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- APRAによるガバナンス強化の提言について-オーストラリアの健全性規制
2025年04月01日
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1――概要
オーストラリア健全性規制庁(APRA)は、3月6日に金融機関のガバナンス強化を目的とした「Governance Review - Discussion Paper(ガバナンスの見直し - ディスカッション・ペーパー)」を発表した。当レポートでは、このディスカッション・ペーパーの内容について報告する。
1|はじめに
オーストラリア健全性規制庁(APRA)は、銀行、保険会社、RSEライセンシー1に対する健全性規制の枠組みを強化するための8つの提言(proposals)を発表した2。
これは、各事業体の取締役会(board)にかかるガバナンス基準を 10 年以上ぶりに大幅に更新するものとなる。
APRAのジョン・ロンズデール委員長は、当提言にあたり効果的なガバナンスは金融の安定と健全なリスク管理の基礎となるものであるとし、以下のように述べている3。
「オーストラリアの銀行、保険会社、RSEライセンシーの取締役会は、家計や企業の金融利益を保護する上で大きな責任を負っている。他方、ガバナンス基準の不備は、不祥事、損失、破綻につながる可能性があるものである。APRAの規制強化対象に該当している金融機関のおよそ8割の事業体が、ガバナンス上の問題を抱えていることは偶然ではない。」
「ガバナンス体制の質は近年向上しているものの、求められるガバナンス要件を単なるチェック作業の如く認識している事業体など、依然としてガバナンスが行き届いていないものも見受けられる。」
「APRAの求める要件をより明確にし、その遵守状況の確認体制を強化することで、現在ベスト・プラクティスに達していない金融機関のガバナンス水準を引き上げ、今日的な期待水準に合致させることを目指す」。
これらの発言に、今回発表されたディスカッション・ペーパーの趣旨がうかがえる。
1 RSE:Registrable superannuation entity RSEライセンシーとはSIS法第10条(1)に定義されている事業体を指す
2 https://www.apra.gov.au/governance-review-discussion-paper
3 https://www.apra.gov.au/news-and-publications/apra-proposes-changes-to-strengthen-and-streamline-governance-and-fit-and
オーストラリア健全性規制庁(APRA)は、銀行、保険会社、RSEライセンシー1に対する健全性規制の枠組みを強化するための8つの提言(proposals)を発表した2。
これは、各事業体の取締役会(board)にかかるガバナンス基準を 10 年以上ぶりに大幅に更新するものとなる。
APRAのジョン・ロンズデール委員長は、当提言にあたり効果的なガバナンスは金融の安定と健全なリスク管理の基礎となるものであるとし、以下のように述べている3。
「オーストラリアの銀行、保険会社、RSEライセンシーの取締役会は、家計や企業の金融利益を保護する上で大きな責任を負っている。他方、ガバナンス基準の不備は、不祥事、損失、破綻につながる可能性があるものである。APRAの規制強化対象に該当している金融機関のおよそ8割の事業体が、ガバナンス上の問題を抱えていることは偶然ではない。」
「ガバナンス体制の質は近年向上しているものの、求められるガバナンス要件を単なるチェック作業の如く認識している事業体など、依然としてガバナンスが行き届いていないものも見受けられる。」
「APRAの求める要件をより明確にし、その遵守状況の確認体制を強化することで、現在ベスト・プラクティスに達していない金融機関のガバナンス水準を引き上げ、今日的な期待水準に合致させることを目指す」。
これらの発言に、今回発表されたディスカッション・ペーパーの趣旨がうかがえる。
1 RSE:Registrable superannuation entity RSEライセンシーとはSIS法第10条(1)に定義されている事業体を指す
2 https://www.apra.gov.au/governance-review-discussion-paper
3 https://www.apra.gov.au/news-and-publications/apra-proposes-changes-to-strengthen-and-streamline-governance-and-fit-and
2|8つの提言の概要
ディスカッション・ペーパーに示されたAPRAの提言は以下の8つである。詳細は4節に記載するが、概要をまとめるものである。
1.取締役会に求められるスキルと能力について
以下を義務付ける:
-取締役会全体および個々の取締役(director)に対して、要求されるスキルと能力を明確にする。
-取締役会及び個々の取締役の既存のスキル及び能力を評価する。
-専門能力開発・後継者育成計画・任命等を通じて、要件と実際のギャップに対処するための措置を講じる。
2.適合性(fitness)と適正性(propriety)について
-責任者(responsible person)の適合性と適正性を確保するため、より高い最低要件を満たすことを求める。
