2025年01月21日

EUにおけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向2024-ソルベンシーIIの改正指令が最終化-

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3|ソルベンシーIIにおけるサステナビリティリスクの健全な取扱に関する最終報告書
EIOPAは2024年11月7日に、「ソルベンシーIIにおけるサステナビリティリスクの健全な取扱に関する最終報告書」を公表31し、その中で、保険会社の貸借対照表上の化石燃料資産の高リスクを反映するために、これらの資産に対する追加資本要件を推奨している32

これによると、既存の資本要件に対して、株式については最大17%の引き上げ、債券については、最大40%の引き上げを推奨している。

報告書は、持続可能な金融情報開示規則(SFDR)の下で進展が見られる一方で、ガバナンス、リスク管理、報告、情報開示に重点を置いた追加の健全性要件が正当化されると述べている。

また、報告書では、社会リスクが保険会社のバランスシート上の健全性リスクにどのように変換されるかを検証し、保険会社がORSAの一環として社会リスクの重要性を評価するための適用ガイダンスを開発するための今後の取り組みについて概説している。現在、データとリスクモデルが不足しているため、EIOPAは現段階での社会リスクの特定の健全な取扱いを推奨していない。
4|マクロプルーデンス分析を実施する保険会社の選定基準
EIOPAは、2024年10月17日に、各国の監督当局が(再)保険会社及び保険グループに対し、ORSA及びプルーデント・パーソン原則(PPP)の適用においてマクロプルーデンス分析を実施するよう要求できる基準に関する協議を開始した33

これによると、定量的基準では総資産が 120 億ユーロという臨界値を想定しており、これは金融安定性報告の対象となる会社を特定する際に使用される基準と一致している。さらに、監督上の判断に十分な余裕を持たせ、リスクに基づく考慮を選定プロセスに組み込むために、定性的基準も提案されている。
5|標準式におけるCCPs(中央清算機関)への直接エクスポージャーの資本要件の取扱
EIOPAは、2024年7月31日に、標準式における保険会社の適格中央清算機関(CCPs)への直接エクスポージャーの資本要件の取扱いに関する公開協議を開始した34

EEA(再)の保険会社は最近まで、デリバティブ取引の顧客として(つまり、清算会員の仲介を通じて)間接的にのみCCPsを利用しており、ソルベンシーIIでは、これらの間接的な取り決めに対する具体的な取り扱いを規定している。ただし、CCPsへの直接的なエクスポージャーは考慮されていないため、この場合には二者間エクスポージャーとして扱われ、結果として資本要件が高くなることになる。

これに対して、EIOPAは、以下の3つの政策オプションを提案している。なお、EIOPAは、デフォルト基金拠出35に対するリスク感応度も拡張されるため、(3)を推奨している。

(1)現行制度に変更はない(つまり、新しいアクセスモデルと直接的なエクスポージャーのリスクの特殊性を認識しない)。

(2)間接的なエクスポージャーの扱いを直接的なエクスポージャーに拡張する(つまり、リスクに対する感応度は高まるが、デフォルト基金拠出の特殊性は捉えない)。

(3)デフォルト基金拠出の取扱いを資本要件規制と関連させる。
 
34 https://www.eiopa.europa.eu/eiopa-consults-capital-treatment-insurers-direct-exposure-central-clearing-counterparties-standard-2024-07-31_en
35 全てのCCP sの清算会員は、清算会員が債務不履行に陥った場合に損失補償を行うためのデフォルト基金に拠出する必要があり、拠出金は相対的なリスクエクスポージャーによって異なっている。
6|比例措置
EIOPAは、2024年8月2日に、ソルベンシーIIに基づく新しい比例枠組みの今後の実施に関する公開協議を開始した36。この協議は、保険会社を比例措置の恩恵を受けるSNCUに分類する方法の微調整と、デフォルトでSNCUのカテゴリーに該当しない保険会社に同様の比例措置(つまり、一定の要件の緩和)を付与するための条件という2つの側面をカバーしている。

