2025年04月25日

年金や貯蓄性保険の可能性を引き出す方策の推進(欧州)-貯蓄投資同盟の構想とEIOPA会長の講演録などから

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――はじめに

欧州の貯蓄あるいは投資のさらなる活性化に向けて、Netspar1記念会議(2025年4月1日、オランダ、ハーグ)において、EIOPA(欧州保険・企業年金監督機構)のペトラ・ヒエルケマ議長による基調講演がなされた。

また、この講演と同じ主旨の論説が、講演に先立つ2025年3月27日にEIOPAから公表されている。

この文書2(および会長講演録)中で、欧州における退職後資金の確保のための年金制度や貯蓄保険の活用について述べられているので、それを紹介する。
 
1 Netspar (Network for Studies on Pensions,Aging and Retirement :年金、高齢化、退職に関する研究ネットワーク)
(オランダに本拠がある研究機関)
2 Unlocking the potential Europe’s savers (2025.3.27 EIOPA)
https://www.eiopa.europa.eu/document/download/868b8f0f-e2bf-4191-a3b4-d00e017b5b95_en?filename=Unlocking%20the%20potential%20of%20Europes%20savers.pdf
(論説や講演録の、翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)

2――「貯蓄投資同盟」の戦略と、年金制度の現状の一部

2――「貯蓄投資同盟」の戦略と、年金制度の現状の一部

その前に、先頃、欧州委員会から発表された「貯蓄投資同盟」戦略と、欧州の年金制度とその課題、について概略をみておく。
1|貯蓄投資同盟の構想
2025年3月19日、欧州委員会は、EUの金融システムにおける貯蓄を、生産的な投資へと誘導するために、貯蓄投資同盟(SIU :Savings and Investments Union)と称する戦略を採択した。

この方策のメリットは、家計にとっては、資本市場への投資機会を増やし、安全に資産を増やせるようになることであり、企業にとっては、技術革新・成長・雇用創出のための資本へのアクセスが容易になることであるとされる。この戦略の柱とされるのは、以下の4つである。

〇一般市民の貯蓄から投資への動きを活発にすること
個人それぞれは、既に銀行預金を通じてEU経済の資金調達に役割を果たしている。それに加え、より高い利回りの金融商品を利用して、より多くの貯蓄を築くことができる。

〇企業の投資と資金調達を容易にすること
中小企業を含む全ての企業の資本の利用可能性とアクセスを改善する仕組みを導入する。

〇関連する制度の統合と規模の拡大
国毎に関連する諸制度が異なることによって、業務運営が分断されるのは非効率的であり、市場インフラ、資産運用、資金配分などにつき、国境を超えた企業運営に対する規制や監督の障壁をなくして、企業がEU全域に効率的に活動範囲を広げられるようにする。

〇単一市場を作ることによる効率的な金融監督
EUのどこにいるかにかかわらず、金融市場参加者が同じ待遇を受けられるようにするため、監督の統合、各国とEU間の監督権限の配分の見直しを行う。この動きに対して、一般には、フランス等はこうしたいわば中央集権的な動きには賛同し、金融立国を標ぼうするルクセンブルク等は自国からの金融機関の流出を恐れて反対する、など簡単にことは進まないとみる予想もある。 
2|年金の三つの柱と、年金格差
前提として、欧州各国の年金制度には3つの柱があることに注意する。第一の柱は、各国の公的な年金制度、第二の柱は職域年金、第三の柱は個人加入の年金商品や貯蓄保険である。
 
現状において、年金制度はすべての人々に恩恵をもたらしているわけではなく、恩恵が行き届かない脆弱な層がある(年金格差)。例えば、

・女性:育児などで、頻繁にキャリアに中断が生じやすいことによる。

・自営業者:収入が不規則で、職業年金制度へのアクセスが限られているため、貯蓄額が少なくなる傾向があることによる。

・一般の個人:金融リテラシーやデジタルスキルの不足により、複雑な年金制度の仕組みを十分に理解できない場合があるため。
 
EIOPAは現在、職業年金制度への「自動加入」の範囲拡大を強く支持している。個人年金商品に対しては、税制優遇措置により、退職後資金の確保を促進しようとしている。

また、差し迫った課題とは別に、将来年金の恩恵を受ける層として、若者の金融リテラシーの醸成、および充分な情報提供は、非常に重要であるとされる。退職後資金確保の重要性を理解し、十分な貯蓄を積み上げられるようにすることが重要である。ただし、これには文化そのものの変化も必要なため、根付くのに時間がかかる可能性があり、だからこそ今すぐ対策に取り掛かることが重要であるとされる。

3―EIOPAの方針~会長の講演録などから

3―EIOPAの方針~会長の講演録などから

欧州委員会は、貯蓄投資同盟の計画において、個人投資家の貯蓄を活用することは、競争力を高め、デジタル技術への移行とグリーン化(二酸化炭素等の排出を抑えたクリーンエネルギー主体の産業構造への移行)の促進に大きく貢献する、と考えている。その貯蓄手段として、長期貯蓄保険や年金商品を活用することは、欧州における年金格差の解消にも役立つ。欧州の貯蓄者のそうした潜在能力を引き出すための方策を検討する必要がある。そのために以下4つの取組みが重要である。
1|現在ある制度の改善
まず、既存の制度、例えば職域年金基金指令、およびPEPP(汎欧州年金商品)の枠組みを見直すことが、SIUの目標達成に貢献することになるだろう。EIOPAは、これらの簡素化を図り迅速に実施可能な政策の提案を歓迎する。
 
