2016年09月07日

救急車が有料に?-救急搬送の現状と課題

基礎研REPORT(冊子版) 2016年9月号

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

日本では、高齢化が進んでいる。2025年には、団塊の世代が全て75歳以上となり、後期高齢者医療制度に加入する。現在、医療・介護制度は、財政面、サービス提供面の変革を迫られている。全国で、地域包括ケアシステムの実現に向けた準備が進められている。

そこでは、病院から地域へと、医療の現場が、広がっていく。即ち、高齢患者は退院して、在宅医療・介護等でケアを進めることとなる。その結果、在宅の高齢者が、脳卒中や、急性心筋梗塞などで倒れた場合の、救急搬送体制の整備が、従来以上に重要となる。そこで、本稿では、救急車による救急搬送の現状と課題について、紹介することとしたい。
 

2――救急搬送の現状

消防の救急搬送は、うまく機能しているのか。まず、そこから見ていこう。

1│救急搬送の件数は、年々増加
まず、数量面から見ていこう。2015年4月現在、全国で750の消防本部がある。1,719の市町村のうち、1,689で消防法の救急業務を実施している。30町村は、消防機関が未常備となっている*1。救急隊*2は、全国で、5,069隊配備されている。救急隊員の数は、61,010人で、そのうち、救急救命士の数は、26,015人となっている。これらの数は、近年、徐々に増加している。

次に、救急車の配備と出動の状況を見てみよう。2015年には、全国で、6,184台の救急自動車が配備されている。その数は、年々増加している。救急出動件数は、605万件に上った*3。搬送された人は、547万人となっている。いずれも、7年連続で増加しており、過去最多となっている。

日本の人口は、2008年に減少に転じているが、高齢者(65歳以上)の数は増加している。このことが、救急車の出動件数の増加の背景にあると言える。
救急隊、救急隊員、救急救命士の推移/救急自動車の配備、救急出動、救急搬送人員の推移
2|救急搬送の時間は、年々延伸
続いて、救急搬送に要する時間を見てみよう。救急隊が現場に到着するまでの平均時間は、8.6分。病院へ収容するまでの平均時間は、39.4分となっている。いずれも、年々、伸びている。

救急医療においては、時間の経過により、傷病者の病状が急激に変化し、救命や後遺障害の有無に影響を及ぼす可能性がある。重篤な傷病における時間経過と、死亡率の関係を表す、「カーラーの救命曲線」が、よく知られている。それによると、心臓が停止してから3分間、呼吸が止まってから10分間、多量出血が続いて30分間放置されると、それぞれ、死亡率は50%に達する。
救急搬送に要する時間/カーラーの救命曲線
事故種類別出動件数/年齢区分別の搬送人員 3|特に急病や、高齢者の搬送が増加
 2015年の、救急隊の出動件数を、事故の種類別に見てみよう。救急出動のうち、急病が全体の6割以上を占めている。次いで、一般負傷が15%、転院搬送と、交通事故がいずれも8%、となっている。近年、交通事故は、減少している。しかし、一方で、急病、一般負傷、転院搬送は、増加傾向にある。

 次に、搬送された傷病者を、年齢区分別に見てみよう。搬送された人のうち、高齢者の占率が高まっている。2014年には、搬送された高齢者は300万人に上り、全体の半数以上を占めている。このように、搬送される傷病者の高齢化が進んでいる。

3――救急搬送の課題

救急車の出動件数や、搬送された人の数は、年々、増加している。背景には、高齢化だけではなく、いくつかの問題もある。その課題と、改善に向けた取り組みを見ていこう。

1│頻回利用と軽症利用の課題がある
救急車の出動回数の増加には、同じ人が何回も救急車を呼ぶ頻回利用や、軽症の人が呼ぶ軽症利用の問題がある。

(1)一部利用者による頻回利用の問題 
2014年に、10回以上、救急車を要請した人の実績を、見てみよう。

全国でわずか2,796人の頻回利用者が、年間52,799回もの出動要請をしている。これに対して、各消防本部は個別対策を行っている。例えば、事前に頻回利用者の家族等に説明しておき、本人の要請時には、家族等と協議の上、対応する、などである。

(2)軽症利用が約半数を占める問題 
2014年に、救急車で搬送された人のうち、約半数の49%が軽症となっている。急病で49%、交通事故で77%、一般負傷で59%が軽症であった。近年、軽症での救急搬送が、多発している。

軽症での利用について、そもそも救急搬送の必要はなかったのではないか、との指摘がなされることがある。しかし、その中には、骨折等のため緊急に搬送を行い、直ちに治療を行う必要があったが、搬送先の医療機関において適切な治療を行うことで、入院せずに通院で治療することになった事例も含まれている。つまり、軽症の傷病者でも、救急搬送が必要な場合がある。

