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医療DXの現状

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子
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1――はじめに
マイナンバーを活用して、これまでの受診歴や健康診断の結果などを診断や治療の参考にしたり、これまでの処方歴から無駄なく安全に薬を処方することが可能になる。また、マイナポータルを通じて、歩数や血圧など、自分で測定したデータと連携して、自分の健康状態を把握したり、民間の健康増進サービスを受けることができるようになる。
2021年10月に健康保険証とマイナンバーカードの紐づけができるようになってからは、マイナポータルを使うことで、医療費控除などの手続きができたり、マイナ保険証で受診することで、医療費が自己負担限度額2を超えた場合にも、事前手続きなしに立て替える必要がなくなった。また、顔写真やチップによって保険証の不正利用を防止できるといった点を評価する声がある。その一方で、他人の健康情報が登録されていた、病院の受付でマイナンバーカードが読み取れなかった、電子処方箋で異なる医薬品が登録されてしまったなど、トラブルが広く報道され、不安視する声も大きく、従来の保険証を利用し続けていたり、保険証との紐づけを解除した、マイナンバーカードを返納した、などのケースが出ていることも報告されている。
このような中、原則として従来の保険証からマイナ保険証に移行する方針が示され、2024年12月以降は、従来の保険証は発行されなくなった。さらに、救急搬送時に、救急隊がマイナ保険証を活用して情報を把握する取組み(マイナ救急)が実証実験を経て3、2025年度から全国に展開される4など、連結情報や閲覧範囲は段階的に拡大している。
2023年1月に公表した「データヘルス改革による健康・医療データ利活用推進の状況5」では、当面予定されている取組みについて紹介した。本稿では、その後の進捗や現在の課題について整理する。
1 厚生労働省「医療DXについて」(https://www.mhlw.go.jp/stf/iryouDX.html)
2 医療費が高額になりすぎないように、患者が1か月に負担する医療費の上限額が年齢と所得状況によって決められており、それを超える場合は加入する公的医療保険から給付を受けられる(高額療養費制度)。従来の保険証では、窓口でいったん立て替えて後日払い戻すか、事前に負担上限額を示す「限度額適用認定証」を準備し、窓口に提出していた。マイナ保険証では、オンライン資格確認で、限度額情報の表示に同意をすれば「限度額適用認定証」の提出や建て替えが不要となる。
3 総務省2004年5月17日「マイナ救急実証事業の開始(https://www.soumu.go.jp/main_content/000946555.pdf)」
総務省2025年2月21日「マイナ保険証を活用した救急業務の円滑化に係る 令和7年度実証事業実施消防本部の決定及び 令和6年度実証事業における活用事例(https://www.soumu.go.jp/main_content/000992630.pdf)」
4 デジタル庁「非常時におけるマイナンバーカードの利用シーン(https://www.digital.go.jp/policies/mynumber/utilization/emergency)」
5 村松容子「データヘルス改革による健康・医療データ利活用推進の状況」ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート2023年1月11日(https://www.nli-research.co.jp/files/topics/73573_ext_18_0.pdf?site=nli)
2――医療データ利活用の背景
健康・医療等データ活用推進の背景には、高齢化にともなう医療ニーズの変化と、医師や施設などの医療資源の地域偏在、高齢化や医療の高度化にともなう医療費の高騰などがある。
高齢化にともない、回復期・慢性期の患者が増加することが予想されており、各都道府県では、地域医療構想で中長期的な人口構造や地域の医療ニーズの質・量の変化を見据え、医療機関の機能分化・連携を進めている。医師や施設など、医療資源に偏りがあるなど、医療提供体制にも課題がある中で、このままでは、今後、全国でこれまでと同じような医療サービスを提供するのは難しいと考えられている6。人口減少局面にあっても、良質かつ適切な医療を効率的に、全国の人が受けるためには、患者は、目的に応じて、大病院と診療所、オンライン診療などを使い分けていくことが求められる。そういった環境においては、患者がこれまで受けた医療などについて、どの医療施設でも把握できるようにしておくことが望ましいと考えられる。
また、データ化、共有化しておくことで、同じ検査を繰り返し行わないことや、他の医療機関で処方された薬との過剰投与や重複や飲みあわせが悪い薬を避けることができる。今後、データの蓄積が進めば、これらのデータを利用して効果的な治療についての研究が進むことが期待できる。
6 例えば、厚生労働省 社会保障審議会資料「新たな地域医療構想の現時点の検討状況について(https://www.mhlw.go.jp/content/10801000/001332328.pdf)」など
2015年に開催された「保健医療分野におけるICT活用推進懇談会」の議論を受けて、2017年度にデータヘルス改革推進本部が厚生労働省内に設置された。データヘルス改革において、効率的・効果的な健康管理・診療サービスを提供したり、治療や予防の成果を評価するために健康・医療・介護領域のビッグデータを集約したプラットフォームの構築がすすめられてきた。
新型コロナウイルス感染症流行を踏まえて、平時からのデータ収集の迅速化や収集範囲の拡充、医療などのデジタル化による業務効率化やデータ共有を加速することを「経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太方針2022)」に掲げ、厚労省内に「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チームが発足し、マイナンバーを活用した医療DXを推進している7。
