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2025年05月30日

「名古屋オフィス市場」の現況と見通し(2025年)

金融研究部 主任研究員 吉田 資

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3.名古屋オフィス市場の見通し

3-1.新規需要の見通し
(1)オフィスワーカー数の見通し
愛知県の就業者数は、4年連続で増加し、2024年は422.2万人(前年比+0.5万人)となった(図表-11・左図)。

オフィスワーカーが多い産業の就業者数(2024年)をみると、「金融業,保険業(前年比▲3.7%)」が前年から減少した一方、「情報通信業(同+17.1%)」と「学術研究,専門・技術サービス業(同+2.0%)」は増加した(図表-11・右図)。
図表-11 愛知県の就業者数
以下では、名古屋のオフィスワーカー数を見通すうえで重要となる「東海地方」における「企業の経営環境」と「雇用環境」について確認したい。

内閣府・財務省「法人企業景気予測調査」によれば、「企業の景況判断BSI3」(東海地方)は、2020年第2四半期に「▲52.2」と一気に悪化した。その後は回復と悪化を繰り返し一進一退の動きで推移し、2025年第1四半期は「+3.0」となった(図表-12)。

また、「従業員数判断BSI4」(東海地方)は、不足を示す「+21.1」(2020年第1四半期)からやや過剰の「▲1.3」(第2四半期)へ大幅に低下した後、回復が続いている。2025年第1四半期は「+27.6」となりコロナ禍前の水準(+21.1)を上回った(図表-13)。

こうした人手不足の状況を受け、名古屋商工会議所「第52回定期景況調査」(2025年1~3月期)によれば、「人材確保に苦戦しており、外国人材の採用や中途採用に力を入れる企業も増加している」とのことである。
図表-12 企業の景況判断BSI(全産業)/図表-13 従業員数判断BSI(全産業)
愛知県の就業者数は、情報通信業等を中心に増加している。また、東海地方の「企業の経営環境」は一進一退の動きが続いているものの、「雇用環境」については人手不足感が強く、企業の採用意欲が高まっている。以上のことを鑑みると、名古屋市の「オフィスワーカー数」が大幅に減少する懸念は小さいと考えられる。

ところで、愛知県は45年連続で工業製品出荷額が日本一であり、県庁所在地である名古屋市の人口動態は、自動車産業をはじめとする製造業の業績に強い影響を受ける特徴がある。実際、名古屋市の転入超過数と日銀短観の業況判断指数DI(自動車・1期前)の間には、強い相関関係が認められる(図表-14)。

2025年4月にトランプ政権が自動車に対し、25%の追加関税を発動したことに伴い、自動車メーカーの業績は厳しい見通しとなっている5。東海地方の雇用環境等が急速に悪化する懸念もあり、今後の動向を注視したい。
図表-14 名古屋市の転入超過数と日銀業況判断DI(自動車・1期前)
 
3 企業の景況感が前期と比較して「上昇」と回答した割合から「下降」と回答した割合を引いた値。マイナス幅が大きいほど景況感が悪いことを示す。
4 従業員数が「不足気味」と回答した割合から「過剰気味」と回答した割合を引いた値。マイナス幅が大きいほど雇用環境の悪化を示す。
5 日本経済新聞「車7社、関税・為替負担重く 今期、3兆円の減益要因に スバルなど3社は予想非開示」2025年5月15日
  追加関税と為替変動の影響で、主要7社合計で、約3兆1000億円の減益要因になる見通し。
(2)テレワークの進展に伴うオフィス環境整備
愛知県「労働条件・労働福祉実態調査」によれば、2024年の愛知県におけるテレワーク導入率は30.5%(前年比+12.6ppt)となり、テレワークを導入する企業は増加傾向にある。産業別では「情報通信業(91.7%)」、企業規模では「常用雇用者1,000人以上(64.1%)」のテレワーク導入率が特に高い(図表-15)。

また、愛知県は、育児や介護などにより就業時間や勤務地に制約のある人材の活躍を後押しする観点から、テレワークの普及に取り組んでおり6、中小企業におけるテレワーク導入率を30%とする目標を掲げている。

