コラム
2025年02月10日

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1――エンターテイメント領域でのマイナンバーカード実証実験が複数実施

音楽ライブやスポーツ観戦など、エンターテイメント領域1でのマイナンバーカード活用が模索されている。2024年3月のマイナビ東京ガールズコレクションでは、チケット購入時や会場入場時の本人確認手段として、マイナンバーカードの実証実験が行われた。また、2024年11月には、サッカーの明治安田J1リーグの2試合でも実証実験が行われた。今後も、ハロー!プロジェクトの音楽ライブでの活用が予定されている。

マイナンバーカードの課題は活用の推進だ。人口に対する保有枚数率が8割近くとなる中、日常の利用シーンが限られるなどにより、利用率や携行率は芳しくない2。こうした中、活用推進策の一つとして、民間事業者での利用の活発化が模索されている。
 
1 本稿でのエンターテイメント領域は、主にライブエンターテイメント市場(音楽・演劇(ミュージカル、歌舞伎)などステージでのライブパフォーマンスを、ホールや劇場といった施設で行い観客を楽しませるもの)とスポーツ観戦市場の2つを想定する。参考.楠原雅人、胡桃沢佳子.ライブエンターテイメント市場の現状と今後の展望. 財務省. 2022
2 河岸秀叔. マイナンバーカードの携行率が約半分という現実に向き合う.ニッセイ基礎研究所.2024-03-06

2――エンターテイメント領域が持つ転売への危機感

エンターテイメント領域では、音楽ライブなど、対面イベントに対するニーズが高まっている。例えば、音楽業界では、ライブ関連収入(チケット・スポンサー収入)が、市場に占める割合が大きくなった(図表1)。また、スポーツ観戦の市場規模も拡大傾向にある3。成長の一因として考えられるのが、推し活の普及だ。推し活とは、「自身が好きな人(芸能人や声優など)を応援する」ことを意味する4。推し活による消費額は、特に10代・20代で高い。図表2のように、18~29歳男性の38%、女性の53%が推し活を行っていると自認し、年間で平均約8~9万円を支出する。また、30代女性でも年間平均支出金額が10万円を超えており、10代・20代以外への広まりも確認できる。

推し活における対面イベントの重要性は高い。推し活を行う人のうち、年に一度以上ライブなどのイベントに参加する人は、アニメ関連で約6割、アイドル関連で約7割、スポーツ関連で約8割に上る5。また、イベントなどの先行チケット購入権を得る目的でファンクラブに入る人も多い6。推し活による対面イベントへのニーズの高さが、エンターテイメント領域を支えている。

こうした中で問題視されるのが、チケットの高額転売だ。チケット転売に関する相談件数は、ラグビーワールドカップや東京オリンピック・パラリンピックでピークに達し、その後はコロナ禍によるイベント自粛で減少した。しかし、コロナ禍のイベント制限緩和の影響などを受けた2022年を特殊要因として均してみれば、近年は再び増加傾向にある(図表3)。興行主の同意のない有償譲渡を禁止するなどの特定の条件を満たす「特定興行入場券7」の転売は、チケット不正転売禁止法で禁止されている。しかし、摘発の難しさが指摘8されるなど、抜本的な解決に至っていない。こうした要因からチケットが購入できないことに対し、ファンからは強い不満が上がっている。国際社会経済研究所は、ファンを対象にしたアンケート調査と分析を通じて、コアなファンほど、満足にチケットを買えない状況に不満を持つことを指摘する9
(図表1)日本の音楽市場の推計・予測/(図表2)推し活の実施率と 
年間平均支出金額/(図表3)チケット転売に関する相談件数の推移
 
3 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「スポーツマーケティング基礎調査」
4 廣瀨涼. あの新入社員はなぜ歓迎会に参加しないのか. 一般社団法人 金融財政事情研究会. 2023-06-14
5 株式会社Paidy.みんなの推し活大調査2023.2023-11-01
6 株式会社国際社会経済研究所.ファンクラブ加入状況と公演チケット購入に関する調査.2024-11-28
7 その他条件は以下参照、  政府広報オンライン.チケットの高額転売は禁止です!チケット不正転売禁止法. 2024-10-21. https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201904/1.html
8 川崎大輝.WBCチケット20倍で転売、購入者「どうしても見たかった」…不正転売が消えない背景とは.読売新聞オンライン.2023-04-14
9 脚注6参照

