2025年04月09日

「計画修繕」は、安定的な入居確保に必須の経営手法~民間賃貸住宅における計画修繕の普及に向けて~

社会研究部 都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任 塩澤 誠一郎

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

2|長期修繕計画の作成
今回ヒアリングした6社の内、管理物件毎に長期修繕計画を作成しているのはD社のみであった。他はすべて、管理物件共通の修繕周期を定めて、築年数や前回実施した修繕からの経過年に応じて修繕実施時期を予定し、近づいたら点検を行い、修繕を提案するという運用を行っている。

冒頭で、計画修繕とは、計画的、予防的に修繕を行うことであると説明したが、この定義に従えば、管理物件毎に長期修繕計画を作成して修繕を実施している場合も、管理物件共通の修繕スケジュールに基づいて実施している場合も、計画修繕と見なすことができる。

では、物件毎に長期修繕計画を作成する意義はどこにあるのだろうか。D社は、物件毎に長期修繕計画を作成している理由について、オーナーにいつ頃、修繕にどのくらいの費用が掛かるのか説明し、予め修繕資金を準備する必要性を理解してもらうためとしている。つまり、オーナーに修繕資金を準備してもらうために長期修繕計画を作成しており、修繕の実施時期と修繕費が示された長期修繕計画を見せることで、その必要性が理解されやすくなるということである。

一方、B社は、オーナーから求められた場合に、その物件の長期修繕計画を作成するとしており、求められるケースというのは、将来の修繕費を心配し、資金計画を検討する際が多いという。つまり、D社、B社の取組から、管理物件毎に長期修繕計画を作成する意義は、オーナーに修繕が必要な時期と具体的な費用を提示することにより、修繕費用を確保することの必要性を意識させ、資金の積み立てなど具体的な行動を促す効果があることだと理解できる。

実際にD社は今のところほとんどの管理物件で予定どおり修繕工事が実施できているということであった。そうした観点から長期修繕計画の作成方法も、修繕項目が詳細すぎるとオーナーが理解できないため大まかな項目に限定するなど、オーナーにとって分かりやすさを重視したものにしている。
3|オーナーに修繕の実施を促す方法
オーナーに修繕の実施を促す方法については、各社、工夫して取り組んでいる。共通するのは、折に触れて次に予定されている修繕工事を話題にすることと、賃貸住宅経営にプラスになること、つまりオーナーにとってメリットになることを提案することである。例えば次のような内容である。
 
  • 修繕工事は劣化・不具合箇所を直すことが主であるが、付加価値を付けることを意識した提案をする。例えば、修繕工事に併せて室名札を新しいものに交換したり、エントランスの意匠を変えたり、プラスアルファの価値を付ける。それが、入居促進と退居抑制のどちらにもつながる。
     
  • 賃貸住宅は見栄えが重要なので、大規模修繕の際、入居を得るために外壁を流行の色に塗り替えるとか、インパクトのある見た目にするなど、入居希望者が内覧してみたいと思うような提案を行う。
     
  • 洋間を好む入居者が多いので、和室の場合洋間に変えるように提案している。洗浄便座、シングルレバーの蛇口への変更等々、細かく提案する。それによって入居率が大きく改善する。
     
  • オーナーにとって有益な情報をあらかじめ得ておく。例えば、設備故障した際には、修理業者に、再度故障した時に部品があるかどうか、無い場合新しい製品に交換するといくらになるのかをヒアリングしてオーナーに伝える。

このように、単に予定していた時期に予定通りの修繕工事を提案するのではなく、それと合わせて賃貸住宅の経営にプラスになる提案をしている。これら日々の提案活動を通じて、オーナーに修繕工事の実施を前向きに取り組むように促しているのである。そして、実際に入居率上昇などの成果が出れば、オーナーからの信頼にもつながり、管理受託の更新や新規管理の受注に繋がると各社は回答している。

管理業者にとってのメリットに繋がるという意味では、次のように、計画修繕に関して業務量が増えたとしても丁寧に行うこと、時にはデメリットやリスクといったことも含めて提案するといったことも聞かれた。
 
