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2025年07月23日

IAISグローバルセミナー開催~資産集約型再保険およびオルタナティブ資産に関するディスカッション~

保険研究部 主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任 植竹 康夫

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1――はじめに

2025年7月8日~10日、IAIS(The International Association of Insurance Supervisors)によるグローバルセミナーがオンライン開催された。本レポートは同セミナーの内容のうち、資産集約型再保険およびオルタナティブ資産に関するディスカッションについて報告する。

IAISは各国の金融監督当局がメンバーとして構成される国際組織であり、今回のセミナーは『保険監督当局と業界の関係者との交流を通じて、保険監督当局と業界が直面する主要な課題に関する貴重な洞察を得る機会を提供』するものであるとしている。

前回報告したとおり1、近年保険業界では、長期負債との整合性を図る手段として、資産集約型再保険やオルタナティブ資産への投資が拡大している。これに伴い、生命保険業界は、新たなリスク構造に対する評価と対応を強化している。今回のレポートでは、格付け機関および監督当局の視点から資産集約型再保険やオルタナティブ資産について語られる場面が多く、非常に有益な洞察を得られたことから、パネリストであったSimon Harris氏2およびGareth Truran氏3の発言をもとに、それぞれの視点から重要論点を整理する。
 
1 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=82522?site=nli
2 Managing Director, Moody’s
3 Executive Director for Insurance Supervision, Prudential Regulation Authority UK

2――資産集約型再保険(Asset Intensive Reinsurance)

2――資産集約型再保険(Asset Intensive Reinsurance)

1|格付け機関の視点
米国を中心に、オフショア再保険(特にバミューダ)へのリスク移転が急増しており、2023年末時点で約1.1兆ドルの保険責任が移転されている。これは米保険業界の資本や剰余金の2倍に相当し、格付け上も無視できない規模である。
 
主な懸念点は以下のとおりであり、格付け上これらのリスクを個別に精査する必要がある。:
 
  • 信用リスクと規制環境は独立した問題である。規制が強固であっても、再保険先の信用力が低ければリスクは存在する。
     
  • リキャプチャ(契約引き戻し)が発生した際に、規制環境の差異が及ぼすインパクトがどの程度のものになるかは懸念すべき。
     
  • 契約構造(例:担保の妥当性や回収条項)の設計次第で、保険会社の財務健全性に重大な影響を与える可能性がある。
2|監督当局の視点
英国では、年金リスクの保険会社への移転(Pension Risk Transfer)の進展により、資産集約型再保険の活用が増加している。Gareth氏は、この動きが資本負荷の軽減や資産調達の柔軟化に貢献している現実を認識しつつも、全体のトーンとしては強い警戒感を示している。

とりわけ以下のような懸念を強調している:
 
  • 再保険先が伝統的保険会社ではなく、プライベートアセット起源の企業であることによる情報の偏在リスク。
     
  • システム全体への波及効果、特に市場ストレス時に同時多発的にリスクが顕在化する恐れ。

これらの懸念に対する対応策として、英国当局では制度的な備えの強化に取り組みつつある。たとえば、リキャプチャが発生した際の影響をあらかじめ評価するためのストレステスト導入を検討しており、大規模な再保険契約のリキャプチャが市場に与えるインパクトを把握しようとしている。また、担保要件、ソルベンシーモデリング、内部モデルのパラメーター設定に関するガイダンスについても、今後の整備を視野に入れて検討が進められている段階にある。

3――オルタナティブ資産(Alternative Assets)

3――オルタナティブ資産(Alternative Assets)

1|格付け機関の視点
欧州におけるオルタナティブ資産の保有割合は13%前後であるが、英国はそれより高く、米国では約33%に達している。対象資産には、プライベート・エクイティ、住宅ローン、非公開債券などが含まれる。

Simon氏はオルタナティブ資産の活用に関し、利回り向上(Yield Pick-up)や資産負債マッチングの改善など、保険負債との整合性がとれるという点で歓迎すべき点がある一方で、情報の非対称性について懸念を指摘している。