こうした状況を受けて、名古屋市のオフィスワーカーにおいては、テレワークを取り入れたフレキシブルな働き方(ハイブリッドワーク)が広がりつつある。ザイマックス不動産総合研究所「大都市圏オフィスワーカー調査2024」によれば、名古屋市のオフィスワーカーに勤務形態を質問したところ、「ハイブリッドワーク(36%)」との回答は約3分の1を占めた。ハイブリットワークが普及するなか、フリーアドレス7を導入する企業も徐々に増えている。名古屋市のオフィスワーカーに対し、オフィス設備の利用状況を尋ねた所、「フリーアドレスを利用している」との回答は16%(2023年)から19%(2024年)へと増加した。

また、ザイマックス不動産総合研究所「大都市オフィス需要調査2024 秋」によれば、名古屋市の企業にオフィスに関する課題を質問したところ、「会議室やリモート会議用スペースなどが不足している」(67%)との回答が最も多く、約3分の2を占めた。

今後、名古屋市において、フリーアドレスを導入して固定席の割合を減らし、会議室やリモート会議用スペースを充実させる等、ハイブリットワークに即したオフィスの利用形態を採用する企業が増えると考えられる。
図表-15 愛知県のテレワーク導入率
 
6 「あいちテレワーク推進アクションプラン」 (計画期間:2021年~2025年度)
7 従業員が固定した自分の座席を持たず、業務内容に合わせて就労する席を自由に選択するオフィス形式。
(3)「リニア中央新幹線の開業」の経済波及効果への期待
リニア中央新幹線の名古屋駅開業に対する期待は大きい。品川~名古屋間のリニア開業に伴う経済効果(50年間)は約10.7兆円、このうち東海3県へは約2兆円(単年度便益:約800億円)と見込まれている8

リニア開業を見据えて、まちづくりも進んでいる。名古屋市は、高機能オフィス等の開発を誘導する目的で「名古屋駅・伏見・栄地区都市機能誘導制度」の運用を2020年10月より開始した。基準に適合する建築物の容積率は、名古屋駅東口周辺と栄駅周辺部は1,300%に、伏見駅周辺は1,100%に引き上げられた。

続いて、2024年10月に、名古屋市は「名古屋市総合計画2028」を策定した。同計画では、リニア中央新幹線の開業や高齢者人口がピークを迎える時期を念頭に置き、2040年頃までに目指す5つの都市像と、それに向けた5年間(2024年度~2028年度)の取り組み方針を示した。具体的には、(1)「人権が尊重され、誰もがいきいきと暮らし、活躍できる都市」、(2)「安心して子育てができ、子どもや若者が豊かに育つ都市」、(3)「人が支え合い、災害に強く安心・安全に暮らせる都市」、(4)「快適な都市環境と自然が調和した都市」、(5)「魅力と活力にあふれ、世界から人や企業をひきつける開かれた都市」、の5つの都市像を示している。

このうち、(5)「魅力と活力にあふれ、世界から人や企業をひきつける開かれた都市」では、法人設立等件数を5,636 件から6,300 件に増やす等の数値目標を掲げ、スタートアップ・ベンチャー企業への支援を拡大するとしている。

また、名古屋市は都心の回遊性向上や賑わい拡大を目的として、名古屋市中心部に新たな路面公共交通システム(SRT)の導入を予定している。2024年11月には、車両や乗降・待合空間等の「トータルデザイン」と、名古屋駅~栄間の「東西ルート」の走行ルートと停車箇所を決定した(図表-16)。名古屋市「名古屋駅周辺まちづくりの現在状況」(令和7年4月)によれば、2026年に開催されるアジア・アジアパラ競技大会に合わせて、名古屋駅~名古屋城間でも運行を開始する予定である。
図表-16 「東西ルート」の走行ルートと停車箇所
ただし、リニア中央新幹線を巡っては、JR東海は2024年3月に2027年度中の開業を断念すると発表した。現時点で、着工時期の目処は立っておらず、開業は2035年以降となる見通しである9。開業延期に伴い、リニア開業を見据えたまちづくりの遅れや、上記の経済波及効果が未達となる懸念もあり、今後の動向を引き続き注視したい。
 
8 三菱UFJリサーチ&コンサルティング「リニア時代の国土創生」
9 産経新聞「新幹線 各地で計画遅れ 資材高・人手不足、地元と調整難航」2025年5月6日

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年05月30日「不動産投資レポート」)

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金融研究部   主任研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

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