-SFIs4及び強化された監督下にある非SFIsに対し、取締役の任命案についてAPRAが積極的に関与することを求める。
3.利益相反管理について
・現行のRSEライセンシーの利益相反管理要件を銀行と保険会社にも拡大し、以下の事項を義務付ける:
-利益相反の事実や潜在的な利益相反と義務を積極的に特定する。
-利益相反の回避もしくは慎重な管理を実施する。
-利益相反が適切に開示または管理されていない場合、是正措置を講じる。
・利益相反の事実(actual)や潜在的(potential)な利益相反に加え、利益相反とみなされうる (perceived)ものも考慮するよう義務付ける。
4.独立性(銀行と保険会社のみ5) について
以下の方法により、規制対象事業体の取締役会の独立性を強化する:
-独立取締役(independent directors)のうち少なくとも2名(議長を含む)は、グループ企業内の他の取締役会のメンバーでないことを義務付ける。
-独立性の基準について軽微な修正を加える。すなわち、規制対象の企業またはグループにおける実質株主である取締役について、独立性を有するものとして認めないという規定の適用範囲を、株式以外の有価証券の主要保有者にまで拡大する。
-銀行や保険会社の取締役会は過半数が独立取締役で構成されなければならないという現行の要件を、親会社がAPRA(および海外の同等な組織)から規制を受けている子会社の取締役会にも拡大する。
5.取締役会のパフォーマンス評価について
SFIに対し、少なくとも3年ごとに、取締役会、委員会、個々の取締役を対象とした、独立した第三者によるパフォーマンス評価を受けることを義務付ける。
6.役割の明確化について
-APRAが取締役会、議長、上級管理職に要求する主な事項を定義する。
-APRAの要求事項のうち、取締役会の委員及び上級管理職に委譲できる要件について、追加ガイドラインを提供する。
7.取締役会の委員会について
-銀行と保険会社の取締役会に対して、リスク委員会と監査委員会を別個に設置することを求める現行の要件を、SFIのRSEライセンシー6にも拡大する。逆にSFI以外の銀行・保険会社については、この要件を廃止し、小規模な事業体に柔軟性を持たせる。
-APRAが要求する取締役会委員会の議決権を有するものは取締役会の委員のみとし、アドバイザーなどは含めないこととする。
8.非常勤取締役(non-executive directors)の任期と取締役会メンバーの刷新について
-非常勤取締役7の在任期間の上限を原則10年とする。
-取締役会メンバーの刷新に向けた、堅実で将来を見据えたプロセスの確立を義務付ける。
4 Significant financial institution:重要な金融機関
5 スーパーアニュエーション業界については、独立性は SIS 法で定義されている。
6 SIS 法第 10 条(1)に定義される、登録可能なスーパーアニュエーション・エンティティのライセンシー(Registrable superannuation entity licensee)
7 non-executive directors
ディスカッション・ペーパーに示されたAPRAの提言は以下の8つである。詳細は4節に記載するが、概要をまとめるものである。
1.取締役会に求められるスキルと能力について
以下を義務付ける:
-取締役会全体および個々の取締役(director)に対して、要求されるスキルと能力を明確にする。
-取締役会及び個々の取締役の既存のスキル及び能力を評価する。
-専門能力開発・後継者育成計画・任命等を通じて、要件と実際のギャップに対処するための措置を講じる。
2.適合性(fitness)と適正性(propriety)について
-責任者(responsible person)の適合性と適正性を確保するため、より高い最低要件を満たすことを求める。
-SFIs4及び強化された監督下にある非SFIsに対し、取締役の任命案についてAPRAが積極的に関与することを求める。
3.利益相反管理について
・現行のRSEライセンシーの利益相反管理要件を銀行と保険会社にも拡大し、以下の事項を義務付ける:
-利益相反の事実や潜在的な利益相反と義務を積極的に特定する。
-利益相反の回避もしくは慎重な管理を実施する。
-利益相反が適切に開示または管理されていない場合、是正措置を講じる。
・利益相反の事実(actual)や潜在的(potential)な利益相反に加え、利益相反とみなされうる (perceived)ものも考慮するよう義務付ける。
4.独立性(銀行と保険会社のみ5) について
以下の方法により、規制対象事業体の取締役会の独立性を強化する:
-独立取締役(independent directors)のうち少なくとも2名(議長を含む)は、グループ企業内の他の取締役会のメンバーでないことを義務付ける。
-独立性の基準について軽微な修正を加える。すなわち、規制対象の企業またはグループにおける実質株主である取締役について、独立性を有するものとして認めないという規定の適用範囲を、株式以外の有価証券の主要保有者にまで拡大する。
-銀行や保険会社の取締役会は過半数が独立取締役で構成されなければならないという現行の要件を、親会社がAPRA(および海外の同等な組織)から規制を受けている子会社の取締役会にも拡大する。
5.取締役会のパフォーマンス評価について
SFIに対し、少なくとも3年ごとに、取締役会、委員会、個々の取締役を対象とした、独立した第三者によるパフォーマンス評価を受けることを義務付ける。