すなわちオルタナティブ資産に関して「データが存在しない」わけではないが、「市場に流通しておらず利害関係者にとって不透明性がある」ことが問題だと指摘している。プライベート・エクイティやプライベートレンダーは、投資先企業と密接な関係にあるため豊富な情報にアクセスできるが、それが市場全体には共有されておらず、保険会社などの投資主体が投資対象のリスク構造を適切に把握できていない可能性がある。これは評価の正確性や透明性に関する重大な課題である。

格付け機関としては、パブリック・プライベート問わず、同等の情報精査を行っているが、情報流通の限界によって評価に課題が残るケースもあると主張した。
2|監督当局の視点
Gareth氏はオルタナティブ資産の導入を、長期負債に対する合理的な投資選択肢として一定の理解を示しつつも、全体のトーンは一貫して慎重かつ警戒的である。単なる収益機会としての歓迎するのではなく、「制度的リスクと透明性確保」という観点から、次の3点を重視している:

第一に、プライベート・エクイティが所有する企業は、しばしば高いレバレッジ構造に依存している。こうした企業は、金利が低い環境では資金調達が容易であるが、金利上昇局面では債務返済負担が増し、財務的に脆弱になる傾向がある。

第二に、保険会社がオルタナティブ資産に投資することで、保険セクターとその他の金融セクターとの間に強い相互依存関係が形成される可能性がある。Gareth氏は、出資関係、債権保有、株式保有、さらにはレバレッジ構造を通じて、保険業界がシステム全体とより密接に結びついている現状を指摘し、このような相互依存関係が、ストレス時にリスク波及経路となることへの懸念を示した。

第三に、監督当局としてこうしたリスクの全体像を把握するには、保険会社が保有するオルタナティブ資産の状況を横断的に可視化するデータが必要となるが、現時点ではその整備が不十分である。Gareth氏は「水平方向の視点(horizontal view)が欠けている」と述べ、制度的対応の必要性を強調した。

4――まとめ

4――まとめ

資産集約型再保険およびオルタナティブ資産は、保険業界にとって資本効率や収益性向上の手段、長期負債に対応する資産となり得るものであり、資産集約型再保険およびオルタナティブ資産そのものを過度に危険視することは早計であると考えられる。

ただし、従来の伝統的資産をメインとした資産構造から、業界単位で資産構造が変化していく状況下にあっては、システミックリスクなどに対する懸念から慎重な備えが必要になるのも必然と言える。

Simon氏が述べたように、信用リスクと規制環境は個別の問題であり、オフショア再保険が直ちにシステミック信用リスクに晒されるわけではなく、規制環境の違いによる問題と信用リスクとは切り離して考えるべきであり、このようなリスク構造を適切に把握することが今後強く求められていくものと考えられる。リスク構造を捉えるためには、データの非公開性と情報の偏在性を考えると、従来の個社によるリスク管理では限界があるのかもしれない。とりわけ、リキャプチャが生じ大量の資産・負債が規制環境の異なる状況下に移転した場合のインパクトについても触れられていたが、既存のリスク管理ではあまり検討されてこなかった観点なのではないかと考える。

これらの新たなリスクを考えると、Gareth氏が述べたように、個別企業の問題にとどまらず、システム全体の安定性に重大な影響を及ぼす可能性を強く意識し、どのようにリスク管理を実施していくのかが今後の課題として取り上げられていくのではないかと考えられる。今後もこの領域の動向を注視していきたいと思う。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年07月23日「保険・年金フォーカス」)

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保険研究部   主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任

植竹 康夫 (うえたけ やすお)

研究・専門分野
保険計理・保険会計

経歴
  • 【職歴】
    2007年 日本生命保険相互会社入社
    2024年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
    ・日本アクチュアリー会 正会員
    ・年金数理人

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