コラム
2016年02月15日

ジェロントロジー「教育」の行方

生活研究部 主任研究員   前田 展弘

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現代社会に不可欠な三大スキルは“「英語」「ICT」「高齢社会」”、これは筆者が活動をサポートしている「高齢社会検定試験」を推奨する際に用いている宣伝文句である。高齢社会検定試験は「ジェロントロジー(高齢社会総合研究学)」を学びたいという多くの方々(特に社会人)からの声をいただくなかで、東京大学高齢社会総合研究機構の先生方とともに2013年に創設した検定試験である。この試験は、超高齢・長寿社会の先頭を歩む日本において不可欠な「個人の人生設計課題の解決や、社会の高齢化課題の解決」に役立つ知識として、ジェロントロジーに含まれる基礎知識を提供する1。これまで計3回の検定試験を実施し、試験合格者は1000名を超えたところである。

このようにジェロントロジーに関する「社会教育」の機会は存在する一方で、そもそもの「学校教育」においてジェロントロジーに関する教育が進んでいるかと言えば、答えは「NO」だ。大学に絞って話を進めれば、ジェロントロジーを「体系的」に学べる大学は、桜美林大学と東京大学の2校しかない2。桜美林大学は日本で初めてジェロントロジー関連の学位を授与し始めた大学で、当時の東京都老人総合研究所(現在の東京都健康長寿医療センター研究所)の研究者達が教授陣となって、大学院国際学研究科内に「老人学専攻修士課程」を2002年に設置した。また2004年には博士後期課程を増設した(2008年には老年学研究科へ改称されている)。東京大学では日本生命他の寄付によって2006年に設置された「総括プロジェクト機構ジェロントロジー寄付研究部門」(現在の高齢社会総合研究機構に継承)が中心となって、2008年から大学3-4年生及び修士課程の学生を対象にした「学部横断ジェロントロジー教育講座」が開始され、2014年からはジェロントロジーのリーディング大学院3も創設された。ジェロントロジーを学んだことを示す学位を得るには、いずれかの大学に行くしかないのが現状である。

では、大学にとってジェロントロジー教育が必要ではない(ニーズがない)かと言えば、そうでもない。日本学術会議が2010年に全国の大学751校を対象にしたアンケート調査4によれば(アンケートの回答があった大学は361校:国公立106校、私立255校)、3分の2(67%)の大学が、ジェロントロジー教育を「必要」と回答している(図表1)。ではなぜジェロントロジー教育を行っていないのかその理由を尋ねると、「担当する教員がいない」が最も多く、「ジェロントロジーに関する情報が不足している」が次に多い(図表2)。
図表1:ジェロントロジー教育の必要性について(アンケート結果)/図表2:ジェロントロジー教育を行っていない理由(アンケート結果) ※複数回答
ジェロントロジーの教育が先行している米国では、大学及び大学院において264のジェロントロジー教育プログラムが確認される(2009年時点)5。高齢化最先進国として世界の先頭を歩む日本であれば、本来、米国を上回るくらいの教育機会があってもしかるべきであろう。なお、米国でこれだけの数のジェロントロジー教育が展開されている背景には、1965年に国策としてジェロントロジー教育及び研究が推進されたことがある。ジェロントロジー教育を司る「ジェロントロジー高等教育機関Association for Gerontology in Higher Education(AGHE)」も存在する。こうした政策的な後押しがなかった日本がこれからジェロントロジー教育をどのように拡げていけるだろうか。

前述のとおり、「人」がいない、「情報」が少ないということが問題としてある。前者の「人」がいない、という回答には、ジェロントロジー全体を語れる人が少ないということに加えて、高齢者及び高齢社会に精通した教員を束ねる学際的チームが作れないということも含まれていると想像する。確かにジェロントロジー、つまり高齢者や高齢社会のことを体系的に指導するには、医学、生物学、心理学、社会学、福祉学、経済学、政治学、行政学、建築学、工学など、あらゆる専門分野の「知」が必要になる。そうした「知」(人・情報)を集めるためには、まずは東京大学に見られるような「学部横断型の教育プログラム」が一策になると考える。それでも足りない専門分野があるとすれば、自身の大学の垣根を越えて近隣の大学と連携するなかで「大学間連携の教育プログラム」を開発することも可能性としてあるのではないかと考える。ただ、こうしたことを推進するコーディネーター的役割を果たす人が必要である。その人がいなければ話は始まらない。同時にそのコーディネーターが孤立無援にならないように支援する組織も必要となろう。この点、前述した米国のAGHEのような、日本におけるジェロントロジー教育を司る機関(例えば、「日本ジェロントロジー教育協会」のようなイメージ)が創設されると理想的である。“言うは易し、行うは難し”のことではあるが、現代社会に必要とされている「知識」を、未来を支える「学生」に伝えることは社会の重要な役割であろう。ぜひ、今の若者が日本の確かな未来を創造していくために、ジェロントロジー教育が多くの大学で展開されていくことを大いに期待したい。
 
1 前田展弘「高齢社会検定試験の薦め ~現代社会に不可欠な基礎知識の習得を~」(ニッセイ基礎研・研究員の眼、2013.5.15)
http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=40735
2 特定の学部や専攻の中に「科目」(高齢社会論など)として、ジェロントロジーの一部の内容を伝える教育は多くの大学で実施されている。
3 文部科学省リーディング大学院プログラム「活力ある超高齢社会を共創するグローバル・リーダー養成プログラム:Graduate Program in Gerontology : Global Leadership Initiative for an Age-Friendly Society(GLAFS)」を指す
4 調査実施主体は日本学術会議内に設置された「持続可能な長寿社会に資する学術コミュニティ構築委員会」
5 塚田典子「日本大学大学院グローバル・ビジネス研究科経営学修士課程における老年学講座の取り組み」(平成21年度総合福祉研究 特集号)より引用

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生活研究部   主任研究員

前田 展弘 (まえだ のぶひろ)

研究・専門分野
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)、超高齢社会・市場、QOL(Quality of Life)、ライフデザイン

(2016年02月15日「研究員の眼」)

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