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2025年06月09日

米国経済の見通し-対中関税引き下げから景気後退懸念は緩和も、政策の予見可能性の低さから経済見通しは不透明

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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2.実体経済の動向

(労働市場、個人消費)労働市場の緩やかな減速は継続、個人消費も関税の影響から減速へ
非農業部門雇用者数(前月比)は過去3ヵ月の雇用増加ペースが+13.5万人と、過去12ヵ月の+14.9人に比べて小幅な低下に留まるなど緩やかなペースで減速している(図表8)。失業率は24年5月以降4.0%~4.2%の狭いレンジで推移しており、関税政策に伴う企業景況感の悪化などにも関わらず、足元で雇用統計に大幅な悪化はみられない。

一方、労働需要を示す求人数は22年3月につけた1,200万人のピークから低下基調が持続しており、25年4月は739万人とコロナ禍以前の水準を下回った(図表9)。求人数と失業数の比較でも失業者1人に対して求人件数が1.1件(前月:1.2件)と22年3月につけた2.0件のピークから大幅に低下し、コロナ禍前(20年2月)の1.2件も下回るなど、労働需要の低下が続いている。
(図表8)米国の雇用動向(非農業部門雇用増と失業率)/(図表9)求人数および求人数/失業者数
(図表10)不法越境者および米労働力人口(外国生まれ) 一方、ここ数年労働供給の主な回復要因となっていた不法移民をはじめとする移民流入人口は、外国生まれの労働力人口が25年3月に頭打ちとなるなど回復に陰りがみられている(図表10)。これはバイデン政権が24年後半に移民政策を厳格化したことで、南部国境からの不法移民越境者数が23年12月の25万人をピークに大幅な減少に転じたことに加え、2期目のトランプ政権で一段と厳格な移民政策が導入されたことから、25年2月以降は1万人を下回る水準まで減少したことが大きい。今後も労働供給の回復は足踏みとなる可能性が高いだろう。

この結果、景気減速に伴う労働需要の低下にも関わらず労働供給の低下から労働需給の緩和は限定的となり、失業率で5%を超えるような大幅な上昇は避けられよう。
(図表11)実質個人消費および実質可処分所得(前月比) 一方、実質個人消費(前月比)は25年1月に大幅な落ち込みを示した後、3月はトランプ関税による自動車価格の上昇を見込んだ関税前の駆け込み需要で自動車販売などが大幅に増加したこともあって、堅調な伸びとなっていた(図表11)。4月は駆け込み需要の反動もあって自動車販売が減少に転じるなど財消費は小幅なマイナスに転じたものの、サービス消費が堅調を維持した結果、全体ではプラスを維持した。

今後は関税に伴う価格上昇や労働市場の減速もあって個人消費の減速は不可避だろう。一方、現在議会で審議されている大型減税策が成立すれば個人消費の落ち込みを一定程度緩和するとみられるため、財政政策の動向が注目される。
(設備投資)不透明な経済政策運営を背景に、当面は軟調推移を予想
実質GDPにおける25年1-3月期の設備投資は前期比年率+10.3%と高い伸びとなった(前掲図表7)。建設投資が前期比年率▲1.4%とマイナスになったものの、知的財産投資が+4.6%となったほか、設備機器投資が24.8%と大幅な伸びとなったことが大きい。設備機器投資では情報処理関連が+72.9%となり増加を牽引した。

一方、設備投資の先行指標であるコア資本財受注(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比年率)は25年4月が+2.0%(前月:+9.2%)とかろうじてプラスを維持しているものの、前月から大幅に伸びが鈍化しており、足元の企業景況感の悪化などを反映して、今後マイナスに転じる可能性が高い。このため、4-6月期の設備投資は高い伸びとなった前期の反動もあってマイナスに転じるとみられる(図表12)。

また、トランプ政権の関税政策に対する不透明感によって製造業では今後1年間の設備投資計画を縮小する動きがみられる。全米製造業協会(NAM)による製造業企業に対する調査では現在の事業見通しが「やや前向き」または「非常に前向き」との回答割合が24年10-12月期の70.9%から25年4-6月期には55.4%に低下する中、今後1年間の設備投資計画は4-6月期が前年比で僅か+0.3%といずれもコロナ禍で最も経済が落ち込んだ20年4-6月期以来の水準に低下しており、設備投資に慎重になっている姿勢が明確である(図表13)。

