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2025年09月01日

EUデジタル市場法の施行状況-2024年運営状況報告

保険研究部 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

2025年4月25日、欧州委員会は欧州議会および理事会に対して、デジタル市場法(Digital Markets Act(以下、「DMA」))1の2024年運営状況について報告(以下、「本報告」)を行った。

DMAはEUの規則(Regulation)であることから、EUで採択されたルールがそのまま各国において法的効力を有する2。DMAはデジタル領域における「競争可能性(Contestability)」を確保するための規則である。EUでは欧州機能条約(Treaty on the Functioning of the European Union)が日本における独占禁止法の機能を有しており、競争制限行為や私的独占行為を禁止している。しかし、欧州機能条約は、違法行為が生じた後にしか適用できず、かつ法の定める競争制限効果が生じたことを規制当局が立証しないと活用できない。そこで、DMAは一定の規模要件を満たす主要なプラットフォーム(DMAではCore Platform Services、以下、「CPS」。定義は後述)を運営する大規模なプラットフォーム提供者(DMAではGatekeeper、以下、「GK」)を指定することとした。指定されたGKはCPSの運営にあたり、DMAのルールを遵守しなければならない。

DMAのルールは公正な競争を確保するための規定であり、いわば欧州機能条約の予防規定とでもいうべき内容となっている。日本ではスマートフォン競争促進法3がDMAに類似する法律となっている。

本稿は欧州委員会の本報告を解説することで、DMA施行状況の定点観測を行うものである。
 
1 基礎研レポート「EUのデジタル市場法の公布・施行-Contestabilityの確保」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=72386?site=nli 参照。条文はhttps://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32022R1925 参照。
2 一方、指令(Directive)はEUで策定したルールを各国で立法化することにより、法的効力を有することになる。
3 基礎研レポート「スマートフォン競争促進法案-日本版Digital Markets Act」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=78607?site=nli 参照。

2――GKの指定

2――GKの指定

1|DMAにおける規定
GKとは、DMA3条に従って指定された、CPSを提供する事業体を指す(DMA2条1項)。CPSとはオンライン仲介サービスなど、事業者と利用者をつなぐデジタルプラットフォームを指す(DMA2条2項)。たとえばAmazonのMarket Placeなど小売事業者と消費者をつなぐプラットフォームなどである。GKに指定される具体的な要件としては、①域内市場に重大な影響を及ぼし、②事業者が利用者に到達する重要な入り口であるCPSを提供するものであり、かつ③現在または近い将来に確固とした持続的な地位を確保している(することが予見される)ものである (DMA3条1項)。

これら要件には閾値があり、以下の閾値を超える場合には各要件を満たすことが推定される(DMA3条2項)。すなわち、上記①については、事業者のEU域内市場での直近3年間の売上高がいずれも 75億ユーロ以上を継続した場合、あるいは最終決算年度の平均時価総額または公正な市場価値が750億ユーロ以上である場合であって、域内 三か国以上の国で同一のCPSを提供している場合に満たす。上記②については、事業者がCPSを提供している域内市場で4500万人以上の月間アクティブエンドユーザー(利用者)が存在するか、または1万以上のEU域内設立の年間アクティブビジネスユーザー(事業者)が存在する場合に満たす。上記③については、上記②の閾値を3年度以上該当した場合に満たす(図表1。なお、本稿の図表はすべて筆者作成)。
【図表1】GK指定要件
閾値を満たしたCPSの事業者は、その旨を欧州委員会に通知しなければならない(DMA3条3項)。事業者はGKに指定されるべきでないとの主張を行うことができる(DMA3条5項)。この主張がなされたときには、閾値を前提としつつも、DMA3条1項の要件を満たすかどうかを改めて欧州委員会が判定し、その結果として指定されるかどうかが決定される。
2|2023年指定
2024年の指定に関しては後述するとして、まずは初年度である2023年に指定されたGKと、指定対象となったCPSを下記図表2に示す。これらは2023年9月5日付で指定されている。
【図表2】2023年に指定されたGKとCPS
3|2024年指定
2024年には、欧州委員会はBooking、ByteDance、XからGK指定の閾値を越えたとの通知を受けた。Bookingは旅行・宿泊に係るオンライン仲介サービスであるBooking.comをCPSとして2024年5月13日付けでGK指定した。また、通知とはかかわりなく、AppleのiPadOSを2024年4月29日付けでCPSとして追加した(図表3)。
【図表3】2024年に指定されたGKとCPS
他方、ByteDance(TikTok Ads)およびX(XおよびX Ads)については指定されなかった。なお、Xの不指定にあたっては、DMA17条3項に基づく市場調査を実施した。これら不指定はいずれもCPSの要件である「事業者に利用者に到達する重要な入り口」に該当しなかったことを理由とする。

