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企業のマーケティングや営業にもサステナビリティ変革の足音-34年ぶりのマーケティング定義刷新に見る地方創生への期待

生活研究部 准主任研究員 小口 裕
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6――今後の課題
本稿で見てきたような、持続可能性への関与を念頭に置いたマーケティングの定義の改訂は、「拡大成長のみをマーケティングの目的」としていた従来の顧客接点の活動から大きな変換を迫るものである。
地方創生2.0の推進に向けて、自治体自身も外部の視点を取り入れたアウトサイドインの発想が求められており、域内外の企業やNPO、大学機関など幅広い民間セクターとの関係の重要性を増しているが、今回のマーケティング定義の改訂は官民連携の取り組みにおいて少なからず追い風に繋がることが期待される。
しかし実際には、「社会との価値共創」を企業が進めていく上では多くの課題が存在している。
まずは、既存の企業業績評価との整合をどのようにとっていくのか、という点である。従来の企業会計上のゴールは売上・利益や市場シェアの拡大であったが、改めて「社会との価値共創」をどのように再定義して、評価した上で企業価値に組み込んでいくかが問われている。
先の経団連のアンケート24によれば、社会貢献活動実績に応じた組織上・人事上の評価(n=153)として、「優れた取り組みを行った個人を表彰する事例がある」(30.0%)、「優れた取り組みを行った部署を表彰する事例がある」(26.8%)となっているが、「取組状況に応じてマネジメント層を人事上の評価において加点する事例がある」(6.5%)、「優れた取り組みを行った個人を人事上の評価において加点する事例がある」(5.2%)、「あてはまる評価は行っていない」(53.6%)となっており、全体として社会貢献活動の評価は実績表彰に留まるケースが多く、人事評価の加点要素として考課されてケースは、まだ少ないと思われる。

マーケティングや営業活動の視点では、仮に自社の売上ではなく外部不経済の解消が成果となった場合、それを企業価値にどのように反映させるか、さらに従業員自身の評価にどのように帰属させるか、といった点が課題となる。従業員は従来の評価基準とどのように折り合いをつけるか悩むことになるが、このジレンマを解消する包摂的なゴール設定が課題となる。前述の通り、各社とも方向性を模索している段階であるが、たとえば製造業の脱炭素に関する成果指標としては、「炭素利益率(Return On Carbon:ROC)26」や、「エシカル製品の売上成長率(Ethical Product Sales Growth)」、「顧客エンゲージメントによるブランド忠誠度」といったものが、企業価値へのインパクトや組織のサステナビリティ上の成果を測る指標として想定される。
24 日本経済団体連合会. (2025). 社会貢献活動に関するアンケート結果
25 (前掲)日本経済団体連合会. (2025). 社会貢献活動に関するアンケート結果
26 ROCは営業利益を温室効果ガス(GHG)排出量で割って算出され、企業の利益創出効率と環境負荷のバランスを示すものとされる。
また、推進体制として、営業やマーケティング等の事業部門と、官民連携の最前線で活動するサステナビリティ推進部門や広報・渉外部門との連携が今後ますます重要となると思われる。たとえば、環境企業として広く知られているユニリーバやパタゴニアは、持続可能性に積極的に取り組むことで消費者の支持を集め、優位性を築いているが、そのコンピテンシーはサステナビリティ活動の成果としての企業認知やブランドイメージである。サステナビリティ推進部門とマーケティング部門・営業部門が連携することで、企業のサステナビリティへの取り組みを顧客に正確に伝えていくことの重要度は増していると言えるだろう。
また、デジタル技術を活用した業務のDX(デジタルトランスフォーメーション)も欠かせない。顧客や社会との価値共創に人的リソースを投じるためには、日常のベースロード業務を、デジタル技術を駆使して効率化していくことが重要である。別稿にて分析を試みるが、ニッセイ基礎研究所の調査では、若年層ほど業務外の活動に対して忌避感を感じる傾向も示されている。経団連アンケートでも、社会貢献活動推進上の問題のトップは「活動に参加・協力する社員の広がり」(70%)となっており、日常業務との調和は課題となる。
企業や従業員がサステナビリティ活動に取り組む上で重要なのは「社会との共感」であると言われる。
先の新潟県粟島浦村の官民連携のケースを見ても、企業担当者が疲弊した離島農業に共感を寄せて、主要農産物の自社製品原材料としての優位性に着目したところからスタートしている。