このため、当面は関税政策をはじめとする不透明な経済政策を背景に設備投資は軟調に推移する可能性が高いだろう。
(図表12)米国製造業の耐久財受注・出荷と設備投資/(図表13)製造業センチメント、設備投資計画(NAM調査)
(住宅投資)当面は住宅ローン金利の高止まりから住宅需要も軟調推移
実質GDPにおける住宅投資は25年1-3月期が前期比年率▲0.6%と小幅ながらマイナス成長となった(前掲図表7)。戸建て住宅は前期比年率+1.1%とプラス成長となった一方、集合住宅が▲12.0%の2桁のマイナスとなって住宅投資全体を押し下げた。

住宅着工件数(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比年率)は25年4月が+2.2%と2月の+40.9%から大幅に低下しているほか、先行指標である住宅着工許可件数(同)は▲7.9%と2ヵ月連続でマイナスとなっている(図表14)。このため、住宅投資は4-6月期も2期連続でマイナス成長となる可能性が高まっている。

一方、住宅ローン金利は5月30日の週に6.9%となっており、25年4月以降は6.8%から7%のレンジで推移している(図表15)。また、米抵当銀行協会(MBA)が公表している住宅購入目的の住宅ローン申請件数(90年3月を100とする指数)は5月30日の週が156.5と25年1月につけた127.7からは増加したものの、コロナ禍で300台と好調だった時期に比べて依然低水準で推移している。

トランプ政権の関税政策に伴うインフレ上昇や不法移民の強制送還に伴う建設労働者の不足などを受けて住宅価格の高止まりは続くとみられる。また、長期金利が25年末にかけて緩やかに上昇する中で住宅ローン金利は当面高止まりが予想されることから、住宅市場は当面軟調な状況が続こう。
(図表14)住宅着工件数と実質住宅投資の伸び率/(図表15)住宅ローン金利および住宅購入ローン申請件数
(政府支出)減税法案審議が本格化、上下院案に乖離があり最終的な合意内容は不透明
25年度(24年10月~25年9月)の予算審議では3月15日に年度末までの裁量的経費を確保するための暫定予算が成立したため、年度内の政府閉鎖は回避されることになった。暫定予算では国防費が前年度から約60億ドル増加する一方、非国防費が約130億ドル増加することが盛り込まれた。

一方、トランプ政権は2017年減税法で25年末に期限を迎える所得税減税の延長や政策公約で掲げたチップに対する非課税などの税政改正を実現するために上院での議事妨害を回避し、共和党の過半数だけで成立させることができる財政調整措置の活用を目指している。財政調整措置を活用するためには、今後10年間の歳入・歳出等の見通しなどの予算編成の大枠を示す予算決議に各委員会に歳入法案や義務的経費の変更法案を作成することを示す財政調整指示を盛り込むことが必要となる。
(図表16)財政調整指示比較 共和党議会は下院の財政調整指示を盛り込んだ25年度の予算決議を2月25日に可決した後、上院は下院の予算決議に上院の財政調整指示を盛り込んだ修正案を4月5日に可決し、その後下院は4月10日に修正案を了承した。このため、予算決議は上下院の財政調整指示が混在するイレギュラーな形となっている。上下院の財政調整指示では下院が減税などに伴い25年度から34年度までの財政赤字を+2.8兆ドル拡大することを許容する一方、上院案では+5.8兆ドルの拡大を許容する内容となっている(図表16)。また、歳出削減の規模は下院案の▲2兆ドルに対して上院案では▲40億ドルに留まるほか、債務上限の引き上げ幅は下院案の4兆ドルに対して、上院案が5兆ドルと上下院案で乖離がある。