7 村松容子「データヘルス改革による健康・医療データ利活用推進の状況」ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート2023年1月11日(https://www.nli-research.co.jp/files/topics/73573_ext_18_0.pdf?site=nli)
3――医療DX現状と課題
全国医療情報プラットフォームは、健康診断(特定健診)データ、電子カルテ情報、電子処方箋といった健康・医療データのほか、要介護認定情報や介護レセプトなどの介護情報、自治体が保有する母子保健、予防接種等情報など、これまで各自治体や医療機関、薬局、介護施設などに保管されてきたデータを個人ごとに連結し、本人を含めて他の施設でも必要な情報を閲覧するためのプラットフォームである。
連結された医療情報の閲覧範囲が拡大され、昨年5月から救急搬送時に医療機関などで患者の医療情報を閲覧する実証実験が一部の自治体で行われてきたが、2025年4月から、全国展開される予定だ8。実証実験では、救急搬送時に救急隊が患者の診療・薬剤情報や特定健診情報などを閲覧し、迅速に治療につなげていくことを目的として、情報閲覧までにかかるプロセスの見直しや得られる情報の活用可能性について検討が行われた。
現在のところ、4月以降もすべての救急搬送で利用されるわけではないほか、マイナンバーカードではなく、スマホ搭載機能を利用している場合はロックがかかっていると情報を閲覧できないなど、受診歴が閲覧できるケースばかりではない。閲覧可能な情報も限られていることから、患者側にもどこまで浸透しているか周知しておく必要があるだろう。
8 情報閲覧においては、生命・身体の保護の必要があり、かつ、同意取得困難時に限り、同意なしで閲覧可能とされている。しかし、救急隊が所持品確認を実施すべきかどうかについては法的根拠がなく整理すべき課題が多いとされている。今後、被保険者番号等情報による本人確認(氏名、生年月日、性別、住所)での閲覧機能も段階的にリリースすることが検討されている。
電子処方箋システムは2023年1月に運用を開始し、2025年3月末までにおおむねすべての医療機関・薬局で導入することを目標としてきた。しかし、2月末時点で、電子処方箋システムの運用を開始しているのは、薬局は67.9%であるが、病院で5.2%、医科診療所で12.1%、歯科診療所で2.2%にとどまっている。運用を開始できていない施設の中には、導入準備が間に合っていないケースもあるが、システム導入・改修費用が最大の理由で、未導入の病院の44.6%、診療所の53.8%、歯科診療所の74.2%が「現時点で導入予定はない」と考えていた。
当面は、必要最小限の機能のみを搭載したシステムにとどめて、導入施設を増やすことを優先的に進める方針となった。また、電子処方箋の普及に向けて、4月から導入される医療DX推進体制整備加算では、医療施設ごとにマイナ保険証利用実績に加えて電子処方箋導入有無によって加算額が異なるよう設定され、診療報酬によるインセンティブを付けることになった。
後述のとおり、電子カルテ情報共有サービスが開始することで、患者自身もマイナポータルを通じて、同じ情報を閲覧することができるようになる。電子カルテの共有にあたって、当初、課題とされていた本人に告知していない傷病名については、「未告知フラグ」を付けることになった。さらに、傷病名・アレルギー情報・感染症情報・薬剤禁忌情報について長期的に保存することが望ましいと医師が判断した場合には「長期保存フラグ」を付けることになった。また、疑い病名の中で疑っている度合いの大きさにより、共有する範囲を調整したい場合に「未提供フラグ」を設けている。未提供フラグが付けられた傷病名は、他の医療機関や患者のマイナポータルからは閲覧できないようになっている。さらに、診療報酬改定DX(後述)において、自治体が実施する介護、予防接種、母子保健等の事業の手続に必要な情報も順次閲覧が可能となる9。
ただし、これまで、医療機関におけるカルテの保管期限は最終受診から5年、処方箋は3年、自治体における健康診断や予防接種歴は5年、企業における健康診断の結果は担当業務によって5~40年など、長期保管を推奨しつつ保管を義務付けていた期間は、比較的短かい情報もあった。医療DXの推進にともない、国が電子データで保管できるサービスを提供するようになったことを踏まえ、予防接種歴は25年、処方箋は5年などと、保管期限が延長されつつある。しかし、現在のところ、全国医療情報プラットフォームに搭載されるデータは、医療機関などや保険者、自治体が保管しているものであることから、健康診断結果や受診歴、処方歴は最長5年である10。少なくとも患者本人は、期限なく保管しておくニーズもあると思われるが、現在のところ、それより長く保管したい場合は、自分で保存しておくか民間のアプリなどを使う必要がある。
9 厚生労働省「医療DXの推進に関する工程表〔全体像〕」https://www.mhlw.go.jp/content/12600000/001163650.pdf 等。
10 予防接種歴については延長が予定されている。
医療DXで構築される全国医療情報プラットフォームとは別に、地域が独自に構築する地域医療連携ネットワークがある。
これは、国のデータヘルス改革や医療DX構想より前から地域医療充実を目的として運用してきたものである。現在、限られた施設間ではあるものの、多くの情報を連携しあっており、全国的なプラットフォームの構想ができてからも、なお、新しい地域医療連携ネットワークが立ち上がっている。
日本医師会では、全国医療情報プラットフォームと地域医療連携ネットワークは各々に機能や役割が異なることから、両者を併用していくこととしている。
(2025年03月21日「基礎研レポート」)

03-3512-1783
- 【職歴】
2003年 ニッセイ基礎研究所入社
村松 容子のレポート
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