2024年07月03日

エンゲージメント活動はリターンを生むのか?

静岡県立大学 経営情報学部 上野 雄史

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2014年2月に策定されたスチュワードシップ・コード(以下、SC)は、企業の持続的な成長を促す観点から、機関投資家が受託責任を果たすための原則として設定された。SCは、2017年5月と2020年3月に改訂され、運用機関における議決権行使に係る賛否の理由、自己評価、情報提供の充実、ESG要素等を含むサステナビリティを巡る課題に関する対話などの項目が追加されている。SCに賛同する企業年金基金の数は、2018年までは14に留まっていたが、2019年に35、2024年3月末時点で51まで増加した。確定給付企業年金の賛同基金数は、全体の約5%程度に過ぎない。とはいえ、今後、ESG、サステナビリティ活動の重要性が高まっていくに従い、徐々に賛同基金数は増加していくことが見込まれる。
 
SCは、2015年6月に適用が開始されたコーポレートガバナンス・コードと対になる形になっており、中長期的な視点に立った建設的な対話を通じて、企業価値ならびにリターンの向上を達成することを実現することを目指している(図表1参照)。SCでは、スチュワードシップ責任を果たすための活動としての有効な手段の一つとして、企業との直接的な目的を持った対話、エンゲージメントが強調されている。エンゲージメントにおいては、企業の経営者と直接的な対話を行い、企業戦略、ESG課題に関する意見交換を通じて、株主総会における議決権行使を通じて、企業の意思決定に影響を与えることが期待されている。
 
中長期的な視点に立った企業と投資家との建設的な対話
では、こうしたエンゲージメント活動が、投資先企業の価値を増加させ、リターンを向上させているのであろうか。それを実証した論文はそれほど多くはないものの、いくつか存在する。その先駆的な論文はDimson et al.(2015)1である。Dimson et al. (2015) は、1999年から2009年の期間、アメリカにおける上場企業に対する機関投資家によるエンゲージメント活動がリターンをもたらしているのかを検証している。この研究の特徴は、コーポレートガバナンスを含んだ社会的責任に関するエンゲージメント活動に焦点を当てている点にある。本研究の結果では、エンゲージメントの成功は、企業価値に正の異常リターン(+7.1%)をもたらしている一方で、失敗した場合のリターンはなかったことが確認されている。エンゲージメント成功企業の営業成績、収益性、効率性、機関投資家の保有比率は、失敗した企業と比較して、全て有意に改善されていることも確認されている。エンゲージメントの成功確率は18%で、成功までに平均で2から3回の継続的な対話がなされており、成功までの期間は平均で1.5年(中央値)を要している。ESGのうち、G(ガバナンス)のテーマの成功確率は24%に対して、ES(環境、社会)は13%であった。しかしながら、同研究のサンプルが、2015年までのものであることを踏まえると、現在では状況は変わっている可能性はある。
 
わが国における調査では、GPIFが2024年5月に公表した「エンゲージメントの効果検証」2がある。同報告書では、エンゲージメント活動の効果についての現状とその効果が明らかにされている。同報告書の調査では、2017年度から2022年度(2022年度は12月末まで)におけるGPIFの国内株式運用委託先延べ21ファンドによる26,792回、延べ48,077テーマに関するエンゲージメントについての実態分析と効果に関する因果分析が実施されている。その結果として、「気候変動」「取締役構成・評価」をテーマにした対話では、PBRなどの企業価値評価指標と、脱炭素目標の設定や独立社外取締役人数などの非財務のKPIが共にエンゲージメント非対象企業(対照群)と比べて改善していることが確認された。GPIFの運用委託先と投資先企業との対話は、投資先の企業価値向上に加えて、脱炭素への取組みやダイバーシティ向上など持続可能性向上にも貢献している可能性が高いことが示されている。
 
エンゲージメント活動により、投資対象の企業価値ならびにリターンの向上が期待されるものの、実際に企業年金基金が実効的なエンゲージメント活動を行う場合には課題は多い。エンゲージメントの成功には、投資企業への継続的は働きかけが必要であり、人材の確保が必要となる。企業年金基金には、エンゲージメント活動を行うための専門的な人材が確保されていないことが多いと考えられる。エンゲージメント活動の成功には、相応のリターンがあることを考えれば、人材の確保に資金を投じることは企業年金基金にとって回収できる投資と認識して行うことが求められる。
 
 
1 Dimson, E., Karakaş, O., & Li, X. (2015). Active Ownership. Review of Financial Studies, 28(12), 3225–3268.
2 GPIF. (2024). 「エンゲージメントの効果検証」https://www.gpif.go.jp/esg-stw/project_report/engagement.html
※本稿は、科学研究費補助金(課題番号:23K01674)による成果の一部である。

(2024年07月03日「ニッセイ年金ストラテジー」)

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