2015年11月24日

病院の待ち時間の状況-紹介状の義務化は、大病院の待ち時間を短縮できるか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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4――待ち時間の問題に対する対処法

待ち時間の問題への対処法として、まず、とにかく、待ち時間を短くすることが基本となる。ただそれだけではなく、待ち時間の質を高めて、患者の不満を軽減することも併せて検討する必要がある。

1待ち時間を短縮する決定的な方策は考えにくい

これまでも、多くの医療関係者や研究者が、待ち時間の問題に対する方策を検討してきた。例えば、次の図表に示すようなものが挙げられる。この中には、実行されて、一定の効果を挙げたものもある。
 
図表6. 待ち時間の短縮策の例

しかし、既に見たように待ち時間は改善しておらず、待ち時間短縮の決定的な方策は見出されていない。これは、医療の中心である、医師の診察において、診療時間の予測が困難なことが要因と考えられる。医師の診断を助ける医療機器等の性能は向上しているが、最終的には、医療は、医師と患者、即ち人と人の間で行われる。診療の場面では、例えば、患者の病状が通常とは異なっている場合や、簡単には病原が特定できない場合もある。更に、誤診をすれば患者の命に関わる場合もある。このように、医療は流れ作業のようには進められない。医師は、十分な時間をかけて診察を行う必要がある。

2待ち時間の質の向上により、ある程度、患者の不満を軽減することは可能

次の図表に示すような方策を通じて、待ち時間の質を高めることが考えられる。待ち時間に関する患者の不満の主なものは、自分がどのような待ち位置にいるのかがわからない点である。ICTの活用等により、待ち状況を通知することで、不満の緩和が図られるものと思われる。また、待合環境を整備したり、待合時間を有効活用することで、患者の待たされ感を、軽減することも可能と考えられる。
 
図表7. 待ち時間の質の向上策の例

5――海外における患者の待機問題

海外の病院では、患者が医療を待つ問題はどのようになっているのか、簡単に見ておきたい。イギリス、オーストラリア、カナダ、スウェーデンなどでは、待ち時間ではなく、待ち期間が長いことが問題となる。これらの国では、日本のように患者が病院に行ってから何時間も待たされる代わりに、病院の予約段階で専門医の診療を受けたり、その後に手術を受けたりするまでに何ヵ月も待たされることが一般的である5。これは「待機問題」と言われ、医療の主要な問題となっている。特に、医療制度を税方式で運営している国では、医療サービスの供給が配給制のように非効率なものとなっているため、待機問題が生じやすいとされる。

患者は、待ち期間中に病状が悪化したり、逆に病気が自然治癒してしまう場合もある。例えば、イギリスでは、総合医による紹介から最長でも18週以内に専門医による診療を受けられるよう、政府が目標を立てている6。目標の達成状況を、地域ごとに毎月捕捉してホームページ上で公表するなどの取り組みを進めた結果、待ち期間の短縮が図られ、患者の満足度は向上している模様である。
 
図表8. 白内障の入院患者が専門医診療から手術までに要した日数
 
 
5 もちろん、患者の緊急性が高い場合には、救急医療として、日本と同様に優先的に医療が行われる。
6 イギリスでは、待機問題の緩和に向けてウォークインセンターが設置され、24時間体制・予約なしで、受診可能となっている。2013年現在、イングランドでは、135のセンターが総合医主導で、50のセンターが看護師主導で、運営されている。(“Walk-in centre review: final report and recommendations”(Monitor, Feb 2014, www.monitor.gov.uk) による。)

6――大病院外来の紹介状義務化は、待ち時間にどのような影響を与えるか

保険外併用療養制度のうちの選定療養7には、大病院の初診や再来が列挙されている。これは、病床数が200以上の病院が対象で、病院の判断で、紹介状のない患者には、初診や再来に特別の料金を徴収することができる。しかし、2013年7月時点で、実際に特別の料金を徴収している病院は、初診では45%(徴収が可能な2,656病院中1,191病院)、再来では4%(同110病院)にとどまっている。また、徴収している特別の料金の平均額は、初診2,130円、再来1,006円となっている8

2016年4月より、この紹介状が義務化される予定である。これにより、外来の機能分化を進め、大病院での専門医療の質を向上させる狙いがある。現在、中央社会保険医療協議会では、具体的な基準が議論されている。例えば、対象の大病院の定義をどうするか。初診と再来の、特別の料金の金額をどの水準にするか。救急医療など、紹介状なしでも特別料金を課されないための要件をどう設けるか。といった点の検討である9。紹介状の義務化により、大病院の外来患者数が減少し、待ち時間が短縮される可能性はある。しかし、医療関係者からは、既に5,000円以上の特別の料金を設定している大病院でさえも、設定前後で外来患者数の顕著な減少は見られなかった、とする指摘もなされている。このように、紹介状の義務化が、待ち時間にどのような影響を与えるか、現時点では、未知数と言える。

 
 
7 将来の保険導入を前提としていない療養を指す。2015年現在、特別の療養環境(差額ベッド)など、全部で10種類ある。
8 「療養の範囲の適正化・負担の公平の確保について」(社会保障審議会 医療保険部会,平成26年10月15日,資料1)による。
9 「外来医療(その3)」(中医協, 平成27年11月18日, 総-6)による。

7――おわりに (私見)

医療における待ち時間は、根の深い問題である。今後、医師の診断を助ける医療機器等の性能向上により、一定の短縮は図られるものと考えられる。そのための努力は続けていく必要があるだろう。しかし、待ち時間の短縮を優先するあまり、医療の質が低下してしまうことは本末転倒である。

従来、日本ではフリーアクセスが医療の前提となってきた。だが、単に、「いつでも、好きなところで受診可能」とするやり方は、医療現場に混乱をもたらしかねない。2013年の社会保障制度改革国民会議の報告書では、「フリーアクセスを(中略)『必要な時に必要な医療にアクセスできる』という意味に理解し(中略)、この意味でのフリーアクセスを守るためには、緩やかなゲートキーパー機能を備えた『かかりつけ医』の普及は必須(後略)」との見解が示されている。地域包括ケアシステムを進めるためには、かかりつけ医によるプライマリケアと、大病院等での専門医療とに、医療施設の機能分化を進めることが必須である。大病院外来の紹介状の義務化も含めて、病院の機能分化を進め、医療制度全体の効率を高めていく必要があるものと考えられる。
 
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2015年11月24日「基礎研レター」)

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