6.役割の明確化について
-APRAが取締役会、議長、上級管理職に要求する主な事項を定義する。
-APRAの要求事項のうち、取締役会の委員及び上級管理職に委譲できる要件について、追加ガイドラインを提供する。
7.取締役会の委員会について
-銀行と保険会社の取締役会に対して、リスク委員会と監査委員会を別個に設置することを求める現行の要件を、SFIのRSEライセンシー6にも拡大する。逆にSFI以外の銀行・保険会社については、この要件を廃止し、小規模な事業体に柔軟性を持たせる。
-APRAが要求する取締役会委員会の議決権を有するものは取締役会の委員のみとし、アドバイザーなどは含めないこととする。
8.非常勤取締役(non-executive directors)の任期と取締役会メンバーの刷新について
-非常勤取締役7の在任期間の上限を原則10年とする。
-取締役会メンバーの刷新に向けた、堅実で将来を見据えたプロセスの確立を義務付ける。
4 Significant financial institution:重要な金融機関
5 スーパーアニュエーション業界については、独立性は SIS 法で定義されている。
6 SIS 法第 10 条(1)に定義される、登録可能なスーパーアニュエーション・エンティティのライセンシー(Registrable superannuation entity licensee)
7 non-executive directors
3|提言の背景
APRAはヘイン王立委員会による調査報告8やシリコンバレー銀行の破綻など国内外の事例を挙げ、「よくガバナンスが機能している金融機関ほど、ストレスのある時により回復力があり、変化に機敏で、より洗練されたリスク判断を示している。不祥事や業績不振の事例は、最終的に、その全部または一部が、リスクが高く不適切な行為を容認したガバナンス上の失敗に起因することが多い。」と、金融サービス事業体において優れたガバナンスは不可欠であると述べている。また、現在、APRA の監督強化の対象となっている事業体の78%について、根本的なガバナンスに問題を抱えていると述べている。
APRAの見解では、ヘイン王立委員会以降、規制対象事業体のガバナンスの質は全体的に向上しているものの、一部の分野や規制対象事業体では、依然として不十分な慣行が残っている。APRAが指摘した主な分野は、取締役のスキルと能力、適合性・適正性へのアプローチの偏り、取締役会のパフォーマンス評価への関心の低さ、利益相反の不適切な管理、過度に長い在任期間に起因する問題などである。
本提言は、APRAのガバナンス基準に現代のベストプラクティスを反映させ、規制対象機関に対する明確なベンチマークを確立しようとするものである。
8 銀行・年金・金融サービス業界における不正行為に関する王立委員会(2019)のこと。最終報告書は
https://treasury.gov.au/publication/p2019-fsrc-final-report
APRAはヘイン王立委員会による調査報告8やシリコンバレー銀行の破綻など国内外の事例を挙げ、「よくガバナンスが機能している金融機関ほど、ストレスのある時により回復力があり、変化に機敏で、より洗練されたリスク判断を示している。不祥事や業績不振の事例は、最終的に、その全部または一部が、リスクが高く不適切な行為を容認したガバナンス上の失敗に起因することが多い。」と、金融サービス事業体において優れたガバナンスは不可欠であると述べている。また、現在、APRA の監督強化の対象となっている事業体の78%について、根本的なガバナンスに問題を抱えていると述べている。
APRAの見解では、ヘイン王立委員会以降、規制対象事業体のガバナンスの質は全体的に向上しているものの、一部の分野や規制対象事業体では、依然として不十分な慣行が残っている。APRAが指摘した主な分野は、取締役のスキルと能力、適合性・適正性へのアプローチの偏り、取締役会のパフォーマンス評価への関心の低さ、利益相反の不適切な管理、過度に長い在任期間に起因する問題などである。
本提言は、APRAのガバナンス基準に現代のベストプラクティスを反映させ、規制対象機関に対する明確なベンチマークを確立しようとするものである。
8 銀行・年金・金融サービス業界における不正行為に関する王立委員会(2019)のこと。最終報告書は
https://treasury.gov.au/publication/p2019-fsrc-final-report
(2025年04月01日「保険・年金フォーカス」)
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03-3512-1777
経歴
- 【職歴】
2007年 日本生命保険相互会社入社
2024年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・年金数理人
植竹 康夫のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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【APRAによるガバナンス強化の提言について-オーストラリアの健全性規制】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
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