2016年06月15日

韓国における老人長期療養保険制度の現状や今後の課題―日本へのインプリケーションは?―

生活研究部 准主任研究員   金 明中

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■要旨
  • 韓国政府は2001年8月に介護保険制度の導入を表明し、2008年7月から「老人長期療養保険制度」という名前で介護保険制度を施行している。
  • 韓国政府が老人長期療養保険制度を導入したのは、急速な人口高齢化と公的医療保険の長期的な財政赤字に対処するためである。
  • 韓国政府が日本の介護保険制度を参照しながら、老人長期療養保険制度を設計する際に、最も慎重に検討したのは、「財政安定」と「人材確保」のことだろう。
  • 韓国政府は日本でも議論はあったものの、実施までには至らなかった「全公的医療保険加入者の被保険者化」や「家族介護に対する現金給付の支給」を実施するとともに、「サービス利用時の自己負担割合」を日本より高く設定することにより、財政の安定と人材の供給不足を解決しようとした。
  • 高齢化が進み、介護保険制度に対する国の財政負担が増加している日本においてもドイツや韓国が導入している現金給付を導入することは労働力の確保や財政の支出抑制という面からある程度効果があるかも知れない。
  • また、被保険者層の範囲の拡大やサービス利用時の自己負担割合の調整、そして介護等級の見直しなども慎重に検討すべきである。

■目次

1――はじめに
2――老人長期療養保険制度の導入背景
3――老人長期療養保険制度の概要
  1|老人長期療養保険制度の施行までの流れ
  2|老人長期療養保険制度の概要
  3|老人長期療養保険制度の管理・運営体系及び在宅・施設サービスの概要
  4|老人長期療養保険制度を担当する人材の現状や今後の課題
4――日本へのインプリケーション
5――おわりに

1――はじめに

1――はじめに

韓国社会は、以前から年を取った親の面倒は子ども(主に長男)が見るという儒教的な意識が強く、多くの高齢者が老後の生活を自分の子供に依存していた。特に、体が不自由な親の面倒は嫁や娘など女性が担当するケースが多かった。しかしながら、核家族化の進行や女性の社会進出の増加に伴い、家族だけで高齢者の面倒を見ることが難しくなり、介護の社会化が必要となった。さらに、急速な少子高齢化に伴う高齢者の医療費増加は、公的医療保険の財政状況を悪化させ、高齢者の介護に限定した新しい制度の導入の必要性が高まった。そこで、韓国政府は2001年8月に介護保険制度の導入を表明し、2008年7月から「老人長期療養保険制度」という名前で介護保険制度を施行している。

2――老人長期療養保険制度の導入背景

2――老人長期療養保険制度の導入背景

韓国政府が老人長期療養保険制度を導入した理由の一つとして挙げられるのは急速な人口高齢化である。韓国政府が本格的に介護保険制度の導入を議論し始めた2000年の韓国の高齢化率は7.2%で、日本が介護保険制度の導入を議論し始めた1994年の14.1%(2000年:17.3%)に比べるとはるかに低い水準であった。つまり、当時の人口構造的な面から見ると韓国における介護保険制度の導入に対する議論はあまりにも時期尚早(日本と比較すると)だったかも知れない。しかしながら公的医療保険の財政赤字が続き、政府の国庫負担が増加していることや将来的に早いスピードで高齢化が進むことにより公的医療保険の財政状況がますます深刻になることを懸念した韓国政府は、隣国日本で2000年4月から施行された介護保険制度に関心を持つようになったのである。

2000年以降韓国の高齢化率は段々上昇し、2014年には12.7%まで上昇している。韓国の高齢化率は日本の26.0%に比べるとまだ低い水準であるものの、少子高齢化のスピードが日本より早く、2060年には39.9%に達すると推計されている1。偶然ではあるが、2060年における日韓の高齢化率は39.9%で同一であり、それは韓国の高齢化が日本を上回るスピードで進行する結果である2

図表2は、高齢者一人を支える現役世代の数(15~64歳人口/65歳以上人口)の推移と将来推計を日韓でみたものであり、この数値が小さくなることは現役世代の負担が増加することを意味する。例えば、日本の場合1960年には現役世代11.2人が高齢者一人を支えていたが、2014年にはその数が2.4人に減り、さらに2060年には1.3人まで減ると予想されている。韓国の場合は日本より現役世代の減少幅が大きく、高齢者一人を支える現役世代の数は1960年の20.5人から、2014年には5.8人まで急速に低下しており、さらに2060年には1.2人になり、日本を下回ることが見通されている。

また、核家族化の進行や女性の社会進出の増加も韓国政府が老人長期療養保険制度の導入を急いだ一つの理由であるだろう。韓国における平均世帯人員は1980年の4.62人から2010年には2.69人まで減少しており、日本(2.59人、2010年)と同様に核家族化が進んでいる。さらに、女性の社会進出がますます進んでおり(特に若い女性を中心に)3、介護の社会化が求められることになった。
図表1日韓における高齢化率の推移と将来推計
図表2高齢者一人を支える現役世代の数の推移と将来推計
老人長期療養保険制度を導入したもう一つの理由は上でもすでに触れたように公的医療保険の財政赤字が続いたことが考えられる。韓国における公的医療保険の財政は1997年から赤字に転落し、赤字金額も毎年増加している。図表3は韓国における公的医療保険の財政の推移を示しており、保険料収入だけでは支出を賄うことができず、国庫負担や国民増進基金が継続的に増加していることが分かる。支出の大部分は診療に対する保険給付費(2014年基準96.8%)が占めており、韓国政府は将来的に急激な少子高齢化が進むことにより公的医療保険の財政状況がさらに悪化し、国庫負担の金額が大きく増加することを懸念して、いち早く介護保険制度の導入を検討したと考えられる。実際に、65歳以上高齢者の一人当たり年間平均診療費は、2005年の155万ウォンから2014年には322万ウォンまで増加しており、全年齢階層の平均108万ウォン(2014年)の約3倍にも達している。また、高齢化の進展や高齢者医療費の増加により、全診療費に占める高齢者診療費の割合も2005年の24.4%から2014年には35.5%まで急増した。

このような高齢者の増加や現役世代の減少、核家族化の進行による平均世帯人員の減少、女性の社会進出の拡大、高齢者医療費の増加による公的医療保険の財政の悪化などが韓国政府が老人長期療養保険制度を導入した主な理由であると言えるだろう。
図表3韓国における公的医療保険の財政や国庫負担等の推移/図表4 韓国における高齢者の一人当たり診療費の推移等
 
1 現在、韓国の高齢化率が日本より低い理由としては、ベビーブーム世代が生まれた時期が日本より遅く、ベビーブーム世代の期間が日本より長かったこと(日本は1947~1949年、韓国は1955~1963年)や、2000年までは日本より高い出生率を維持していたこと、韓国の平均寿命が日本より低い(日本(2013年)→男性80.21歳、女性86.61歳、韓国(2012年)→男性77.9歳、女性84.6歳)こと等が考えられる。
2 金明中(2015)「日韓比較(3):高齢化率 ―2060年における日韓の高齢化率は両国共に39.9%―」研究員の眼、2015年07月08日。
3 2000年に48.8%であった女性の労働力率は2015年には51.8%に微増したものの、韓国政府が積極的雇用改善措置を実施する等女性活躍のための政策に力を入れているので、今後韓国社会における女性の社会進出はさらに進むことが予想されている。
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生活研究部   准主任研究員

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
社会保障論、労働経済学、日・韓社会保障政策比較分析

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