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2025年06月30日

マスク着用の子どもへの影響-コロナ禍の研究を経て分かっていること/いないこと

保険研究部 准主任研究員 岩﨑 敬子

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4――マスク着用の子どもの成長への長期的な影響:影響の有無はまだわかっていない

最後に、マスク着用は子どもの成長に長期的な悪影響を与えるのだろうか。マスク着用には、愛着形成や言語発達、コミュニケーション・共感力への影響があるのではないかと懸念されてきた46。しかし、この検証には、長期的な時間が必要となることもあり、これまでの研究で、その影響の有無についてはわかっていない。例えば、日本で2-6歳児を対象に行われた研究では、短期間のマスクの着用では、子の神経発達に大きな影響は見られなかったことが報告されている47。また、ドイツで4-5歳児を対象に行われた研究でも、新型コロナ感染拡大の時期を過ごした経験によって、感情認識能力が衰える傾向は見られなかった48。他にも、フランスで、3,6,9,12カ月の乳幼児を対象に行われた研究では、乳幼児はマスクをした顔もしていない顔も同じくらいの時間を見つめることを確認した。この論文の著者たちは、これはマスクが顔の学習を妨げていない傾向を示しているとしている49。他にも、米国で3-4歳児を対象に行われた研究では、マスク着用が子どもの言語発達に悪影響を与える傾向は確認されなかった50

一方で、米国で6カ月と12カ月の乳幼児を対象に行われた研究では、マスクをつけた人のスピーチを見る場合とマスクをつけていない人のスピーチを見る場合を比較すると、乳幼児は、マスクをつけていない人のスピーチを見る際に、口元をより良く見る傾向が確認された。また、幼児は話し手がマスクをしている場合に、発話に対する注意力が全体的に低かったことが確認されている。過去の研究では、乳児期中期から後期にかけての言語発達において口に注意を向けることの重要性が示されてきていることから、この論文の著者らは、教育現場では口元の見えやすいマスクを着用することを推奨している51。また、コロナ禍にポルトガルで7-9カ月の乳児を対象に行われた研究では、コロナ禍前に確認された生後4か月の乳児の発達状態と比べて、コロナ禍の生後7-9カ月の乳児の言葉の発達が遅い可能性が指摘されている52。こうした結果から、マスク着用の低年齢児に与える影響は大きい可能性があり、長期的な研究が必要であると指摘されている53

こうしたマスク着用の子どもたちへの成長への負の影響の可能性を示唆する研究結果を聞くと、コロナ禍で乳幼児期を過ごした子の将来について心配になる人がいるかもしれないが、これまでの研究結果を踏まえると、過度な心配は不要だと考えられる。例えば、コロナ禍で乳児たちが大人の口元を見る機会が少なかったとしても、家の中でなど、口元を見る機会を失ったわけではない。また、コロナ禍とコロナ禍前の乳児を比較して、コロナ禍の乳児の言語発達が遅れているかもしれないことを示した研究結果についても、様々な環境の変化がある中で、マスク着用の影響であったと結論づけることは難しい。乳幼児であっても子どもたちはマスク着用に柔軟に対応していることが報告されており39、今後も子どもたちは環境に柔軟に適応ながら成長していくと考えられる。視覚に不自由がある子どもたちも言語能力は仲間たちと同じように発達することを挙げ、子どもの成長の柔軟性を指摘する声もある54,55。そのため、これまでの研究結果に、コロナ禍でのマスク着用の長期的な負の影響を強く示唆するものがあるとは言えず、心配する必要はないと考える。一方で、他人から容姿や行動について低い評価を受けることへの不安や恐怖を回避することを動機とした長期的なマスクの着用については、人とのつながりの形成を妨げるなどメンタルヘルスに負の影響をもたらす可能性が指摘されており27、そうした動機からのマスクの着用については、子どもの心身の成長への影響を今後注意してみていく必要があるだろう。
 