3――転売対策とマイナンバーカードの機能は、相性が良い

転売の課題の一つに、買い占めがある。とりわけ、ネット販売は買い占めの垣根が低い。例えば、1人で架空名義のフリーメールを複数作成しチケットを買い占めるケースが指摘される(奥窪2024)。また近年、自動botと呼ばれる高速自動購入プログラムを駆使して買い占める人々も存在する。このような買い占めが横行すればするほど、他の希望者が購入しづらくなる。

もう一つの転売の課題として、本人確認の難しさがある。チケットの場合、特に入場時に、チケットの名義人と入場者が同一と証明してもらう必要もある。チケット不正転売禁止法では、入場者と名義人が同一か、興行主に対して確認するよう努力義務を課(法5条1項)しているが、スムーズな入場を妨げるとの指摘もあり確認の徹底には障壁が高い10

このような課題をうけ、デジタル省は2023年からマイナンバーカードを活用した転売防止にむけた実証実験を開始した。この実験は、買い占めや本人確認などにおける、マイナンバーカードの活用可能性の検証を大きな目的とするものだ。マイナンバーカードには電子証明書が備わっており、これを用いて対面・オンライン上のいずれにおいても本人であることを証明することができる11。また、マイナンバーカードは対面での顔認証にも使用できる。

こうした機能を活かし、様々なイベントで実証実験が行われている。例えば、ハロー!プロジェクトの音楽ライブでは、一部のチケット申込時に、マイナンバーカードを用いる「デジタル認証アプリ」を用いて、オンラインで本人確認を行う予定だ(2025年1月29日時点)12。これにより1ファン1回の申込を担保し、買い占めを防ぐ。また、2024年11月の明治安田J1リーグの試合会場では、マイナンバーカードと顔認証を用いた本人確認を実施し、なりすましや転売の防止に資するかを検証する実験が行われた13
 
10 経済産業省. 音楽産業の新たな時代に即したビジネスモデルの在り方に関する報告書.2024-07
11 河岸秀叔.地方自治体が進めるマイナンバーカード活用の意義と留意点を考える.ニッセイ基礎研究所.2024-12-06
12 ハロー!プロジェクトHP. 「Hello! Project ひなフェス 2025」マイナンバーカードを活用した特典付きチケット先行抽選受付のお知らせ. 2025-01-29
13 デジタル庁.平デジタル大臣、石川デジタル副大臣が「Jリーグ試合会場におけるマイナンバーカード活用に関する実証実験」を視察しました.2024-11-12

4――定着への課題-持ち歩いているが、持っていない若者-

エンターテイメント領域での活用には、10代・20代前後の若者をいかに巻き込むかが重要になろう。年に5日以上コンサートやスポーツ観戦に参加する人の割合は、若者ほど高い(図表4)。また、若者ほど推し活を実施していることを考えても、エンターテイメント領域での活用推進には、若者の積極的な利用が必要不可欠だろう。
(図表4)年に5日以上スポーツ観戦やコンサートに行く人の割合/(図表5)マイナンバーカード持ち歩いている人の割合(アンケート調査)/(図表6)人口に対するマイナンバーカードの保有枚数率
しかし、利用面については課題も想定される。若者はマイナンバーカードを持ち歩く反面、他年代と比べてマイナンバーカードの保有枚数率は低い(図表5、6)。比較的、まだ取得していない人が多い世代でもある。

これまで、マイナンバーカードの取得促進は、マイナポイントなどの明確な経済的メリットにけん引されてきた14。実際、10・20代の47.2%が、マイナポイントを取得のきっかけに挙げている。このように、取得の動機が経済的メリットに依存してきた現状を踏まえると、今後の取得促進には、セキュリティ上の不安の払拭や、「持ったら便利」というメッセージをより強く若者に伝える必要があると言えよう。

もちろん、まだ実証実験の段階である。ただ、転売対策として推進するのであれば、若者の約3割が未保有の現状は好ましくない。今後の実証実験の結果と、取得の進捗についても注視していきたい。
 
14 デジタル庁.業種別マイナンバーカード取得状況等調査.2024-03

(参考文献)
奥窪優木.転売ヤー 闇の経済学. 新潮新書.2024-11-20
 
 

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(2025年02月10日「研究員の眼」)

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総合政策研究部   研究員

河岸 秀叔 (かわぎし しゅうじ)

研究・専門分野
日本経済

経歴
  • 【職歴】
     2021年 日本生命保険相互会社入社
     2022年 ニッセイ基礎研究所へ

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【推し活時代の転売対策として、マイナンバーカードに集まる期待】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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