2025年02月13日

選挙におけるSNS偽情報対策-EUのDSAにおけるガイドライン

保険研究部 取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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3|具体的な軽減策
(1) ユーザーの選挙公式情報へのアクセスを容易にすること:投票率を向上させ、選挙プロセスそのものに関する誤った情報、偽情報、および FIMI の拡散を防止するために、VLOP等にとってのベストプラクティスは、関係加盟国の選挙当局からの公式情報に基づいて、投票の方法および場所に関する情報を含む、選挙プロセスに関する公式情報へのユーザーによるアクセスを容易にすることである。

(2) ユーザーのリテラシー向上に向けた取組の実施:VLOP等にとってのベストプラクティスは、ユーザーの批判的思考を育み、偽情報や操作技術を認識するユーザーのスキルを向上させるために、選挙に焦点を当てたメディアリテラシーの取り組みやキャンペーンに協力し、実施し、投資し、関与することである。

(3) ファクトチェック機関6の利用:例えば、独立したファクトチェッカーおよび独立系メディア組織のファクトチェックチームが提供する、特定された偽情報およびFIMIコンテンツに関するファクトチェックラベル(後述)の添付が挙げられる。
 
6 日本では、たとえば一般社団法人セイファーインターネット協会https://www.saferinternet.or.jp/などがある。またファクトチェックの推進・普及に取り組む団体として、認定NPO法人ファクトチェック・イニシアティブhttps://fij.info/ が存在する。
(4) 偽情報を推奨システム上目立たなくするなどの取組:(特にGoogleなどの)推奨システムは、情報状況や世論を形成する上で重要な役割を果たす。推奨システムが選挙プロセスに関連するリスクを軽減するために、VLOP等は、メディアの多様性と多元性に配慮し、ユーザーに有意義な選択肢を与え、フィード(投稿等が表示されるエリア)を調整できるように推奨システムを設計・調整することが必要である。また、虚偽であると事実確認された欺瞞的なコンテンツや、偽情報を拡散していることが繰り返し判明しているアカウントからの発信など、明確で透明性のある方法に基づいて、選挙という文脈における偽情報の目立ち方を減らすための対策を確立する。

(5) 政治広告に関する透明性の確保:政治広告については、スポンサーの身元、および該当する場合はスポンサーを最終的に支配する事業体、政治広告が掲載、配信または普及されることを意図している期間、政治広告配信サービスの提供者が受け取る集計金額およびその他の利益の集計額、ならびに政治広告が掲示される受信者を決定するために使用される主なパラメータに関する有意義な情報などの情報をユーザーに提供することが推奨される。

(6) インフルエンサーの政治広告に関する透明性の確保:インフルエンサーが、提供するコンテンツが政治広告そのものであるか、または政治広告を一部含むかどうか、政治広告のスポンサーの身元、該当する場合はスポンサーを最終的に支配する事業体、政治広告の掲載、配信または普及を意図する期間、政治広告配信サービスの提供者が受け取る集計金額およびその他の利益の集計額、表示期間、ならびに広告が提示される受信者を決定するために使用される主なパラメータに関する意味のある情報などについて表示できるようにする機能を提供する。

(7) 偽情報コンテンツの収益化の防止:VLOP等が、選挙プロセスに関する偽情報およびFIMIの流布や、個人の選挙選択に影響を与えうる憎悪的、過激主義的または急進的なコンテンツに広告をつけることを通じて金銭的報酬を与えることのないよう、的を絞った方針と制度を設けるよう欧州委員会は勧告する。

(8) オンライン上で行われる不正操作の防止:VLOP等は、入手可能な最善の証拠をもとに、システミックリスクとしてのサービスの不正操作を特定した場合に、その不正操作を適時かつ効果的に検知・停止させることを確保するための適切な手続を導入すべきである。