また、傷病の程度について、素人目には軽症に見えたとしても、医師の精密検査の結果、中等症以上と診断される場合もある。このような場合に、救急搬送をしなければ、症状が悪化する恐れも出てこよう。

2│転院搬送の適正化も必要
より高度な治療等のために、医療機関の入院患者等を、他の病院に搬送することを、「転院搬送」という。通常、病院の救急車等が使われる。緊急度や重症度が高い場合は、消防の救急車が使用される。その占率は低下傾向だが、件数は増えている。

転院搬送にも、課題がある。消防管轄区域外への搬送の許容範囲が不透明。医師・看護師等の同乗要請の協力度が低い。緊急度の低い転院搬送が多発、等である。そこで、要件の明確化や、ガイドラインの作成が行われている。

3│有料化の賛否が渦巻いている
頻回利用や軽症利用を背景に、救急車利用の、有料化の議論が出てきている。行政コスト削減の動きが強まる中で、その賛否が渦巻いている。2015年に、財政制度等審議会は、救急出動の一部有料化を検討すべき、との建議*4を財務大臣に行った。

このうち、頻回利用の問題については、個別対策で、一定の効果が上がっている。また、軽症利用については、医師以外の人が、どのように軽症の線引きをするかという問題がある。これが曖昧だと、救急隊と傷病者の間のトラブルが頻発しかねない。

また、有料化する場合、生活困窮者が救急要請を躊ちゅうちょ躇する懸念がある。有料化によって救急車の要請をためらった結果、救命に支障が生じれば、裕福な者と、生活困窮者の間で、医療格差が生じることにもつながりかねない。その他、実務では、料金徴収の事務負担の検討も必要となろう。

海外では、救急搬送を有料化している事例もある*5。有料化の議論の際は、これらの事例で、どのような効果や、問題が生じているかを、参考にすべきと考えられる。
頻回利用者の救急要請実績(2014年)/救急自動車の事故種別・傷病程度別搬送人員数(2014年)

4――おわりに

今後、地域医療が進む中で、救急車搬送のニーズは、更に高まるであろう。有料化の議論を含めて、その動向に留意することが、必要と考えられる。


 

 
  1 離島の町村が、多く該当。「役場救急」(役場の職員による搬送)や、「病院(診療所)救急」(病院(診療所)による搬送)などの補完体制が整備されている。
  2 消防の現場活動は、消火を担う消防隊、傷病者の救助・救出を担う救助隊、傷病者の医療機関への搬送を担う救急隊に分けられる。なお、通常、救急隊は、隊長、隊員、機関員(運転手を務める)の3名で構成される。
  3 この他、消防防災ヘリの救急出動もある。2014年には、3,456件の出動で、2,718人を搬送した。
  4 (救急出動の一部有料化)救急出動件数は、平成25年で591万件と10年間で+20%となっており、今後も増大が予想される。一方、救急搬送者のうち49.9%が軽症となっている。こうした中、消防費は約2兆円にも上っている。このような現状を放置すれば、真に緊急を要する傷病者への対応が遅れ、救命に影響が出かねない。この点、諸外国でも救急出動を有料としている例は見られる。消防庁の「救急需要対策に関する検討会報告書」(平成18年3月24日)でも、救急需要対策を講じてもなお十分でない場合には、「救急サービスの有料化についても国民的な議論の下で、様々な課題について検討」とされており、諸外国の例も参考に、例えば、軽症の場合の有料化などを検討すべきである。(「財政健全化計画等に関する建議」(財政制度等審議会, 平成27年6月1日)より、抜粋。)
  5 ニューヨークでは、救命士が同乗しない患者搬送で700ドルが必要となる。ミュンヘンでは、医師の指示による緊急の場合を除いて搬送費用が生じる。医師処方がある場合、5~10ユーロの範囲内で、搬送費用の10%を負担する。医師処方がない場合は、概ね100~600ユーロの負担となる。ただし、患者からの直接徴収はなく、個人保険会社または公的保険会社から徴収される。パリでは、SMURと呼ばれる救急機動組織の料金は、30分の利用で335ユーロとなっている(2012年)。そのうち65%は社会保険から支払われるため、患者は残り35%の負担が必要となる。ただし、患者が任意保険に加入していれば、その任意保険から支払われる。(「平成27年度 救急業務のあり方に関する検討会報告書」(消防庁, 平成28年3月)の、図表2-29「救急車の適正利用の推進に係る海外事例」より。)
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

(2016年09月07日「基礎研マンスリー」)

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