2025年02月13日

選挙におけるSNS偽情報対策-EUのDSAにおけるガイドライン

保険研究部 取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

昨年行われた兵庫県知事選では、パワハラ等の嫌疑を受けた知事が議会の全会一致の不信任決議により辞職したにもかかわらず、直後の知事選で返り咲くこととなった。選挙戦前のテレビ・新聞等の報道から予測されたものとは大きく異なる結果になったが、これはSNSが大きな影響を及ぼしたと一般に見られているようだ。今回のSNSの投稿内容が真偽は軽々に判断できないが、テレビ・新聞と異なる事実、あるいは見方をSNSが提示したために、選挙の結果が大きく異なった。このことから、SNS規制論まで議論されるようになっている。

そこで本稿ではEUのデジタル市場法(Digital Services Act、DSA)に基づいて出されている選挙プロセスのシステミックリスク軽減に関するガイドライン1(以下、本ガイドライン)の大まかな概要を紹介することとし、議論の一助とすることを目的としたい。

解説を行う前にひとつの視点を提供することとしたい。我々の民主主義は自由な言論で成立しており、それは選挙のときが最も重視される場面の一つである。したがって事前検閲や言論弾圧につながるような規制は行うべきではない。他方、虚偽の言説や誹謗中傷、あるいは外国勢力の不当な干渉など、民主主義を否定する言説が行われる危険性が高いのも選挙のときである。このため偽情報を偽情報と表示することなども必要となる。ただ、そもそも偽情報かどうかの判断が難しい場合も少なくない点にも留意が必要である。
 
1 2024年4月26日付けのEUオフィシャルジャーナル(=官報に相当)掲載

2――若干の前提

2――若干の前提

1|DSAによるガイドライン
DSAは、違法なコンテンツ(illegal contents)をオンラインのプラットフォームから排除するためのEUの規則(法律に相当)である。このうち、特に大きなオンラインプラットフォーム(Very Large Online Platform、VLOP)および特に大きなオンライン検索エンジン(Very Large Online Search Engine、VLOSE。以下VLOPとVLOSEをまとめてVLOP等という)に対して、システミックリスクの特定・分析(DSA34条1項)、リスクの軽減措置の策定・履行が求められる(DSA35条1項)。ちなみにVLOPの代表例としてはTikTokやMeta、VLOSEの代表例としてはGoogleが挙げられる。これらはDSA33条4項に基づき、欧州委員会によってVLOP等として指定されている。ここで、システミックリスクというのは、DSAに定義はないが、社会に大きな悪影響を及ぼすリスクと理解される。

VLOP等が軽減すべきシステミックリスクとしてDSAが挙げているものの一つが「市民の言説と選挙プロセス、および治安に対する実際のまたは予測可能な悪影響」(DSA34条1項(c))である。したがってVLOP等は「市民の言説と選挙プロセス」に関するシステミックリスクの軽減措置を導入しなければならない。

そして、欧州委員会は特定のリスクに関連する上記DSA35条1項(リスク軽減措置)の適用に関するガイドラインを発行することができる(DSA35条3項)とされている。この条文に基づいて策定されたのが本ガイドラインである。
2|本ガイドラインの導入部
本ガイドラインは選挙プロセスに関連する特定のリスク軽減を確保することを目的としたガイダンスを含むとしている。ここで軽減措置を講ずべき選挙の公正性に関するオンライン上のリスクとして、以下のものが挙げられているが、これらに限定されるものではないとする。

(1) 違法なスピーチの拡散
(2) 外国の情報操作および干渉に関する脅威(foreign information manipulation and interference(FIMI))
(3) 偽情報(disinformation)の拡散
(4) 人々を過激化することを目的とした(過激な)極端なコンテンツの拡散
(5) 生成AIなどの新技術を通じて生成されたコンテンツの拡散
3|違法なコンテンツ
上記の通り、選挙活動に関連して様々なリスクが存在するが、これらリスクを惹起する個別の投稿が違法なコンテンツに該当する場合がある(他人の誹謗中傷など)。この場合において、VLOP等は、違法なコンテンツと知った時点で表示を停止するなどの措置を取る必要がある(DSA6条1項)。なお、偽情報や誤情報と呼ばれるものであっても、必ずしも違法なコンテンツに該当するかどうか明確でないことも多いと思われる(後述)。

本ガイドラインでは、以下のことについて特に記載している。VLOP等は、管轄当局から特定の違法コンテンツへの措置命令を受領したときは、当該管轄当局に、不合理な遅滞なく、どのような行動をいつとったかについて報告をしなければならず(9条)、また、管轄当局から情報提供命令を受領したときは、不合理な遅滞なく、管轄当局へ命令を受領したことと、命令が有効になったかどうか及びいつ有効になったかについて情報提供を行う(10条)。

さらに、個人または団体が違法コンテンツであると考える特定の情報項目がプラットフォーム上に掲載されていることをVLOP等に対して容易かつ電子的に通知できる仕組みを導入する(16条1項)。また、「信頼できる警告者」(Trusted flaggers)から提出された通知については上述16条の手続を通じて、優先的かつ遅滞なく処理・決定されるように必要な技術上、組織上の措置を取らなければならない(22条1項)。これらはシステミックリスク軽減措置と重なる部分はありつつも、これとは別に、違法なコンテンツと認識される場合の取扱いを特記したものと考えられる。
4|本ガイドラインの適用範囲
本ガイドラインは上述の通り、VLOP等に適用がある。VLOP等に該当しない規模のオンラインプラットフォームに対しても本ガイドラインに準拠することが推奨されている。対象となる選挙としては、国政選挙、欧州議会選挙のみならず、地方選挙や国民投票にも適用されるべきとされている。また、時期的な面から言えば、選挙前、選挙中、選挙後にそれぞれの措置が取られるべきとされる。