職域年金に関しては、EIOPAの調査によると、調査対象者のわずか20%しか制度に加入していないことが示されている。そのため、自動加入制度などを通じて加入を促進することが優先事項となる。同じ調査では、「良好な運用結果と、十分な退職後資金確保を保証する商品を、雇用主が設計してくれる」と、信頼している消費者が全体の56%にのぼるとの結果がでており、退職後資金の確保において、職域年金が果たす重要な役割が浮き彫りになっている。
2|貯蓄商品の選択肢を拡げること
第三の柱となる個人年金制度や保険商品を通じても、さらなる貯蓄を促進することが不可欠である。そのためには、よりシンプルで透明性が高く、信頼性が高く、費用対効果が高く、長期貯蓄に適した年金商品が必要である。そのためには、退職後の生活を考慮し、例えば税制優遇措置の導入や、退職までアクセスを制限しつつも柔軟性とポータビリティを備えた設計が求められる。

退職後の資金確保を目的とする全ての長期貯蓄商品(形は保険でも年金でもよい)においては、保険金(あるいは年金)受取に関しては、「どのようにどれだけの金額を貯蓄するか」が重要であるが、保険料等の拠出に関しても、「現在の収入で、どれだけの金額を負担するか」も重要である。

職業年金と個人年金の双方において、働き方の多様化を無視することはできず、頻繁に転職する人、自営業者、早期退職する人など、それぞれに選択肢を提供する必要がある。

さらに、EIOPAが提供する「年金ダッシュボード」と「追跡システム(PTS :Pension tracking services)」は、年金格差の現状をより深く理解するための強力なツールである。これらは、政府にとっては、適切な政策措置を講じるための基礎となる情報であり、一方、年金等加入者にとっては、年金貯蓄の状況を把握し、必要な行動を起こすための情報となっている。
3|信頼の重要性を認識すること
最近の調査によると、調査対象者のうち、個人年金商品に加入していると答えたのはわずか18%であった。加入率を引き上げるためには、金融リテラシーを向上させ、貯蓄文化を促進する必要がある。

年金加入者は、投資についての十分な情報に基づき、より自信をもった意思決定を行えるようになる。

また、貯蓄・年金商品が、費用対効果(value for money)の高いものであることを確認する必要がある。調査対象者のうち、年金や長期保険等の貯蓄商品が費用対効果の高いものであると考えているのは半数未満であった。費用対効果がどうであるかという問題は広く知られているわけではないが、投資商品への充分な信頼がないと、たとえ銀行金利が低くても、わざわざ貯蓄手段を移そうとはしないと思われる。
4|監督者の果たす役割の重要性
貯蓄投資同盟の円滑な運営を促進する上で、監督者が果たす重要な役割を見過ごすことはできない。適切な監督は、公共の利益を守るというEIOPAの使命の中核を成すものであり、欧州の保険・年金セクターへの信頼と信用を維持する上で中心的な役割を果たしている。

単一市場に向けた強化の重要性と、保険・年金契約者を最大限に保護し、公正なビジネス環境を提供するために、十分な監督ツールを整備することが重要である。したがって、EIOPAは、資本市場の監督をさらに統一する提案を歓迎する。また、個人投資家の信頼を高めるため、保険金等支払の保証機構の整備を進めていく。
 
貯蓄投資同盟の最終的な目標は、欧州全体の経済競争力を強化することである。EUには大きな潜在力がある。EUの投資家にとっての投資機会が増えれば、EUへの投資が促進される。個人投資の増加は、リターン向上と経済の支援につながる。

EIOPAは、欧州委員会と協力して貯蓄投資同盟の潜在能力を最大限に引き出し、欧州市民が、より良い退職後生活だけでなく、より安定的で効率的、そして競争力のある金融システムの恩恵を享受できるよう、尽力していく。

4――おわりに

4――おわりに

わが国においては退職後の生活資金確保については、常に議論されている。また、これまで超低金利の時代が続いていたこともあって、「貯蓄から投資へ」という政策が取り上げられることもある。

欧州においても、退職後資金の確保は同じように問題となっているようだ。特に国によって事情が大きく異なる上に、例示されているように、女性、自営業者、個人の事情といった立場の違いが大きいことから、「年金格差」がわが国以上に大きくなり、対処がより難しい面が出てくると想像される。

SIUといった新しい構想もこれから動き始めるようであり、それも含めて今後の展開を追っていきたい。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年04月25日「基礎研レター」)

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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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【年金や貯蓄性保険の可能性を引き出す方策の推進(欧州)-貯蓄投資同盟の構想とEIOPA会長の講演録などから】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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