(9) 軽減措置のテスト等:リスク軽減策は、その意図する影響および潜在的にも意図していない影響について、厳密かつ批判的な分析、テスト、見直しと結びつけて考えるべきである。そのため、効果的な軽減策は、入手可能な最善の情報と科学的洞察に基づくべきである。欧州委員会は、VLOP等が、例えば、機能や設計の選択のA/Bテスト7などを通じて、軽減措置の有効性に関する概念的に妥当な性能評価指標を積極的に設計、評価、最適化することを推奨する。
 
7 異なる複数のものを比較して、成果が出ているほうを採用する手法
(注記) まず指摘したいのが、リスクの軽減策であり、リスクの排除策ではないところに留意が必要であるというところである。リスクを排除しようとすると、表現の抑圧につながることがある。また排除まで要請するとVLOP等の運営に多大な支障をきたすことになる可能性があるからであると考えられる。

(1)は選挙に関する公式情報の取得の支援、(2)サービスの受け手のメディアリテラシーの向上で論点は少ない。問題は(3)であり、ファクトチェック機関または内部チームによるファクトチェックラベル(以下、ラベル)添付である。ラベル添付とは、たとえば投稿について「事実(true)」「ほぼ事実(mostly true)」「半分事実(half true)」「ほぼ誤り(mostly false」「誤り(false)」「馬鹿げた話(pants on fire:尻に火がつく))」といったレーティングを表示するものである8。したがって、白か黒かの二元論ではなく、幅を持たせた段階的な判断を表示するものとなっている。また、元の投稿を削除することは上述の通り、「illegal contents」に該当する場合に限られるので、ラベリングするだけで元の投稿は削除されないこともある。他方、GoogleなどのVLOSEでは、偽情報あるいは「嘘」とラベリングされたものはランキングの下位に落とすことは考えうる。それが上記(4)である。

ところで、ファクトチェック機関の中立性には議論のあるところで、たとえばMetaのザッカーバーグ氏は「ファクトチェックは政治的に偏りすぎていた」と述べたとのことである9。ファクトチェックは意見論評についてではなく、提示された事実かどうかを判断するにとどめ、かつ運営資本の提供者を含め努めて中立性を目指している。しかし、特定の政治勢力に有利(または不利)な事実のみを肯定(又は否定)する場合には、政治的偏向とみられる場合があるのもまた事実である。このあたり、大変難しい問題である。さらにいえば、この点に関し、X(旧Twitter)では、ファクトチェック機関の利用ではなく、コミュニティノートの手法を採用している。これは偽情報と考える投稿について別のユーザーが修正情報(コミュニティノート)を当該投稿に添付し、一定の支持を受けた場合に、投稿とコミュニティノートの両方が表示されることになっている。また、最近、Metaもこの方法を採用する方針を打ち出している10

(5)でいう政治広告とは「通常、報酬を得るか、社内活動としてか、あるいは政治広告キャンペーンの一環として、メッセージの準備、配置、宣伝、出版、配信または普及をすること」を意味する11。政治広告にはスポンサーの身元や配信者に支払われる金銭などの透明性が要求されている。また、インフルエンサーは他者の意見・行動に影響を与えるがゆえのインフルエンサーであることから、インフルエンサーがどのような立場で政治的な意見等を発信しているのかの透明性も求められる(上記(6))。

上記(7)は偽情報等の拡散に報酬が支払われないようにするというものである。偽情報は上述の通り、「人を欺いたり、経済的・政治的利益を確保する意図で流布されたり」する発信であり、社会的に正当化できない。このように正当でない発信に報酬を与えることは可能な限り避けるべきという考えに基づくと考えられる。

上記(8)は典型的にはbot(自動的に投稿する不正なシステム)や候補者のなりすましなどの不正な操作を検出・中断させる対策を採用することを求めている。

以上のような対策を行うにあたって、効果的な軽減策を立案・適用する必要があるが、これは入手可能な最善の情報と科学的洞察(テスト等の実施)に基づくべきとするのが、上記(9)である。
 