3――講ずべき措置

3――講ずべき措置

1|総論
(1) 政党をはじめとする選挙情報の収集:VLOP等のリスク軽減のための内部プロセスの強化、すなわちリスク対策の適切な設計と調整を行うにあたっては事前の情報収集が必要となる。これにはデモや集会、キャンペーン、資金調達、その他の関連する政治活動などのイベントを組織・実行する政党や候補者に関する情報、政党の綱領、マニフェストその他の政治資料が含まれるが、これに限定されない。

(2) 選挙の行われる国や地方特有の情報収集と分析:国、または地方レベルで、その地域固有のリスクや加盟国固有の情報の収集とその分析結果を内部チームが利用できるようにすることが推奨される。また、VLOP等は、現地の言語能力と、国や地域の状況や特殊性に関する知識を備えた、適切な内容修正のリソース(すなわち、人的資源)を持つことが推奨される。欧州委員会はまた、VLOP等が、メディア多元主義モニター2のような、メディアの国家権力からの自由と多元主義(=複数の政治意見が競って政治的方針を定めること)の状況に関する独立した分析等の情報を考慮する適切な内部プロセスを確保するよう勧告する。
 
2 欧州加盟国におけるメディアへの国家干渉等について分析したモニタリングレポート
(3) 偽情報対策専門の内部チームの組成:特定の選挙情勢における内部プロセスおよびリソースを強化するために、VLOP 等は、個々の選挙期間前に、明確に識別可能な専門内部チームの設置を検討すべきである。

(4) 選挙期間中及びその前後にわたり軽減措置が求められる期間:VLOP等が、選挙プロセスのリスク軽減に特化した対策とリソースを導入する期間を内部規定で定めることを勧告する。欧州委員会は、特定の選挙に関するリスク評価に応じて、また、適用される選挙手続を考慮して、選挙期間の少なくとも1カ月から6カ月前にはリスク軽減策を講じ、機能させ、選挙後も少なくとも1カ月は継続すべきことを欧州委員会は勧告する。

(注記) 本節が述べているのは、VLOP等が選挙にあたって、事前の情報収集と内部リソースの投入に関してである。上記(1)では、政党や候補者の発信する公式情報の収集が挙げられている。このように各政治主体の一次ソースを集めるべきことが求められるのは、特定の政治主体の主張を正確に理解しておくことが、後の選挙中のさまざまな対応にあたっての前提となるからであろう。

上記(2)では本ガイドラインがEU全体のガイドラインであるがために、各国事情や地域事情に配慮すべきことを述べている。中でもメディア多元主義モニターといった政府のメディアへの干渉の度合やその内容などについて検討すべきことが求められていることが特筆される。すなわち、国によっては、国家がマスメディアに大きく干渉あるいは支配し、報道内容を歪にさせている可能性を考慮すべきこととなる。そして、(3)、(4)はVLOP等がリスク軽減のための専門内部チームを選挙期間の前後を含む期間設置すべきことが求められている。ここでは内部チームの構成についても特に慎重な検討が必要であることを指摘しておきたい。近時ではMetaは米国のコンテンツを審査する信頼性と安全性の担当チームをカリフォルニア州からテキサス州に移転したことに関し、ザッカーバーグ氏は「偏った従業員がコンテンツを過度に検閲しているとの懸念の払拭を図る3」と発言したケースがある。
 
3 ロイター2025年1月8日https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-01-07/SPQ165T0G1KW00 参照。バイデン政権からトランプ政権への移行期の取組なので、「偏った」と言えるかは議論があるところであろう。
2|既存のベスト・プラクティスの活用
選挙プロセスにおけるシステミックリスクの軽減策は、特に、「偽情報に関する強化された行動規範」(Strengthened Code of Practice on Disinformation4)を通じて確立された業界基準や、「オンラインにおけるヘイトスピーチへの対処に関する行動規範」(Code of Conduct on Countering Hate Speech Online5)などの関連するEU業界規範、EUインターネット・フォーラム(EU Internet Forum)で共有されているような既存のベスト・プラクティスを活用すべきであるとする。
(注記) 上記のうち「偽情報に関する強化された行動規範」は誤情報、偽情報、情報影響工作および情報空間における外国からの干渉に対処することを目的に、行動規範に署名した企業・団体が遵守すべき44のコミットメント(約束)を規定したものである。なお、誤情報は有害な意図なしに共有される、虚偽のあるいは誤解を招くような情報を指す。他方、偽情報は人を欺いたり、経済的・政治的利益を確保する意図で流布されたりする虚偽又は誤解を招く情報であって、公衆に害を及ぼす可能性のあるものとされている(欧州委員会「欧州民主化行動計画に関するコミュニケーション」による定義)。すなわち、誤情報は単なる誤った情報だが、偽情報は騙す目的をもって発信される悪質な情報であるという違いがある。以下、本稿において、誤情報と偽情報はこの意味で使用する。

(2025年02月13日「基礎研レポート」)

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保険研究部   取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2025年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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