特に、地方創生2.0においては女性の視点からの地域再生が重視されているが、持続可能性に関連する「共感」について、ニッセイ基礎研究所の調査によれば、女性の方が男性と比べて高い傾向が示されている。その一方で女性にとって活動参加・活動のバリアー(抵抗要因)の存在も明らかになっている29(数表6)。
その点に関する先行研究によれば、サステナビリティ行動の条件として、「共感」だけでなく、「自分にも変化を起こせる」という自己効力感や、「環境保護を重視する集団・価値観に属している」というアイデンティティ・社会的規範が強い場合、実際の行動に移りやすくなるという結果30もある。
企業にとって、女性を始めとする従業員が「地域社会との価値共創」における共感力を存分に発揮する上で、どのような評価制度とインセンティブ設計、職場環境を整備していくべきか、そして地方自治体にとっても、「女性や若者に選ばれる楽しい地方」を掲げる地方創生2.0の官民連携をどのように実効性のあるものにしていくかは、今後の大きな課題である。
27 野中郁次郎, & 紺野登. (2003). 知識創造の方法論―ナレッジワーカーの作法. 東洋経済新報社.
28 「環境破壊による被害(動物絶滅、将来世代負担など)を想像して生じる共感的感情」も、自己利益を超えた利他的動機を高め、結果として環境保護への傾向を強めることが示されている。Pfattheicher, S., Sassenrath, C., & Schindler, S. (2016).Feelings for the Suffering of Others and the Environment: Compassion Fosters Proenvironmental Tendencies. Environment and Behavior, 48(7), 929–945.
29 (前掲)ニッセイ基礎研究所「サステナビリティに関する消費者調査」/(2024年調査)調査時期:2024年8月/有効回答数:2500
30 「自己概念 」と「共感的関心」が気候変動への寄付行動にどう影響するかを検討。共感は行動意図を高める重要な要因と指摘している。Wang, S., Leviston, Z., Hurlstone, M., Lawrence, C., & Walker, I. (2021). Identity and climate change donation: The role of donor self-construal and empathic concern. Journal of Environmental Psychology, 75, 101632.
地方創生2.0の政策推進において官民連携は欠かせない。むしろ、地方自治体はそのシナリオメーカーに過ぎず、地域の市民や企業・大学機関等の民間セクターこそが、その主役である。そして、その実効性を高めるために、地域の企業にとっても従業員(人)の「共感」を起点とした「地域社会との価値共創」を通じて地域を耕し、自社の経済的側面も考慮しながら社会(市場)の長期的な持続可能性を官民一体となって目指すことが、今後の事業活動、特にマーケティングや営業活動の本質として一層求められてくると言える。
また、このような共感や身体知を伴う活動は、一般的にAI(人工知能)で支援することはできても、完全に介在・代替することは難しいとされる。サステナビリティ・トランスフォーメーション(変革)期のマーケティング・営業活動では、むしろ人が果たす役割の重要さが、より一層増しているともいえるのではないだろうか。
(2025年02月14日「基礎研レポート」)
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- 【経歴】
1997年~ 商社・電機・コンサルティング会社において電力・エネルギー事業、地方自治体の中心市街地活性化・商業まちづくり・観光振興事業に従事
2008年 株式会社日本リサーチセンター
2019年 株式会社プラグ
2024年7月~現在 ニッセイ基礎研究所
2022年~現在 多摩美術大学 非常勤講師(消費者行動論)
2021年~2024年 日経クロストレンド/日経デザイン アドバイザリーボード
2007年~2008年(一社)中小企業診断協会 東京支部三多摩支会理事
2007年~2008年 経済産業省 中心市街地活性化委員会 専門委員
【加入団体等】
・日本行動計量学会 会員
・日本マーケティング学会 会員
・生活経済学会 准会員
【学術研究実績】
「新しい社会サービスシステムの社会受容性評価手法の提案」(2024年 日本行動計量学会*)
「何がAIの社会受容性を決めるのか」(2023年 人工知能学会*)
「日本・米・欧州・中国のデータ市場ビジネスの動向」(2018年 電子情報通信学会*)
「企業間でのマーケティングデータによる共創的価値創出に向けた課題分析」(2018年 人工知能学会*)
「Webコミュニケーションによる消費者⾏動の理解」(2017年 日本マーケティング・サイエンス学会*)
「企業の社会貢献に対する消費者の認知構造に関する研究 」(2006年 日本消費者行動研究学会*)
*共同研究者・共同研究機関との共著
小口 裕のレポート
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