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EUの金融システムのリスクと脆弱性(2025秋)-欧州の3つの金融監督当局の合同委員会報告書

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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1――2025秋の金融リスクなど
以下、主に保険・年金基金の部分を中心に紹介する。
1 Joint Committee Report on risks and vulnerabilities in the EU financial system -Autumn 2025 (2025.9.19 ESA)
https://www.eiopa.europa.eu/document/download/6ad57270-4874-40aa-98bc-a562f170bb59_en?filename=Joint%20Committee%20Report%20on%20risks%20and%20vulnerabilities%20in%20the%20EU%20financial%20system%20-%20Autumn%202025.pdf
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)
2――報告書の内容
世界貿易と安全保障を巡る動向が、急激な経済構造の変化を引き起こし、経済見通しの悪化につながっている。貿易面では、米国が相次いで広範な関税措置を発表し、保護主義的な姿勢を明確にした。これは、より分断された世界経済への第一歩とされる。
これに対する国際的な反応も重なり、既に中東やウクライナなどでの紛争により高まっていた地政学的不確実性はさらに深まった。この地政学的動向を受けて、経済成長予測は下方修正され、EUと米国の金融政策に乖離の兆候(EUは金利を引き下げ、米国は金利水準を維持)が見られた。ただしこうした乖離は不確実性の継続懸念によるものであり、関税の直接的影響は限定的である。
銀行セクターは、近年の経済見通しの悪化と地政学的緊張の高まりに対しても一定の耐性を示してきた。経済見通しが悪化する中でも、低い不良債権比率の維持、収益性の確保、引当金の積み増しなどにより、資産の質を適切に管理してきたと評価できる。2024年末時点では、たとえ不確実な経済環境であっても、銀行のリスク選好度に大きな変化はなく、銀行資産は過去よりも速いペースで増加している。
保険セクターは、2024年末時点で回復基調にあった。生命保険料収入は増加に転じ、金利の安定に伴い保険契約の解約増加の動きも落ち着いた。業界全体で十分な資本基盤を有しているため、2025年第2四半期に顕在化した市場の混乱にも十分耐えられるなど、財務基盤は整っている。
年金基金セクターは、変動の激しい金利環境下でも比較的安定的に推移した。負債価値がインフレ連動や金利動向などの要因により増加したが、資産サイドが、株式と債券の価格上昇により負債を上回る伸びを示したことで、財務状況が若干改善した。ただし4月の市場の混乱などをみると、特に流動性ポジションを綿密に監督する必要がある。
投資ファンドセクターは、2025年上半期の厳しい環境下でも安定した動きを維持した。オルタナティブファンド、コモディティファンド、債券・株式ファンドはいずれも高いボラティリティを記録した。株式ファンドは米国株式市場へのエクスポージャーが高いため、特にその傾向がみられる。
2月下旬以降、米国政府は世界各国への輸入に対する一連の関税措置を発表した。その後様々な製品、国ごとに措置がなされたが、7月には一応の決着を見た。しかし、米国が追加措置を講じる可能性が常に残されている点は、今後のリスク評価上の大きな要因となる。
株式市場では、米国の関税発表を受け世界で株価が下落し、その後のニュースに応じてボラティリティが高まった。債券市場では、米国債利回りが急上昇する一方、ドイツ国債利回りは低下した。社債については、米国と欧州両方でスプレッドが急上昇した。為替市場では、米ドルが他の安全通貨に対して大幅に下落し、4月にはスイスフラン、円、ユーロがそれぞれ数%上昇した。
こうした中、EU内の銀行では、資産エクスポージャーの約30%、資金調達の21%が外貨建てであり、特に米ドルの構成比が高い。このようにある特定の外貨の構成比が高い場合に、仮にその流動性が低ければ、他通貨での資金調達や市場における為替リスクのカバーが困難になるという脆弱性を引き起こす可能性がある。
また保険・年金基金セクターでは、為替リスク・エクスポージャーの感応度が高くなるが、関税がユーロ・ドルレートに与える影響の予測は困難である。保険会社の投資において、米ドルは最も重要な外貨である。米ドル建の資産については米ドル高では時価が増加し、米ドル安では時価が減少することになるが、デリバティブの活用により、為替レートの変動を部分的にはヘッジできる可能性がある。