  • 修繕の提案を行い修繕工事の実施が決まると、施工業者の選定や見積の手配、工事内容についてオーナーと施工業者の間に入って調整するなど、工事が完了するまで丁寧に対応する。業務量は増えるが、ここまですると管理受託契約の解約には至らない。
     
  • オーナーから物件を取得する相談があれば、物件を確認し、どの程度の修繕が必要なのかなど、所有する場合のデメリットやリスクも話す。それがオーナーの利益に繋がることから、信頼される。

こうしてみると、修繕は経営改善するよい機会であり、その提案ができることは、オーナーにとっては単に管理を委託する業者ではなく、信頼できる経営パートナーとしての存在なのだと理解できる。
4|オーナーに修繕資金の確保を促す方法
このようにオーナーにメリットとなる修繕の提案を行っている管理業者は、オーナーに対し、修繕資金の確保をどのように促しているのだろうか。次のように、これも各社それぞれの工夫がある。
 
  • オーナーには賃貸住宅修繕共済の利用を提案している。定期預金などで積み立てているオーナーには満期になった時点で修繕共済に切り替えるように提案する。修繕共済は掛け捨てなので、例えば1,000万円の修繕資金が必要な見込みであれば、700~800万円を掛金にして、残りは現金で支払い、掛金が余らないように案内している。
     
  • 融資を利用するオーナーも多いが、場当たり的に融資に頼るのではなく、計画的に積み立てるなどあらかじめ準備しておくことが大事だと説明している。
     
  • オーナーに長期修繕計画を見せて、修繕に必要な額を積み立ててください。ある程度積み立てたら、定期預金にしてはどうかと提案する。
     
  • 大規模修繕に融資を利用する場合は、オーナーの取引先金融機関の担当者を紹介してもらい、どのように組んだらよいのか一緒に検討することがある。それによってオーナーに余計な負担が掛からないようにすることができる。
     
  • オーナーが希望すれば積立分の口座を、家賃収受の口座とは別にして、そこに積立額分を振り込み預かり金として管理する。そのことは管理委託契約書に明記する。
     
  • 必要な修繕費の目安を示して、家賃収入から積み立てておいてください、きちんと残してください、別のことに使わないでくださいと折に触れオーナーに話す。
     
  • オーナーに会う度に修繕資金の準備をするように話をする。そうしておかないと急にそんなことを言われてもと驚かれることもある。

中でも効果的だと思われるのは、修繕資金の確保を単に求めるだけではなく、定期預金や賃貸住宅修繕共済といった、具体的な方法もあわせて提案する取組である。オーナーにとって、具体的かつ多くの選択肢を提示することは、修繕資金確保の具体的な行動を起こしやすくなると思われる。
5|計画修繕を普及させるために必要なこと
民間賃貸住宅の計画修繕を普及させるために必要なことでは、特に2点について多くの指摘があった。1つは、定期点検である。1年に1回程度、長期修繕計画に定めた修繕項目について、劣化や不具合事象がないか、主に目視や触診により確認することで、劣化・不具合事象の早期発見に繋がることを意図したものである。特に大規模修繕が必要になる、新築から10~15年経過して以降は、早期発見のために定期点検の実施が望ましい。

これについて、ヒアリングした各社からは、「こうした内容の定期点検を行える管理業者は少ないのではないか」「(建物の点検)技術のある人材を有している管理業者は少なく、実施するには専門業者に依頼する必要があり、それには費用負担が生じる。その費用を管理業者は負担できない」との回答が多かった。

もう一つは、長期修繕計画の作成についてである。こちらも、「現状で物件毎に個別の長期修繕計画を作成するノウハウのある管理業者は限られている」、「専門業者に作成を依頼すれば費用負担が生じるため、管理業者があえて作成しようとは考えない。仮にオーナーがこれを求めてきたとしても、その費用を負担しようとするオーナーは少ない」とのヒアリング回答だった。