2023年11月に指定を不服として、ByteDance(TikTokにつき)、Meta(MarketplaceとMessengerにつき)、Apple(GK指定そのもの)に関して欧州委員会が提訴されている。うち、ByteDanceについては、一般裁判所4では2024年2月にByteDanceからの仮処分申請を却下した後、2024年7月の本判決では欧州委員会の主張を認めた。同年9月にByteDanceは一般裁判所の判決を不服としてEU裁判所に控訴した。そのほかの訴訟には動きはなかった模様である。なお、提訴したとしても指定を停止する効果はなく、実際に欧州委員会はGK指定そのものを争っているAppleに制裁金を科している5
 
4 EUレベルでの紛争は二審制で、下級審裁判所である一般裁判所と、控訴裁判所であるEU裁判所から構成される。
5 研究員の眼「欧州委、AppleとMetaに制裁金-Digital Market Act違反で」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=81820?site=nli 参照。

3――DMA遵守状況

3――DMA遵守状況

1|DMA遵守―総論
(1) DMAの規定
GKは指定日から6か月以内に、欧州委員会に対して、DMA5条~7条の義務遵守のために採用した方策を詳細かつ透明な様式で説明した遵守報告を提出しなければならない(DMA11条)。 また、同じタイミングでGKは指定されたCPSに適用されている消費者プロファイリング技術についての独立監査済説明書(independently audited description)を欧州委員会に提出するものとする(DMA15条)。消費者プロファイリング技術とは消費者の利用履歴や属性を収集・分析し、マーケティングに活用する技術をいう。DMAではプロファイリング技術の基礎となる個人情報を収集することに透明性を確保することを通じて、既存のGKが新規参入者に対して不当に有利になることを防止することを企図している6

GKはDMA遵守を目的として、GKの運営組織から独立した、組織長を含む一人または複数の遵守役員(compliance officers)からなる遵守組織(compliance function)を導入する必要がある(DMA28条)。
 
6 DMAの前文72参照。
(2) 2024年運営結果
指定されたGKはそれぞれGK指定された日から6か月以内に遵守報告書を提出し、また消費者プロファイリング技術に関する監査済説明書も提出されたとのことである。

さらに欧州委員会は、GKの独立した遵守組織について監視をするとともに、意見交換を行った。なお、欧州委員会はGK6社7に対して、DMAの定める義務の遵守状況を評価する前提として、文書保持命令を出した。
 
7 対象となったAlphabet、Amazon、Apple、Meta、Microsoft、Bookingである。
2|利用者によるデータコントロール
(1) DMAの規定
DMAは、GKによるデータの蓄積と、競合他社が当該蓄積データの利用ができないことが市場における競争可能性の制限、利用者の選択権の制限、イノベーション阻害を生じさせるとして、利用者による自身のデータ利用のコントロールを重視する。ここには、ある市場でのデータ蓄積によって、新規参入者がその市場でのサービス提供を困難にするとの判断が背景にある(本報告p7)。具体的にDMAでは、「GKはCPSから得られた個人情報を、同意なく他のGKのCPSあるいは第三者のサービスから得られた個人情報と統合してはならない」としている(DMA5条2項)。

(2) Metaの事例
Metaは、2023年11月に「支払か同意か」という広告モデルを採用した。FacebookやInstagramのユーザーに対して、パーソナライズされた広告を表示させる選択肢と広告なしの月額サブスクリプションサービスという選択肢とを与えるものであった。2024年3月に欧州委員会は上記DMA5条2項違反かどうかの調査を開始した。欧州委員会は2024年7月1日に暫定的な調査結果としてDMA違反の懸念を公表した(図表4)。
【図表4】同意か支払か
本報告の範囲外となるが、本件に関して欧州委員会は2025年4月23日にMetaに対して制裁金を付加する決定を行った8
 
8 前掲注5参照。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年09月01日「基礎研レポート」)

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保険研究部   研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月 専務取締役保険研究部研究理事
     2025年4月 取締役保険研究部研究理事
     2025年7月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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