保険、年金基金セクターにとって関税変更は、市場の変動、為替リスク、保険金請求インフレといった要因による直接的な影響をもたらすことに加えて、関税変更にセンシティブなセクターへの投資を通じて、間接的な影響も及ぼすと予想される。
保険引受の観点からみると、特に損害保険セクターが経済状況と密接に結びついており、生命保険セクターよりも深刻な影響を受けると予想される。
・経済活動の弱まりによる、任意保険の需要の減少
・リスク回避のための保険加入の需要増加
・グローバルに活動する保険会社や多角的に事業展開を行っている保険会社が問題に直面する可能性がある。特に海上保険、航空保険、輸送保険、貿易保険、保証保険などが影響を受ける可能性が高い。
とはいえ、地政学的緊張の再激化と長期化による経済的影響に焦点をあてた最新のストレステストで示されたように、全体として欧州保険セクターは強固な資本基盤を有することから、厳しい地政学的シナリオに耐えられると考えられている。
近年、欧州における防衛費増額の動きが、市場を大きく動かしている。1月の米国新政権発足から4月末までに、EU株式市場全体の時価総額は-1%減少したのに対し、うち防衛関連株では4月に30%増加した。国債市場では、防衛への投資資金を調達するために、ドイツが借入を大幅に増やす計画がある中、利回りが急上昇する場面があった。
今後、防衛産業へのファンドのエクスポージャーが増加する兆候がある。
この状況の下、保険会社にとっては国防費の増加に伴う債券利回りの上昇にみられるように、市場の急激な変動が、負債と資産の両面で価値の低下や、デリバティブ評価の変動によりマージンコールが発生するなど、重大な影響を及ぼす可能性がある。
防衛費は加盟国政府の拠出金で賄われると見込まれるが、民間資金もこれらの動向に一定の関与をもつと考えられる。国の支出の増加には財政の余裕が求められ、余力がなければ予算削減やソブリンリスク(国家の信用リスク)の上昇につながる可能性がある。
市中金利の上昇は、保険の(利回りの低い)既契約の貯蓄効果が薄れることを意味し、解約リスクが高まる、といった影響も考えられる。
こうした背景から、合同委員会は、欧州監督当局(ESA)、金融機関、市場参加者に対して、以下のような政策措置を講じるよう勧告する。
・地政学的リスクは分野横断的であり、金融機関の業務運営やリスク・エクスポージャーの様々な面に影響を与えるので、金融機関は地政学的動向に起因するリスクへの配慮を日常の業務プロセスとリスク評価に継続的に組み込むことが特に重要である。
・地政学的不確実性が深刻化し、世界貿易政策が急速に変化する中で、金融機関は様々なシナリオに備える必要がある。特に適切なリスク管理能力を備えるために将来を見据えた引当方針に基づく、適切な引当金水準の維持が必要である。
・金融機関と監督当局は、サイバーリスクから生じる可能性のあるオペレーショナルリスクと金融安定性リスクに引き続き警戒を強める必要がある。ICTリスク管理を定めるデジタルオペレーションレジリエンス法(DORA)が提供するリスク管理、インシデント報告、サイバー攻撃を想定したペネトレーション(侵入)テスト、監督協力に関する枠組みを迅速かつ徹底的に実施する必要がある。
・暗号資産の価格下落などが伝統的資産の価格に波及するリスクは依然として限定的ではあるが、市場の拡大や金融セクターとの相互連携が深まるにつれて、リスク監視を強化すべきである。
・金融機関は、EUが発表した貯蓄投資同盟(SIU)の計画を支援する上で重要な役割を果たす。特にオルタナティブ投資の広がりに注目すべきである。オルタナティブ投資は、伝統的な投資と比べて流動性が不透明で、信用リスクが本質的に高いため、監視する必要がある。
3――今後の動きについて
(2025年10月17日「基礎研レター」)

03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
安井 義浩のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/10/17 | EUの金融システムのリスクと脆弱性(2025秋)-欧州の3つの金融監督当局の合同委員会報告書 | 安井 義浩 | 基礎研レター |
2025/10/10 | 保険・年金関係の税制改正要望(2026)の動き-関係する業界・省庁の改正要望事項など | 安井 義浩 | 基礎研レター |
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【EUの金融システムのリスクと脆弱性(2025秋)-欧州の3つの金融監督当局の合同委員会報告書】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
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