8 政治家の発言を中心にファクトチェックを行うPolitiFactの例、https://www.politifact.com/article/2018/feb/12/principles-truth-o-meter-politifacts-methodology-i/ 参照。
9 日本経済新聞朝刊2025年1月9日より引用
10 https://about.fb.com/news/2025/01/meta-more-speech-fewer-mistakes/
11 EUの政治広告の透明性およびターゲティング規則 https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2024/900/oj/eng 3条2項
4|第三者による精査・調査・データアクセス
VLOP等の実施する対策が効果的であり、基本的権利や民主主義の原則を尊重したものであることを保証するものであるためには、第三者による精査や軽減策に関する調査が重要である。選挙期間中、第三者による精査のための安定した信頼できるデータへのアクセスは、透明性を確保し、洞察力を高め、選挙にまつわるリスク軽減措置のさらなる発展に貢献するために、何よりも重要であるとする。

政治広告の分野では、VLOP等に対し、その政治広告リポジトリ(既に公表された政治広告を保管するアーカイブ)の調査を可能にするツールおよびアプリケーション・プログラミング・インターフェース(API)が構築され、これにより選挙期間中に、個人データの保護を含むEU法の要件に従いつつも、個人の選挙選択に影響を与えるために流布される偽情報、FIMIキャンペーン、憎悪的、過激主義的または急進的なコンテンツに関する有意義な調査をVLOP等が可能にするよう欧州委員会は勧告している。

また、VLOP等が、選挙プロセスに関連する軽減措置の設計、機能、実施について、可能な限り公衆に対して透明性を確保し、公衆の監視によって効果的な軽減措置の設計に影響を与えることができるよう欧州委員会は勧告する。
 
(注記) 本節では、第三者によるVLOP等の精査と調査を可能にするように勧告している。上述の通り、VLOP等の内部チームあるいはファクトチェック機関もその立場の完全な中立性には限界がある。したがって、多様な第三者主体からの意見を取り入れることが求められる。ここで第三者には学術研究者を含むが、これに限定されていない。そのため市民社会団体や個人も調査を認められることとされている。ただし、市民社会団体は必ずしも中立と言える団体だけではないので、相当数の団体により調査が行われることが期待されていると考えられる。そこから出てきた様々な意見を競わせ、適正な方向性を探るということが企図されているのではないだろうか。

なお、このようにオープンにすると嫌がらせのような行動をとる個人・団体も出てくると思われるが、その点について本ガイドラインは触れていない。
5|基本的権利
リスク軽減措置は、欧州連合基本権憲章に謳われている基本的権利、特にメディアの自由と多元主義を含む表現の自由と情報の自由の権利の保護に十分配慮して講じられるべきである。

選挙の完全性に関するシステミックリスクを軽減する際、欧州委員会は、暴力や憎悪を公然と扇動するような違法コンテンツに対処するための措置が、民主的な議論、特に脆弱な集団やマイノリティを代表する人々の声を抑制したり、沈黙させたりする可能性があるという範囲において、その影響にもVLOP等が十分配慮することを欧州委員会は勧告する。

欧州委員会は、VLOP等が、リスクアセスメントの実施された基本的権利に関する影響評価を実施し、その結果について、市民社会団体、特に評価プロセスにおいて協力した市民社会団体に、評価終了次第、早急に公開することを推奨する。
 
(注記) 本節では、システミックリスクの軽減策実施にあたって、EUの基本憲章に定められた人の基本的権利に配慮すべきことを述べている。特に投稿者の表現の自由の確保、マイノリティに対する抑圧的な投稿に対処する十分な措置の実施が挙げられている。また、基本的権利へのリスク影響の評価を6カ月に一回のVLOP等の監督当局向け報告(リスク評価に関する監査報告書。DSA42条(4))よりも早く市民社会団体へ公開することを求めている。ここでも第三者による調査が適正に行われることが期待されていることが分かる。市民社会団体が必ずしも中立でないことについては上記の通り。

(2025年02月13日「基礎研レポート」)

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保険研究部   取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2025年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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