一方、予算決議を受けて下院は税制改革やメディケイドなどの歳出削減、不法移民の強制送還の費用確保、債務上限の引き上げなどを盛り込んだ財政調整法案「一つの大きくて美しい予算案」(OBBBA)を5月22日、賛成215票、反対214票の僅差で可決した。
同法案には減税延長や28年度末の時限付きでチップや残業代の非課税化、子供向けの1,000ドルの貯蓄口座(MAGA口座)の創設などが盛り込まれる一方、低所得層向けの医療保険プログラムであるメディケイドに対して支給の条件として子供のいない健常成人に就労要件を課すことや、食料支援(SNAP)の制限による歳出削減などが盛り込まれた(図表17)。
(図表17)OBBBAの概要
議会予算局(CBO)はOBBBAにより25年度~34年度で財政赤字が▲2.4兆ドル、利子を合わせた財政赤字の増加幅がおよそ▲3兆ドルに上ると試算2している。なお、チップや残業代の非課税措置など新たに示された減税案の多くは28年度末までの時限措置となっており、これらの措置を恒久化した場合には、米シンクタンクの責任ある連邦予算委員会(CRFB)は財政赤字が5兆ドルに拡大するとしている3

一方、OBBBAが実現した場合の経済への影響について、米シンクタンクのタックス・ファウンデーションは34年度のGDPを+0.8%ポイント押し上げると試算4している。ちなみに、同シンクタンクは6月2日時点の関税政策に伴う長期のGDPの押し下げ幅を▲0.8%ポイントと試算5しており、減税と関税で同程度の水準を見込んでいる。

ただし、減税が高所得層を中心に恩恵があるのに対して関税は低所得層ほど影響が大きくなるため、財政政策と関税を合わせた影響は所得階層によって大きく異なるとみられる。

なお、OBBBAは上院に送られ修正案が審議されているが、前述のように下院案とは開きがあるため、トランプ政権が成立を目指す7月4日までに成立するか予断を許さない。また、共和党議会での審議が難航した場合には8月中とみられる債務上限の期限前に合意できない可能性がある。その場合には別途超党派での債務上限の引き上げ法案を成立させる必要がある。

現時点で上院での修正案に関する報道が幾つかでているが、最終的な上院の修正案がどのような内容になるか現時点では不透明な他、上院の修正案は再度下院で採決する必要があるが、下院ですんなり上院案が可決されるか予断を許さない状況となっている。

当研究所は前述のように経済見通し前提としてOBBBAの成立を想定しており、財政政策は26年以降の成長率の押上げ要因と予想している。
(貿易)25年4-6月期は前期の駆け込み需要の反動で外需の成長寄与度は大幅なプラス寄与へ
実質GDPにおける外需の成長率寄与度は前述のように25年1-3月期が▲4.9%ポイントの大幅な成長押し下げとなった(前掲図表7)。輸出入の内訳をみると、輸出が前期比年率+2.4%となったのに対して、輸入が+42.6%と20年7-9月以来の伸びとなって貿易赤字を大幅に拡大させた。輸入は財輸入が+53.3%増加したことが大きいが、これはトランプ関税前の駆け込み需要に伴う輸入の増加を反映しており、消費者財(自動車除き)が+142.9%、資本財+50.9%、自動車関連が+12.6%と大幅な増加となった。
(図表18)貿易収支(財・サービス) 一方、先日発表された25年4月の貿易収支(3ヵ月移動平均)は季節調整済で▲1,073億ドル(前月:▲1,302億ドル)の赤字となり、前月から赤字幅が229億ドルの大幅な縮小となった(図表18)。輸出入では輸出が前月から+56億ドル増加した一方、輸入が主に財を中心に▲172億ドル縮小した。このため、3月までの駆け込み需要に伴う輸入増加はピークを過ぎた可能性が高く、4-6月期の外需の成長率寄与度は1-3月期の反動もあって大幅な成長押上げに転じることが見込まれる。

外需はトランプ政権の場当たり的な関税政策の影響を受けるため、予測するのが困難である。当研究所は基本的に現在の関税政策が継続することを見通しの前提にしており関税競争の激化は避けられると予想している。また。既に駆け込みの輸入増によって在庫が大幅に積み上がっていることから、当面は輸入の増加は緩やかになろう。

この結果、25年の外需の成長率寄与度はプラスを維持すると予想する。26年以降は米国経済が貿易相手国に対して相対的に堅調を維持することが見込まれるため、輸入が輸出を上回る状況が続き、外需の成長率寄与度は小幅ながらマイナス寄与が続くと予想する。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年06月09日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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