2016年07月13日

利益調整に関する財務指標に着目した信用リスク分析-「粉飾」に起因した企業倒産の予見は可能か?

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

このような変化をもたらした原因を探るため、Z Scoreの説明変数の時系列推移についても確認しておこう(図表19~図表23)13。注目すべきは「営業利益/総資産」(図表21)と「売上高/総資産」(図表23)の対応関係であろう。2005年以前は「売上高/総資産」において倒産企業と非倒産企業が同じ水準を推移していたが、2006年以降は「営業利益/総資産」において倒産企業と非倒産企業が同じ水準を推移している。また、それに対応して、2006年以降の倒産企業において「売上高/総資産」が非倒産企業のそれと比較して大きくなっている。つまり、2006年以降については、売上高のファクターは信用リスクモデルとしてのZ Scoreの説明力を弱めてしまう効果をもたらしていることになる。また、倒産時の「営業利益/総資産」の下落幅は2006年以降の方が大きくなっている。2005年以前の倒産企業において総資産の単調減少を伴っていることが多かったことを指摘したが、この点を考慮に入れると、2006年以降の倒産企業の営業利益の減少幅はそれ以前と比較してグラフの示す傾き以上に大きいことになる。おそらく、2006年の倒産企業においてこのような結果になっている一因として、利益目標を達成するために収益認識の前倒しや費用認識の後ろ倒しをやり続けるなどの利益調整を行っていた企業がそれなりに存在していたものと考えられる14。これらの企業では、利益調整では耐えられなくなり、最終的に大幅な営業利益の下落を認識せざるを得なくなったと考えることができるであろう。これらの結果から、少なくとも2006年以降は、日本において「売上高/総資産」はもはや企業の信用力を測るファクターとして機能していないことを示唆している。また「営業利益/総資産」も早期に検出することの難しい企業が無視できない程度に存在しており、補完する方法が求められる。

「運転資本/総資産」(図表19)や「時価総額/負債総額」(図表22)においても、2005年以前は倒産企業と非倒産企業においてこれらの水準に大きな乖離があるが、2006年以降はその水準に大きな乖離は見られない。「売上高/総資産」と同様に、これらのファクターも2005年以前と比べて倒産企業の信用力を測る指標としての説明力が弱くなってしまっている。

一方で、「剰余金/総資産」(図表20)のみが信用リスクモデルとして一貫した説明力を保持しているように見える。剰余金にはいわゆる「内部留保」が含まれるが、内部留保は過去の会計利益の蓄積であり、長期的な収益性を表現するものである。よって、剰余金は企業の信用力を表す指標となる説明力の高いファクターとしていまだ機能しているものと思われる。
図表19:倒産企業と非倒産企業の「運転資本÷総資産」の時系列推移(平均値)/図表20:倒産企業と非倒産企業の「剰余金÷総資産」の時系列推移(平均値)
図表21:倒産企業と非倒産企業の「営業利益÷総資産」の時系列推移(平均値)/図表22:倒産企業と非倒産企業の「時価総額÷負債総額」の時系列推移(平均値)
図表23:倒産企業と非倒産企業の「売上高÷総資産」の時系列推移(平均値)/図表24:倒産企業(2005年以前)のZ Scoreに関する基本統計量(倒産までの直近5年間)/図表25:倒産企業(2006年以降)のZ Scoreに関する基本統計量(倒産までの直近5年間)/図表26:非倒産企業のZ Scoreに関する基本統計量(直近5年間)
 
13 Altman Z Scoreとその各ファクターの基本統計量については、図表24~図表26を参照されたい。
14 2006年以降の倒産企業のサンプルを見ると、このような「営業利益÷総資産」が倒産する1年前の会計期末に急落した企業は、それまでにAccruals Ratioが正の数かつ高い数値をとり続ける傾向が見られた。そのため「過度の利益調整が行われた」企業であったと判断している。逆に、早い段階から「利業利益÷総資産」の悪化が見られた倒産企業は、Accruals Ratioが負の数になり続ける傾向が強く見られており、2005年以前の倒産企業と同じような特徴を持っているため、従来の信用リスクモデルでも検知可能であったと考えられる。
Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【利益調整に関する財務指標に着目した信用リスク分析-「粉飾」に起因した企業倒産の予見は可能か?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

利益調整に関する財務指標に着目した信用リスク分析-「粉飾」に起因した企業倒産の予見は可能か?のレポート Topへ