EIOPAは、SNCUに分類されていない保険会社に対して比例措置の使用を許可する条件について、3つの選択肢を検討し、定量的要素と定性的要素の両方に基づくハイブリッドアプローチを提案している。また、新しいフレームワークによって予見される8つの比例性指標のそれぞれについて、一連の条件を提案している。
7|暗号資産に対するリスク評価
EIOPAは、2024年10月24日に、EUの保険会社規制枠組みにおける暗号資産の標準式資本要件に関する技術勧告案について 公開協議を開始した37。欧州委員会の助言要請に応えて、EIOPAはEUの保険会社の暗号資産保有と、そのような保有に伴うリスクを分析した。この分析結果を踏まえて、EIOPAは貸借対照表の取扱いや投資構造にかかわらず、保険会社の暗号資産に100%のヘアカット(100%の資本要件)を提案している。
8|プルーデント・パーソン原則(PPP)の監督に関するピアレビュー結果と推奨措置の提唱
EIOPAは、2024年5月2日に、ソルベンシーIIに基づくプルーデント・パーソン原則(PPP)の監督に関するピアレビューの結果を発表した38

EIOPA は、プルーデント・パーソン原則の監督に関連する合計 15 の分野を特定して分析し、この要件の監督を強化して保険契約者の利益を保護するために、22 の各国監督当局(NCAs)に合計 49 の推奨措置を提唱している。

4―まとめ

4―まとめ

以上、今回のレポートでは、EUのソルベンシーIIレビューを巡る動きについて、最終決定したソルベンシーII指令の改正内容の概要及びそれに関連しての欧州委員会やEIOPAにおける「レベル2以下」の委任規則等の検討状況等について報告してきた。

前回の基礎研レポート「英国におけるソルベンシーⅡのレビューを巡る動向(その8)-2024年における動き(Brexit後の4年間の取組みが最終化)-」(2024.12.3)では、英国におけるソルベンシーIIのレビューの動向について報告した。英国においては、EU離脱後は独自で検討を進めることができることから、EUに比べると、より迅速に見直しが行われてきている。これに対してEUにおいては、加盟国間の調整や立法のためのEU内の各種のプロセスを経る必要があることから、より時間を有する形になっている。さらには、これからは各加盟国が国内法に導入していくプロセスも必要になってくる。もちろん、見直しの対象項目やそれらの影響等も異なっていることから、一概に両者の状況を比較することはできないが、少なくとも現時点で想定される実際の適用時期という観点からは、英国においてはEUに比べて2年は早く改革が実施される形になっている。これは、ある意味でBrexitが目指していたものを実現できているといえるのかもしれない。

これまでも繰り返し述べてきているが、今回のソルベンシーIIの見直しでは、EUと英国の改革の内容には、共通点と相違点がある。両者とも、経済活性化のための資本解放やサステナビリティへの対応といった観点から、改革が進められてきた。今回の改革では、保険業界が要望してきた資本要件の削減が1つの大きな焦点になってきた。実際に、今回の改革による資本要件の軽減額について、金利の状況等の前提条件(金利が上昇すると減少)によるが、EUでは数百億ユーロ(2023年11月のEIOPAの推計では426億ユーロ、2024年6月のS&P Global Ratingsの推定によれば最大800億ユーロ)と推計されている。また、英国では、今回の資本負担の軽減を受けて、保険会社がグリーンインフラと住宅プロジェクトに1,000億ポンドを投資することを約束している。

前回の基礎研レポートで述べたように、具体的な水準等は異なるものの、EUも英国もリスクマージンについて「修正資本コスト法」の導入や資本コスト率の引き下げにより、資本要件が大きく削減されていくことになる。

また、市場の短期的な変動への対応(変動性(ボラティリティ)の削減)という観点からは、EUではVAの改革が行われ、英国ではMAの改革が行われている。ただし、その主たる内容は、VAの改革はVA自体が抱える課題への対処を行いつつ、より会社固有の要素等を反映できるようにしたものであるのに対して、MAの改革はリスク管理体制の充実と併せて対象資産の拡大を行うことで、要件を緩和しているといった形で異なったものとなっている。ただし、いずれの改革においても、これらに伴って、かなりの資本要件が削減されることが想定されている。