46 佐々木綾子他(2023) 新型コロナウイルス感染症流行下における保護者や保育者のマスク
着用による乳幼児への影響と対応に関する文献研究. 大阪医科薬科大学看護研究雑誌, 13. (https://www.ompu.ac.jp/research/omc/outcome/magazine/nursing/of2vmg000000sdmt-att/a1680652714583.pdf, 20250602 accessed)
47 山縣然太朗他(2024)コロナ禍におけるマスク着用が児の発達に及ぼす影響に関する研究. 厚生労働科学研究費補助金 (成育疾患克服等次世代育成総合研究事業)分担研究報告書(https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202207009A-buntan10.pdf; https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/161802,  20250602 accessed)
48 Wermelinger, S. et al. (2022). Exploring the role of COVID-19 pandemic-related changes in social interactions on preschoolers' emotion labeling. Front. Psychol, 13, 942535. (https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2022.942535/full, 20250602 accessed)
49 Galusca, C. I. et al. (2023). The effect of masks on the visual preference for faces in the first year of life. Infancy, 28(1), 92–105. (https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/infa.12518, 20250602 accessed)
50 Mitsven, S. G. et al. (2022). Classroom language during COVID-19: Associations between mask-wearing and objectively measured teacher and preschooler vocalizations. Front. Psychol, 13, 874293. (https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2022.874293/full, 20250602 accessed)
51 Slivka, L. N. et al. (2025). Mask-wearing affects infants' selective attention to familiar and unfamiliar audiovisual speech. Front. Dev. Psychol, 3, 1442305. (https://www.frontiersin.org/journals/developmental-psychology/articles/10.3389/fdpys.2025.1442305/full, 20250602 accessed)
52 Frota, S. et al. (2022). Early word segmentation behind the mask. Front. Psychol, 13, 879123. (https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2022.879123/full, 20250602 accessed)
53 Frota, S. et al. (2023) Editorial: Language development behind the mask. Front. Psychol, 14, 1205215. (https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2023.1205215/full, 20250602 accessed)
54 CHC Resource Library. Do masks delay speech and language development? (https://www.chconline.org/resourcelibrary/do-masks-delay-speech-and-language-development/, 20250602 accessed)
55 NPR (2022) Do masks in school affect kids' speech and social skills? (https://www.npr.org/sections/health-shots/2022/03/15/1086537324/schools-masks-kids-learning-speech-development, 20250602 accessed)
56 Walach, H. et al. (2022). Carbon dioxide rises beyond acceptable safety levels in children under nose and mouth covering: Results of an experimental measurement study in healthy children. Environmental Research, 212, D. (https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S001393512200891X, 20250602 accessed)
57 Christakis, D. & Fontanarosa, P. B. (2021). Notice of retraction. Walach H, et al. Experimental assessment of carbon dioxide content in inhaled air with or without face masks in healthy children: A randomized clinical trial. JAMA Pediatr. Published online June 30, 2021. JAMA Pediatr. 2021;175(9):e213252. (https://jamanetwork.com/journals/jamapediatrics/fullarticle/2782288, 20250602 accessed)
58 Retraction Watch (2022).‘One would not want to tarnish another journal’: Why a republished COVID-19 masks study doesn’t say it was retracted. (https://retractionwatch.com/2022/08/01/one-would-not-want-to-tarnish-another-journal-why-a-republished-covid-19-masks-study-doesnt-say-it-was-retracted/, 20250602 accessed)
59 Mathur, N. (2022). Mask use in children shown to cause no respiratory distress.
(https://www.news-medical.net/news/20221011/Mask-use-in-children-shown-to-cause-no-respiratory-distress.aspx, 20250602 accessed)
60 Takahashi, K. & Tanimoto, T. (2023). Is mask-wearing hazardous to children? No, the evidence is insufficient. Environ Res, 1, 228, 115159. (https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10128624/, 2026 0602 accessed )

5――おわりに

5――おわりに

本稿では、マスク着用の子どもたちへの影響について、これまでの研究で示されてきていることを紹介した(まとめは表1参照)。全体として、子どもに関する研究蓄積は大人以上に浅く、確立した認識も少ないことが分かる。感染拡大予防効果というマスク着用の最大のメリットについても、まだコンセンサスが得られているとは言えないようだ。そのため、マスク着用に感染拡大予防効果が見られなかった結果を報告する論文の間でも、最終的な主張が異なるケースが見られた。マスク着用に感染拡大予防効果が確認されなかったある論文では、マスク着用による呼吸器感染症の予防効果についてコンセンサスが得られるまでは、呼吸器感染症の感染を減らし、健康を守るために、マスクを着用することを勧めると主張している4。しかし、同様にマスク着用による感染拡大予防効果が確認されなかったことを報告する別の論文では、感染症の蔓延を防ぐために子どもにマスク着用を義務付けることは、現在の科学的データに裏付けられておらず、脆弱な立場にある人々に危害を与えないようにするという倫理規範と矛盾していると主張している3。こうした主張の違いからは、子どもにとってのマスク着用のメリットもデメリットも認識が確立されていないために、どのリスクを大きく捉えるかによって、主張が変化することが示唆される。
表1. マスク着用の子どもへの影響について研究で示唆されてきたことのまとめ
コロナ禍で、自分や周りの人々が常にマスクをする状況が約3年続いたことが、今後子どもたちにどのような影響をもたらすのか不安に感じている人がいるかもしれない。しかし、現在の研究蓄積からは、その経験が、今後の子どもたちの成長に負の影響をもたらすことを示す決定的な報告はなく、心配しないで良いだろうというのが筆者の意見である。コロナ禍では、マスクを着用することで感染を防ぎ、学校に行き続けられたことが重要だったかもしれない16。そうであれば、コロナ禍でのマスク着用は子どもたちの成長を守ってきたと考えられる。また、子どもたちは今後も環境に柔軟に対応していくと考えられる。そうした中で今後のマスクとの付き合い方に得られる示唆としては、マスク着用時にも子どもたちにとって聞き取りやすい環境をつくることや、他人から容姿や行動を低く評価されることへの不安や恐怖を動機としたマスク着用については注視していくなど、コロナ禍での研究進展を活用していくことなのだろう。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年06月30日「基礎研レポート」)

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保険研究部   准主任研究員

岩﨑 敬子 (いわさき けいこ)

研究・専門分野
応用ミクロ計量経済学・行動経済学 

経歴
  • 【職歴】
     2010年 株式会社 三井住友銀行
     2015年 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員
     2018年 ニッセイ基礎研究所 研究員
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     日本経済学会、行動経済学会、人間の安全保障学会
     博士(国際貢献、東京大学)
     2022年 東北学院大学非常勤講師
     2020年 茨城大学非常勤講師

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