個別の長期修繕計画が無くても、共通の修繕スケジュールの運用で対応している現状を変更し、管理業者が手間を掛けて修繕計画を作成するメリットに乏しいという事情は、定期点検と同様の課題である。

どちらにしても、この課題を克服するためには、次の2つのことに取り組む必要がある。一つめは、オーナーに費用負担を理解してもらうこと、そして二つめは管理業者が定期点検や長期修繕計画作成のノウハウを身につけることである。その前提として、年に1回程度の定期点検や長期修繕計画の必要性についてオーナー、管理業者双方の理解の醸成が必要であろう。こうした課題についての対策は最後に「今後の課題」で指摘したい。

3――民間賃貸住宅における計画修繕のあり方とガイドブックの意義

3――民間賃貸住宅における計画修繕のあり方とガイドブックの意義

以上に紹介した調査結果を踏まえて、ガイドブックは次のような構成にすることにした。「1.民間賃貸住宅における計画修繕の必要性」、「2.計画修繕の進め方」、「3.修繕資金の準備と確実な実施」、「4.お役立ち情報」である。

「1.民間賃貸住宅における計画修繕の必要性」では、計画修繕の定義を示し計画修繕の必要性とメリットをオーナー、入居者、管理業者の視点から説明している。

「2.計画修繕の進め方」では、計画修繕の方法と手順を解説すると共に、長期修繕計画の作成方法、長期修繕計画の例、計画修繕を進める上で考慮すべきことを示している。

「3.修繕資金の準備と確実な実施」では、修繕資金を確保する方法の解説と、確保した修繕資金が確実に修繕に使われるための取組を紹介している。

「4.お役立ち情報」では、計画修繕に関する参考資料や修繕資金確保に関する制度を紹介している。
 
この中で、特にガイドブックを作成した意義深い点のみ以降で紹介したい。
1|計画修繕の定義と意義
(1) 計画修繕の定義
「計画修繕」について、これまでのところ法令上の定義は存在しないようである。例えば分譲マンションにおいても計画修繕という言葉は使われている4が、それは、長期修繕計画に基づいて計画的に行う修繕、あるいは日常的に行う修繕に対し、長期にわたって計画的に行う修繕を意味しているように理解できる5

本ガイドブックでは、管理業者がオーナーに計画修繕を提案する際に、その意味や意義が理解されやすいように、なるべく分かりやすく、説明しやすい定義を定めることにした。そこで、賃貸住宅における計画修繕の定義を次のように解説している。

『計画修繕』とは修繕を計画的・予防的に行うこと6です。計画的とは、修繕の実施時期を予定しておくこと、予防的とは、破損などが生じる前に修繕を実施することです。経年劣化を放置すれば、いずれ著しい劣化や不具合が生じ、腐朽や破損につながります。そうなる前に実施時期を予定し、それに応じて予防的に修繕を行うことが、『計画修繕』です」

このように、計画修繕は、修繕の実施時期を予定し、腐朽や破損が生じる前に修繕を実施することである。では、その意義は何であろうか。実は、意義の解説はガイドブックに記載していない。意義ではなく計画修繕のメリットと、計画修繕を行わない場合のデメリットを強調して指摘している。だが、意義は特にオーナーにとって重要だと思うので、ここで筆者の考えをお伝えしたい。
 
4 例えば、「マンション管理の適正化の推進に関する法律」第二条の定義に「計画修繕」は無いものの、国土交通省が定めた、「マンション標準管理規約及び同コメント」の中で、計画修繕が使われて標準管理規約の解説が示されている。
5 筆者が知る限り、公的な資料で「計画修繕」を最初に定義したのは、東京都が発行した、「分譲マンション長期修繕計画・計画修繕ガイドブック」(2000年3月 東京都住宅局)である。ここでは、「計画修繕、すなわち、共用部分の修繕について長期的な修繕計画を立て、その計画に従って適切な時期に修繕工事を行うことが重要です」とある。長年、都市再生機構の賃貸住宅の管理を行ってきた、日本総合住生活株式会社のウェブサイトには、経常修繕と計画修繕の定義が示されており、劣化程度が小さく、その都度行う日常的な修繕を「経常修繕」といい、これに対し、建物や設備機器等を一定の時期(周期)に計画的に修繕していくことを「計画修繕」としている。なお、国土交通省が本ガイドブックに先行して制作、公表した、民間賃貸住宅の家主向けの「民間賃貸住宅の計画修繕ガイドブック」においても定義は示されていない。
6 下線筆者
(2) 計画修繕の2つの意義
計画修繕の意義は2つある。1つは、計画的に行うことの意義、もう一つは予防的に行うことの意義である。

