2016年01月15日

低空飛行が続く日本経済~浮上する「賃上げ停滞」のリスク

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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●低空飛行が続く日本経済~浮上する「賃上げ停滞」のリスク

2015年12月8日に内閣府から公表された2015年7-9月期のGDP2次速報では、実質GDP成長率が1次速報の前期比年率▲0.8%から同1.0%へと上方修正され、2四半期連続のマイナス成長は回避された。しかし、2015年10-12月期の経済指標は低調なものが多く、再びマイナス成長に陥る可能性が出てきた。
 
(成長率見通しの下振れが止まらない)
昨年末に公表された2015年11月の経済指標は軒並み事前予想を下回った。特に悪かったのが消費関連指標で、家計調査の実質消費支出が前年比▲2.9%と大きく落ち込んだことに加え、それまで比較的堅調に推移してきた商業動態統計の小売業販売額も前年比▲1.1%となった。さらに、訪日外国人急増に伴うインバウンド消費の恩恵を強く受けている百貨店売上高も前年比▲2.7%と8ヵ月ぶりのマイナスとなった。所得の伸び悩みが続く中、11月は土・日・祝日の数が前年よりも1日少なかったこと、気温が高めに推移し冬物衣料が不振だったことが響いたようだ。

また、9月、10月と前月比で1%台の上昇となり復調の兆しが見え始めた鉱工業生産指数も11月は前月比▲1.0%と3ヵ月ぶりに低下した。出荷指数が同▲2.5%と生産を大きく上回る落ち込みとなったため在庫指数が3ヵ月ぶりに上昇し、夏場以降進展していた在庫調整はいったん足踏みする形となった。12月の生産が前月比で3%以内の低下であれば10-12月期は前期比プラスとなるため、3四半期ぶりの増産はほぼ確実だ。しかし、在庫調整圧力の高い状態が続いているため、生産の本格回復までには時間がかかりそうだ。

消費税率が引き上げられた2014年度の実質GDP成長率は▲1.0%と当初予想を大きく下回る結果となったが、2015年度に入ってからもエコノミストの成長率見通しは下振れが続いている。
 
(図表1)成長率見通しの下方修正が続く 日本経済研究センターの「ESPフォーキャスト調査」によれば、2015年4-6月期の実質GDP成長率の予測値は、1次速報が公表される3ヵ月前の5月上旬時点では前期比年率2.26%(エコノミスト約40人の平均値、以下同じ)だった。しかし、4月以降の経済指標の結果が明らかになるとともに大きく下方修正され、1次速報公表直前の8月時点では前期比年率▲1.55%のマイナス成長予想となった(1次速報は同▲1.6%、その後▲0.5%まで上方修正)。同様に2015年7-9月期も8月時点では前期比年率2.48%と高めの成長が予想されていたが、その後大幅に下方修正され11月の直前予測では同▲0.13%となった(1次速報は▲0.8%、2次速報で+1.0%に上方修正)。

2015年10-12月期になってもこの傾向は変わらない。2015年12月時点の実質GDP成長率の予測値は1.31%だったが、年末にかけて公表された11月の経済指標が予想から大きく下振れしたことを受け、2016年1月調査では0.63%へと大きく下方修正された(図1)。
 
(低空飛行が続く日本経済)
10-12月期の足を引っ張りそうなのが個人消費だ。7-9月期は前期比0.4%と2四半期ぶりの増加となったが、10-12月期は再び減少する可能性が高くなっている。個人消費は2014年4月の消費税率引き上げ直後に大きく落ち込んだ後、一時的に持ち直す局面もあったが、2年近くにわたって一進一退の状況から脱せずにいる。また、2014年度補正予算の効果息切れから公共投資は7-9月期に続き減少することが確実で、消費増税前の駆け込み需要の反動一巡から回復していた住宅投資も10-12月期は4四半期ぶりに減少する可能性が高い。

一方、意外な健闘を見せているのがIT関連財や欧米向けの自動車を中心に持ち直している輸出で、外需は7-9月期に続き小幅ながら成長率の押し上げ要因となりそうだ。また、企業収益の改善を背景に設備投資も2四半期連続の増加が予想されるが、7-9月期の前期比0.6%から大幅な加速は期待できない。景気は牽引役不在の状態が続いている。
 
(図表2)月次GDP、月次民間消費の推移 現時点で公表されている月次統計をもとに推計したニッセイ基礎研究所の月次GDPは2015年10月が前月比0.3%、11月が同▲0.5%となり、10、11月の平均は7-9月期よりも▲0.2%低くなった(詳細は巻末の表を参照)。外需が堅調に推移する一方、民間消費が9月から3ヵ月連続で前月比マイナスとなり、月次GDPを大きく押し下げている(図2)。

当研究所の月次GDPは3ヵ月合計(季節調整値は3ヵ月平均)が四半期ベースのGDPに一致するように推計している。10-12月期がプラス成長になるためには、12月の月次GDPが前月比0.7%以上のプラスとなる必要があるが、そのハードルは高い。現時点では12月の月次GDPは前月比0.5%にとどまり、10-12月期は前期比▲0.1%(前期比年率▲0.4%)のマイナス成長になると予想している。12月の経済指標の結果次第では10-12月期がプラス成長となることもありうるが、7-9月期(前期比年率1.0%)の伸びを下回ることはほぼ確実だ。日本経済は消費税率引き上げの影響が一巡した2015年度に入ってからも低空飛行が続いている。
 
(図表3)実質GDP・需要項目別の推移 (消費低迷の主因は所得の伸び悩み)
2012年末の安倍政権発足後、大幅な円安を受けて企業収益は大きく改善し、デフレからも脱却しつつあるが、実体経済はさえない状態が続いている。2012年10-12月期を起点とした2015年7-9月期までの約3年間の実質GDPの伸びは2.4%にすぎない(図3)。特に低調なのが個人消費で、直近の水準は安倍政権発足時とほとんど変わっていない。個人消費はアベノミクス始動後の経済成長に全く貢献していないことになる。
(図表4)家計貯蓄率の推移 個人消費が低迷する理由として家計の節約志向や将来不安に伴う過剰貯蓄が挙げられることも多いが、これらは消費の長期停滞の主因ではない。かつて日本の家計貯蓄率は国際的に高いことで知られていたが、高齢化の影響もあって長期にわたって低下傾向が続き、2013年度には▲1.3%と初のマイナスとなった。2013年度の貯蓄率は消費税率引き上げ前の駆け込み需要で消費が高い伸びとなったことにより押し下げられているが、逆に駆け込み需要の反動で消費が抑制された2014年度でも0.1%とわずかなプラスにとどまった(図4)。日本の家計貯蓄率は実態としてマイナス圏に突入したと考えられる。貯蓄率が低下しているということは、消費の伸びが可処分所得の伸びを上回っていることを意味する。個人消費低迷の主因は所得の伸び悩みにあると考えられる。
(図表5)家計の可処分所得(純)の内訳 国民経済計算によれば、2014年度の家計の可処分所得は289.1兆円で、ピーク時の1997年度(308.3兆円)と比べると20兆円近く少ない。その主因は雇用者報酬の減少で、2010年度からは5年連続で増加しているものの、2014年度の雇用者報酬は252.5兆円とピーク時の1997年度(279.0兆円)と比べると26.5兆円も低い水準となっている。また、超低金利の長期化によって利子所得が激減したことも家計の所得低迷の一因となっている。家計の財産所得(純)は現行統計が開始された1994年度は36.3兆円だったが、2014年度は25.0兆円と10兆円以上少なくなっている(図5)。
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斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

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