2016年09月05日

マイナス金利下における退職給付制度~事例に基づいた検証~

静岡県立大学 経営情報学部   上野 雄史

文字サイズ

日本銀行が2016年1月29日にマイナス金利導入を決定して以降、国債の金利は下落している。2016年8月1日における新発国債10年の金利はマイナス0.145%、同じく20年の金利は0.205%となっている。日本銀行による市場からの国債の大量買い入れにより価格が上昇している状況下で、マイナス金利が導入されたことで国債の利回りが押し下げられている。

退職給付債務の算定において用いられる割引率は、安全性の高い債券の利回りを基礎として決定する。マイナス金利および国債の利回り低下は、国内の債券市場全体の利回り低下も及ぼす。その結果、各社は割引率を引き下げざるを得なくなってきている。割引率の低下は退職給付債務を増加させることになる。割引率が低下してもそれを補うだけの運用益があれば、影響は小さくて済む。しかしながら、2015年度の資産運用環境は厳しいものであった。既に報じられているように公的年金においては、マイナス3.81%を記録した。各社における退職給付制度における資産運用も多くの場合がマイナス(運用損)となったと考えられる。
退職給付制度の概念図
現行の会計基準(IFRSs、U.S.GAAP、日本基準)では、退職給付債務と年金資産の差額が、連結貸借対照表上に負債として計上される。図表1は退職給付制度の概念図である。割引率が低下し、退職給付債務が増加する一方で、運用悪化により年金資産が減少すれば、その分だけオンバランスされる負債額は増えることになる。ただし、「負債額が増加=企業業績への影響」とは限らない。負債額が増加したとしても、それを吸収するだけの自己資本額を保有していれば、負債が増加したとしても債務超過の危険性が高くならない。

ここでは、日本経済新聞社が2016年7月26日付の朝刊で、退職給付の未積立額が多い企業として取り上げた日本郵政、NTT、トヨタ自動車、日立製作所、東日本旅客鉄道、東芝、パナソニック、ソニー、各8社の退職給付制度の状況を概観する。図表2では、各社の未積立額の純額、自己資本に対する未積立額の比率(以下、未積立自己資本比率)、割引率の各数値を2014年度、2015年度を比較する形で表している。
各社の未積立額、未積立額の増加率、未積立自己資本比率、割引率(2014年度 V.S 2015年度)
図表2から日本郵政と東日本旅客鉄道を除く2社で、未積立額が2014年度と比較して10%以上増加していることが分かる。特に増加率が大きいのは、ソニーとトヨタ自動車の両社で、54.73%、51.52%となっている。次いで増加率が高いのはNTT47.28%、パナソニック46.54%である。日本郵政や東日本旅客鉄道は、割引率を変更しなかったこと、また制度の大半が年金資産を持たない退職一時金制度であることから、未積立額にほとんど変化はない。東芝は未積立額の増加率については、12.87%となっており、他社と比べて小さい。しかしながら、未積立自己資本比率は、2014年度53.86%から2015年度200.36%と著しく増加している。東芝は不適切会計問題に端を発した業績不振により、自己資本が一気に目減りしたことが影響している。

先に述べた通り、「負債額が増加=企業業績への影響」とは限らない。トヨタ自動車の未積立額の増加率は、他社と比べて大きいものの、未積立自己資本比率は5%未満であり、他社と比べてかなり低い。一方で、日立製作所、パナソニック、ソニーの未積立自己資本比率は、2015年度に27.82%、26.98%、18.49%となっている。特にパナソニックの未積立自己資本比率が急激に上昇しており、企業業績に及ぼす影響が懸念される。

各社の保有している退職給付制度の形態によってマイナス金利がもたらす影響は異なる。しかしながら、未積立額が企業業績にもたらす基本的な構造は変わらない。手厚い自己資本を確保しているトヨタ自動車のような企業にとっては、未積立額の増加による影響は軽微である。一方で、自己資本が目減りしている企業にとっては、未積立額の増加は業績への重荷となっている。

静岡県立大学 経営情報学部

上野 雄史

研究・専門分野

(2016年09月05日「ニッセイ年金ストラテジー」)

レポート

アクセスランキング

【マイナス金利下における退職給付制度~事例に基づいた検証~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

マイナス金利下における退職給付制度~事例に基づいた検証~のレポート Topへ