なお、EUにおいては、長期株式投資についての資本要件の軽減も相当程度の水準になることが期待されているが、英国の改革ではこれに相当するものは含まれていない。

一方で、両者とも、報告要件の簡素化・削減や比例措置の拡大によって、保険会社の負担軽減を目指した改革が行われている。これに関連して、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は報告負担を25%削減するとの公約を述べていたし、英国のPRA(健全性規制機構)のサム・ウッズ副長官(deputy governor)は今回の一連の改革により報告要件を3分の1削減した、と述べている。ところが、例えばEUにおいては、流動性リスク管理計画、サステナビリティリスク管理計画、ORSAにおける長期気候変動シナリオ分析、保険契約者用と専門家用の2つSFCRの作成やSFCRに対する監査要件、先制的再建計画の作成等の新たな要件が追加されており、業務や報告の負担が増加し、規制の強化につながりかねない状況にもなっている。

いずれにしても、EUと英国の対応は必ずしも足並みを揃えたものではなくなってきていることから、EUのソルベンシーIIと英国のソルベンシーII(いわゆる、ソルベンシーUK)は、今後とも基礎的な考え方は共通しているものの、実際の適用基準等は異なるものとなってきており、その差異が拡がっていくことにもなってきている。

さて、EUのソルベンシーIIレビューについては、指令改正は最終決着し、その見直しの大きな方向性は確定したとはいうものの、実際の内容については、実施規則等の「レベル2以下」の規定に委ねられている部分も多い。これについては、現在、欧州委員会やEIOPAが検討を進めているところであり39、今回報告したものに加えて、今後そのさらなる具体的な内容が明らかになってくるものと思われる。欧州の保険業界団体であるInsurance Europeは、業界が望む内容への改正に向けて、協議への意見表明に加えて、引き続き関係者への働きかけ等を行ってきている。

EUは各種の規制の制定等において、常に先駆的に取組みを行ってきているが、一方で各種の規制制定40が保険会社を含む事業会社にとっては過度に複雑でコストのかかるものになってきて、他の国・地域の事業者との競争力への影響等の課題も指摘されてきている41。これに対する対策として、今回の指令改正においても一定程度の対応が図られているが、一方で具体的な実施のための基準等は「レベル2以下」の委任規則等で規定されることになるため、その内容がどのようなものになり、それによって実際の保険会社への影響がどの程度のものになるのかが、これからの重要な注目点となってくる。

2025年からは、IAISにおけるICS(保険資本基準)が導入されたとはいえ、EUにおけるソルベンシーIIは、経済価値ベースのソルベンシー規制の先行的な例として、今後もそのレビュー等の動向については、関係者にとって極めて関心の高い事項となっていることから、その動向を引き続き注視していくこととしたい。
 
39 EIOPAは、80以上の文書(技術基準、ガイドライン等)のレビューが必要になると想定されている。
40 EUにおいては、この2年間で、ソルベンシーII指令の改正に加えて、IRRD(保険再建・破綻処理指令)、DORA(デジタルオペレーショナルレジリエンス法)、CSRD(企業サステナビリティ報告指令)等が発効することになっている。
41 例えば、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、2024年11月27日に、規制上の課題に取り組み、イノベーションを促進し、安全性を高めることで欧州の経済的地位を強化することを目的とした取り組み「競争力コンパス(competitiveness compass)」を立ち上げるとしている、その中で、企業に対する規制の負担が重く、報告や重複が多く、遵守には複雑で費用がかかりすぎており、規則を簡素化して企業の負担を減らす必要がある、と述べている。

(2025年01月21日「基礎研レポート」)

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【EUにおけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向2024-ソルベンシーIIの改正指令が最終化-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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