2016年05月11日

英国 年金原資使途自由化後の退職商品の販売動向-選択の自由を得た退職者は何を選択したか-

保険研究部 主任研究員   松岡 博司

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■要旨

英国の私的年金商品は、年金原資の形成を目的とする「ペンション」と、ペンションで形成した年金原資を使って退職時等に購入する終身年金「アニュイティ」に大別される。
従来はペンションで形成した年金原資でアニュイティを購入することが強制されていたが、2015年4月の税制改正によりこの縛りが解消され、退職者は、多様な年金原資の受け取り方から選択することができるようになった(pension Freedom and Choice reforms、以下、年金フリーダム改革)。
改革実施後の12月までの9ヶ月間の実績からは、アニュイティの販売激減、インカムドローダウン商品の販売急増、過半の退職者が年金原資の一時金引き出しを選択、といった特徴を見ることができる。

■目次

1――改革実施後9ヶ月間の各退職商品の販売動向
  1|一時金引出(年金原資全額一括引出)の状況
  2|インカムドローダウン商品の販売状況
  3|アニュイティ(終身年金)の販売状況
2――顧客はどのような選択を行ったか -3商品の販売動向を比較してみると-
3――顧客はどのような選択を行ったか -顧客属性ごとの選択の傾向-
4――今後の動向
おわりに
英国の私的年金商品は、年金原資の形成を目的とする「ペンション(確定拠出職域年金、個人年金)」と、ペンションで形成した年金原資を使って退職時等に購入する終身年金「アニュイティ」に大別される。
従来はペンションで形成した年金原資でアニュイティを購入することが強制されていた。しかし、2015年4月の税制改正により、この縛りが解消され、退職を迎えた人々は、ペンションで形成した年金原資を、従来通りアニュイティの購入にあてて終身年金の形で受け取ることの他に、一時金として一括で受け取る、資金を運用しながら一部現金引出が可能な商品であるインカムドローダウンを購入する、資金を分割して引き出していく等、多様な方式の中から選択して受け取ることができるようになった(pension Freedom and Choice reforms、以下、年金フリーダム改革)。
老後資金確保策の選択自由度向上は、個人の意思の尊重という言葉の裏で、老後破産も自己責任との割りきりを含んだ措置のようにも見える。実際、なけなしの年金原資を一時金の形で引き出し旅行資金に当ててしまった人が少なからずいるとの報道も行われている。彼らは老後を乗り切る別途の資金源を持っているのだろうか。
年金フリーダム改革はサービス供給側の英国生保業界に対して、ビジネスモデルの変革を促すものでもある。アニュイティの購入を顧客に強制していた税制の重しが外れたことにより、これまでのように簡単にアニュイティが販売できるわけではなくなった。このため、アニュイティの販売量は劇的に減少するだろうと予測されていた。
本稿では、本年3月末に英国保険協会(ABI)が発表した改革実施後9ヶ月間の業績統計を用いて、改革が退職商品の選択にどのような影響を与えたかを概観する。

ABIの発表資料では、約1400憶ポンド、1400憶ポンド弱、1400憶ポンド強といった、いわゆる丸めた数値が用いられている。本稿で使用するグラフは、それらの数値を1400憶ポンドと割りきって作成したものである。ご容赦いただきたい。

1――改革実施後9ヶ月間の各退職商品の販売動向

1――改革実施後9ヶ月間の各退職商品の販売動向

1|一時金引出(年金原資全額一括引出)の状況
改革実施後9ヶ月の間に、21万3,000件、総額30億ポンドの一時金引出が行われた。1件あたりの平均引出金額は1万4,800ポンドであった。
グラフ1 一時金引出(全額現金一括引出)の件数と金額
2015年第2四半期(4-6月期)と第3四半期(7-9月期)においては、2014年3月に改革が発表されてから改革が本格実施される2015年4月までの間、様子見を決め込み実施を繰延べてきた人々がいっせいに資金引出を行ったため、引出件数が8万件を超えた。そうした繰延べ需要が落ち着いた第4四半期(10-12月期)になると、一時金引出件数は4.6万件に減少した1
引出金額で見ても、2015年第2四半期13億ポンド、第3四半期12億ポンドと、高水準が続いた後、第4四半期は約6.6億ポンドに減少した。
こうした状況につき、ABIは、「顧客は良識あるアプローチをとっている。スタート当初の、年金をキャッシュ化したいという衝動は落ち着いてきた。」とコメントしている。
第4四半期の一時金引出額の半分以上が60歳以下の年齢層の人々によるものであった。また一時金引出の55%は1万ポンド以下の少額案件である。
 
1英国保険協会は一時金による引出しについては引き出し額の概数と平均引き出し額の概数しか開示していない。グラフの一時金件数は筆者が概数を概数で割り算して算出した大雑把な数値であるが、傾向は十分つかめると思われる。
2|インカムドローダウン商品の販売状況
インカムドローダウン商品は、年金原資を株式や債券等で運用し続けながら、定期的に定額を引き出すことができる商品である。引出額は調整することができる。アニュイティが一生涯の年金支払いを保証するのと異なり、インカムドローダウンでは、運用の失敗、残高と引き出し額のアンバランス等から、資金が枯渇するリスクを契約者が負うことになる。
インカムドローダウンは従来からあった商品であるが年間引出し額に厳しい制限が課されていた。年金フリーダム改革により、この制限が撤廃された。
フリーダム改革実施後9ヶ月間で、インカムドローダウン商品は、6万3,600件、総額42億ポンドの販売実績を挙げた。1年前、2014年の4月-12月の業績と比べると、件数で91.8%増、金額で100.1%増という急拡大ぶりである。1件あたりの平均契約金額は6万6,000ポンドであった。
改革を契機に生保各社が商品拡充等を行ったことも販売急増を後押しした。
グラフ2 インカムドローダウン商品販売の推移
3|アニュイティ(終身年金)の販売状況
アニュイティの販売額は激減した。グラフ3は、もともと減少傾向にあったアニュイティ販売が、フリーダム改革の発表、改革の実行を機に、いっそう縮小してきたことを示している。
改革実施後9ヶ月間のアニュイティ販売実績は6万1,700件、33億ポンドである。1件あたりの平均販売金額は5万3,000ポンドであった。この数値を改革案がまだ発表されていなかった2013年4月-12月期と比較すると件数で76.3%減、金額で62.4%減という大幅減少となっている。改革案発表後の2014年4月-12月期と比較しても、件数で46.0%減、金額で26.9%減と大きく落ち込んでいる。これは改革案発表後、各調査機関がアニュイティ販売額は7割程度落ち込むのではないかとの見通しを示していたことにほぼ沿った結果となっている。
グラフ3 アニュイティ(終身年金)販売の推移
この状況についてABIは、「改革スタート当初に比べ、アニュイティの販売は回復の兆しを見せ始めている」とし、「直近の2015年第4四半期には、アニュイティの販売件数21,200件が、インカムドローダウン商品の販売件数19,700件を上回った」ことをもって、「アニュイティがインカムドローダウンよりも顧客にとって、よりポピュラーであることを証明した。」、「人々はいまだに終身にわたる所得支払いの保証に価値を見出していることを示している」と評している。
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保険研究部   主任研究員

松岡 博司 (まつおか ひろし)

研究・専門分野
生保経営・生保制度(生保販売チャネル・バンカシュランス等、主に日本生命委託事項を中心とする研究)

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