1) 計画的に行うことの意義|修繕資金を準備できる
まず、修繕を計画的に行うことの意義であるが、修繕の実施時期を予定しておくことで、その資金を準備できることである。当たり前のように聞こえるかもしれないが、予定しておかなければ資金確保の意識が曖昧になり、結局修繕が必要になった時になって資金を準備することになる。

修繕を予定せず著しい不具合や破損が発生してから修繕を実施することを、計画修繕に対し、「場当たり修繕」と、筆者は称することにしているが、資金確保も場当たり的になってしまうのである。修繕実施時期を予定しておくことで、予定した時期までに必要な資金の確保を意識して行うことができる。資金確保の確実性においてこの違いは大きい。

2) 予防的に行うことの意義|余計な費用負担を避けることができる
一方、予防的に行うことの意義は、余計な費用負担を避けることができるというものである。腐朽や破損が発生してからの修繕の方が、不具合や劣化が見られる程度で行う修繕より費用が掛かるのは一般的にイメージしやすいだろう。これに対しよくある質問は、場当たり修繕の方が、修繕頻度が少なくトータルの修繕費は少なく済むのではないかというものである。ところが腐朽や破損が発生すると修繕だけでは済まないことも多々ある。例えば、外壁が破損しそこから雨水が侵入してしまうと、修繕工事をするのに入居者に一次退去してもらう必要があり、そのための宿泊費や家財の補償費用を負担しなければならなくなる。そこまでであれば保険でカバーできるかもしれないが、老朽化が原因で入居者が大けがをするような事故が発生した場合は、建物全体の安全性に疑念が生じて、すべての入居世帯に退去してもらい、引っ越し代金を肩代わりするなどといった事態が発生する可能性もある7

修繕費は賃貸住宅経営に掛かるコストの中でも特に大きい。したがってこれを効果的、効率的に対策を実行することが経営上重要であり、それには重要な経営判断が伴う。その点から、この2つの意義だけでも、計画修繕が賃貸住宅経営にとって必須の経営手法であることが理解できるであろう。
 
7実際にこのようなケースが発生している。2017年3月に札幌市内の築45年の6階建て賃貸マンション最上階のコンクリート製庇が崩落した事故では、けが人はなかったものの、所有者が、入居者に対し、危険性が高いため退去を要請し、補償として解決金30万円と引っ越し代金を提示した。(複数の報道記事による)

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年04月09日「基礎研レポート」)

このレポートの関連カテゴリ

Xでシェアする Facebookでシェアする

社会研究部   都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任

塩澤 誠一郎 (しおざわ せいいちろう)

研究・専門分野
都市・地域計画、土地・住宅政策、文化施設開発

経歴
  • 【職歴】
     1994年 (株)住宅・都市問題研究所入社
     2004年 ニッセイ基礎研究所
     2020年より現職
     ・技術士(建設部門、都市及び地方計画)

    【加入団体等】
     ・我孫子市都市計画審議会委員
     ・日本建築学会
     ・日本都市計画学会

週間アクセスランキング

ピックアップ

レポート紹介

【「計画修繕」は、安定的な入居確保に必須の経営手法~民間賃貸住宅における計画修繕の普及に向けて~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

「計画修繕」は、安定的な入居確保に必須の経営手法~民間賃貸住宅における計画修繕の普及に向けて~のレポート Topへ