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リスクアバースの原因-やり直しがきかないとリスクはとれない

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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大きなリスクを受け入れる場合はリスクラビング(愛好)、リスクを回避する場合はリスクアバース(回避)、リスクを考慮せず受入も回避もしない場合はリスクニュートラル(中立)と呼ばれる。
個人の場合、リスク選好度はその人の性格の一つと捉えられることもある。リスクラビングとして、リスクを受け入れることは積極的で勇ましい印象を与える。その反面、リスクアバースとして、リスクを避けることには、どこか消極的で意気地がないようなイメージがつきまとう。
ただし、個人の場合、リスク選好度は状況に応じて変化する。リスクラビングの人でも、ときにはリスクアバースになることがある。それでは、どういうときにリスクアバースになるのか。また、リスクアバースになる原因は何なのか。例をもとに見ていくこととしよう。
◇ 大きなリスクはとれない
(コインギャンブル(1))
公正なコインを1回投げます。表が出たらあなたの勝ちで私から1万円差し上げます。裏が出たらあなたの負けで私に100円支払わなくてはなりません。ギャンブルに参加しますか?
さて、このギャンブルだが、「公正なコイン」(表も裏も半分ずつの確率で出るコイン)かどうかが、参加のカギとなるだろう。公正なコインなのであれば、参加すれば、表が出たときは1万円ももらえ、裏が出たときは100円の支払いで済む。平均的には4950円の儲けとなる。(=1万円×0.5+(-100円)×0.5)
このようなギャンブルがもしあれば、リスクラビングの人はもとより、リスクニュートラルやリスクアバースの人でも参加しようという気になるだろう。
それでは、次のギャンブルではどうだろうか。
(コインギャンブル(2))
公正なコインを1回投げます。表が出たらあなたの勝ちで私から1001万円差し上げます。裏が出たらあなたの負けで私に1000万100円支払わなくてはなりません。ギャンブルに参加しますか?
どうしてか。平均的に4950円儲かるということよりも、負けたときに1000万円以上も支払わなくてはならないというところに目がいくためだ。
リスクラビングの人でも、よほどの強者(つわもの)でない限り、このギャンブルには参加しないかもしれない。負けたときには1000万円以上も支払わなくてはならない ― 普通の人は、そんな大きなリスクは取れないものと思われる。
◇ プロスペクト理論 - 得するよりも損したくない気持ちのほうが強い
それでは、その背景には、どういう原因が考えられるのか。
まず、行動経済学で2002年にノーベル経済学賞を受賞した米プリンストン大学名誉教授ダニエル・カーネマン氏らが提唱する「プロスペクト理論」が参考になる。これは、「人は、何かを得たときに感じる喜びよりも、同じものを失ったときに感じる悲しさのほうが大きい」というものだ。つまり、得するよりも損したくない気持ちのほうが強いということだ。これは、人は、本来、リスクアバースの性質を有しているという説だ。
どうしてそうなったのかという点には、さまざまな考えが寄せられる。よく見かけるのは、人間は太古の時代、野生動物に襲われるリスクを負いながら、狩猟をして食料を得て暮らしていた。リスクラビングやリスクニュートラルの強い性格を持っていた人は無理に狩猟をして襲われて絶えてしまい、残った人はリスクアバースの性格を持つようになった、というものだ。
◇ 限界効用逓減の法則 - ギャンブルに参加しないほうが大きな効用が得られる
すでにW円の財を持っていたとしよう。財は、コインギャンブル(2)に参加して、勝てばW+1001万円、負ければW-1000万100円となる。これらの状態は、半分ずつの確率で起きる。一方、コインギャンブルに参加しなければ、財はW円のままだ。
ここで、保有する財を横軸、効用を縦軸として、財w円とそれに対する効用Uの関係を効用曲線U(w)として表すことを考える。所得が増えると効用も増えるので、この曲線は右肩上がりだ。だが、限界効用逓減の法則により、効用の増加の度合いは徐々に小さくなる。これは、効用曲線U(w)が上に凸の曲線であることを意味する。
その結果、 U(W) > 0.5×U(W+1001万)+0.5×U(W-1000万100) という不等式が成り立つ。これは、コインギャンブルに参加しないほうが、参加するよりも大きな効用を得ることができることを意味する。そのため、コインギャンブルに参加しないことになる。
◇ 哲学の一回性の考え方から、やり直しがきかないとリスクはとれない
コインギャンブル(2)の場合、参加して負けてしまえば1000万円以上の支払いが必要となる。普通の人がこの支払いによりやり直しがきかなくなるとまで言えるかどうかはわからないが、経済的に大きなダメージを受けることだけは間違いないだろう。
そう考えると、哲学的に、やり直しがきかないとリスクはとれないということになる。
◇ 企業でも、リスクアバースは生じる
同様のことは、企業においても生じる。ある新規事業で、たとえ収益性が高いと見積もられても、失敗したときに資本を大きく毀損(きそん)してしまう恐れがあると、そのリスクはなかなかとれない。
リスクバッファーが小さい場合は、ギャンブルのように成否が一か八かの事業はもちろん、比較的安定的な収益が期待できるビジネスであっても、リスクが気になって一歩を踏み出すことができなくなる。
このような保守的な判断は、新規事業への投資をためらって確実に成果の出るコスト削減ばかりを進めたり、内部留保の蓄積を優先して研究開発やイノベーションへの投資を控えるといった成長機会の逸失につながる恐れがある。これらは、リスクアバースの弊害と言える。
過度なリスクアバースに陥りそうなときには、リスク低減のために各種の保険への加入などの方策を活用しながら、リスクアバースから脱することを模索すべきと考えられるが、いかがだろうか。
(参考文献)
「ゲームとしての交渉」草野耕一(丸善, 丸善ライブラリー130, 1994年)
「ヤスパースにおける〈実存倫理〉と〈理性の倫理〉」中山剛史(玉川大学リベラルアーツ学部研究紀要, 第11号, 2018年3月)
“Risk aversion”(Wikipedia)
(2025年04月28日「研究員の眼」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
篠原 拓也のレポート
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