任準備金に見合う充分な利回りを得て収益性を保つことがさらに難しくなる。」

とされる。日本でも、逆ざや問題がずっと生命保険会社を悩ませてきて、今後もないとはいえない状況であるが、欧州のほうも同じ状況に陥っていると考えられる。
 
また、今後の償還資金の再投資と、その際の代替資産に関して、以下のように述べられている。

「満期を迎えた資産は、負債利子をまかなうために再投資しなければならないが、この低金利下では、そこにもリスクがある。このまま低金利が続き、短期的に生じた債券含み益が配当などに流用されることになれば、再投資リスクもますます増大する。10年以上の長期債券の潜在的な不足により、特に生命保険会社のALMの観点から見て、状況は悪化するだろう。また長期債利回りが、契約者に対する保証利率を下回った場合には、そのままではデュレーションのミスマッチおよび負のスプレッドとなり、それを補うために、よりリスクの高い資産に再投資資金を振り向けざるをえないという懸念がある。今のところ、そうした顕著な例はみられないが、引き続き監督サイドが注視する必要がある。」

日本でも現在、ほとんど利回りの出なくなった国債の魅力がうすれ、外国債券などへの投資が増える傾向にある。もちろん、各保険会社のリスク管理がなされている上でのこととは思うが、為替リスクの顕在化はいつでも心配である。欧州でも同じような懸念が生じているようだ。
 
逆に、今後金利が上昇するケースを想定すると、以下の通り、別の懸念があるとされる。

「EUにおけるインフレ期待の高まりや米国の金融政策への期待などの要因から、利回りが今後高まっていくことも考えられる。このこと自体は銀行、保険会社、年金基金の収支によい影響を与えると考えられる。特に利率保証の割合が高い、伝統的な保険会社や確定給付型の年金基金にとっては、大きなメリットとなる。しかしそれが急激であると、別のデメリットがある。保険会社の貯蓄型商品の魅力がうすれ、高い利回りとなった他の投資商品のほうに資金が移る際に起こる解約の増加である。
ただしこれも解約ペナルティや税制上の恩恵の放棄を伴うことなどから、影響は限定的になるかもしれない。」

完全に金融商品ともいえない(すなわち様々な保障機能もある)保険契約が、金利上昇に伴い、どの程度解約され、資金流出が起きるのかは、いまだ不透明な課題である。ここで言われているように解約時に手数料がかかったり、優遇税制を放棄することに対する躊躇から、ある程度影響は緩和されるかもしれない。
 
年金基金についても、以下の通り、似たような状況であるとされる。

「また、年金基金においては、低金利が継続することにより、実質的に負債が増加(確定給付型の場合)するという厳しい状況が続いている。また確定拠出型の場合は、その心配はない代わりに、個々の加入者の年金や年金資金が減るという影響を受けている。」

確定拠出型年金の場合は、年金基金が資産運用リスクまたは年金水準の保証リスクを抱えることはないのだが、その分は加入者それぞれが資産の下落リスクなどを負うことになる。いくら自己責任だといっても、年金制度全般の健全性や利便性の監督者としては放置しておけない面があるだろう。
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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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