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2025年10月03日

資本配分と成長投資

一橋大学大学院 経営管理研究科 加賀谷 哲之

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日本では2014年以降のスチュワードシップ・コード、伊藤レポート、コーポレートガバナンス・コードなどの公表を契機として、ガバナンス改革が進展した。これに伴い、日本企業の資本生産性は向上し、社外独立取締役のプレゼンスは飛躍的に増大している。海外投資家からの注目も高まり、アクティビストや同意なき買収などへの対応に迫られる企業も増大している。では、そうしたガバナンス改革の結果として持続的な企業価値創造のための成長投資は進展しているのだろうか。

図表1は、米国企業(S&P500)、欧州企業(S&P Europe350)、日本企業(S&P Japan500)の2011年から2024年にかけての長期投資(資本的支出+研究開発費+現金買収)の水準、営業キャッシュ・フローの水準を平均値で示している。これによれば、日本企業の長期投資の水準は1.5倍前後、営業キャッシュ・フローの水準は1.4倍前後まで拡大しているが、米国企業は長期投資で3倍、営業キャッシュ・フローは2.5倍、欧州企業は長期投資で1.7倍、営業キャッシュ・フローは1.9倍と海外企業と比べると劣後する。
図表1:長期投資と営業キャッシュ・フロー水準の国際比較
こうした長期投資水準を十分に増大させることができていない理由の一つとしてしばしば取り上げられるのは、日本企業は株主還元に多くの資本を配分しているという批判である。実際に筆者が調べたところによれば、日本企業の株主還元は2011年から2024年にかけて3.5倍であるのに対して、成長投資の水準は1.5倍前後にとどまっている。一方で、資金源泉を営業キャッシュ・フローと外部資本調達、資金使途を長期投資と株主還元とする資本配分のデータの傾向を見ると、それとは異なる風景が見えてくる。全体の資金使途に占める長期投資の比率について、日本企業、米国企業、欧州企業での2011年から2024年の推移を測定した。それによれば、日本企業は2011年当時、平均で資金使途の9割近くを長期投資にあてている。その後株主還元の割合を増加させているものの、2024年でもなお長期投資が7割近くである。米国企業は過去15年間で5割前後、欧州企業は5~6割前後であるのと比べると高水準である。

こうした事実は、どのような経済的実態を表しているのだろうか。2025年5月に産業構造審議会・経済産業政策新機軸部会・価値創造経営小委員会より公表された中間報告「企業の成長戦略を中心とする社会システム・政策体系の構築に向けて」では、企業の平均値のみでみるのではなく、それぞれの企業のポジショニングによって、解決策が異なることから、それらごとに成長期待(PBR)、資本収益性(ROE等)にあわせて異なる打ち手を考える必要があるということを指摘している。
図表2:価値創造マップのポジショニング推移の国際比較
図表2には、価値創造マップに基づき、各群に属する企業数が2011年から2024年にかけてどのように変化したかを示している。これによれば、日本企業は成長期待も資本生産性も低い企業群(1)に属している企業は減少傾向にあるものの、米国・欧州企業に比べるとその比率はなお高い。一方で、企業群(4)の割合は増加傾向にあるものの、米国・欧州企業に比べるとその比率はなお低い。またここでは紙幅の関係で各国・地域の資本配分データを割愛しているが、米国・欧州企業でみれば成長期待が高い企業群(3)は相対的に長期投資が許容されている一方で、成長期待が低く、資本生産性が高い企業群(2)は株主還元が優先される傾向がある。日本企業は企業群(1)~(3)についてはほぼ長期投資比率は同じ水準となっている。すなわち成長期待や資本生産性に基づくロジックとは異なる形で資本配分が実施される傾向があることを示唆している。成長投資を促進させるためには、知財・無形資産など自社の強みがいかに戦略的市場の開拓に結び付くのか、その価値創造ストーリーを投資家と共有する必要がある。また企業群(1)には抜本的な事業構造改革、企業群(2)には積極的な成長投資、企業群(3)には株主還元を求めるグローバルな資本配分の考え方を重視していくことも求められる。自社の価値創造マップにおけるポジションと持続的な価値創造ストーリーに基づき将来に向けた成長投資をアグレッシブに実施できる日本企業が増大することを期待している。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年10月03日「ニッセイ年金ストラテジー」)

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