2025年01月07日

オーストラリアのアドバイス制度の変遷について

保険研究部 主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任 植竹 康夫

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オーストラリアのファイナンシャル・アドバイザー(FA)制度は、消費者保護とアドバイスの利用促進を目的として大きな変革を遂げてきた。以下では、王立委員会の最終報告以前、最終報告を受けた変更、そして「Delivering Better Financial Outcomes(より良い財務結果:DBFO)」改革を中心とした最新の動向について説明する。

は1――アドバイス制度とは

1――アドバイス制度とは

アドバイス制度とは、個人や法人が適切な財務計画や投資戦略を立てるために、アドバイザーが専門的な助言を提供する仕組みである。この制度は、消費者が複雑な金融商品や市場にアクセスしやすくなることを目的としている。また、消費者保護、透明性の向上、利用者の最善利益を追求することが求められる。オーストラリアでは、この制度を通じて、消費者が自己資産を効率的に管理し、将来の経済的目標を達成することが期待されている。

2――アドバイス制度の最近の変遷

2――アドバイス制度の最近の変遷

12019年 王立委員会の最終報告以前
王立委員会(Royal Commission)は、銀行、スーパーアニュエーション、金融サービス業界における不正行為を調査するために設置された。王立委員会の最終報告書1によると、当時のアドバイス制度に対して以下のような課題が指摘された。
 
  • 無サービスに対する継続的な手数料の請求
    サービス(アドバイス)が提供されていないにも関わらず、多くの顧客が継続的に手数料を請求されていたことが判明した。さらに手数料は、消費者の投資口座、多くの場合はスーパーアニュエーション(退職年金)口座から差し引かれ、気づきにくい形で控除されていた。
     
  • 不適切なアドバイス内容
    顧客・アドバイザー・ライセンシー(アドバイザーの雇用主)との利益相反がある場合、顧客の利益を無視したアドバイスが提供される問題があった。
     
  • 懲戒制度の欠如
    不正行為を行ったアドバイザーに対する処罰・監督を実施する機関が細分化されており、不正行為に対して適切な処罰が下されにくい状況になっていた。
2王立委員会の最終報告を受けた変更(DBFO以前)
2019年に発表された王立委員会の最終報告では、上記の課題が明確に指摘され、業界全体の透明性と信頼性を高めるための具体的な提言が行われた。この報告を受け、以下の変更が実施された。
 
  1. 顧客の最善利益追求義務(ベストインタレストデューティー)の導入
    アドバイザーが顧客の最善利益を最優先に行動することを義務付ける規制が導入された。
     
  2. 教育基準の厳格化
    アドバイザーに対して、一定の学歴や資格を求める基準が設けられた。
     
  3. 手数料構造の見直し
    継続的な手数料やコミッションの透明性が求められ、適切な同意手続きが義務付けられた。
3DBFO改革(第一弾と第二弾)
王立委員会の改革後は逆に、過剰な規制による業界の負担や消費者の利用率低下が課題となった。これを受けて、オーストラリア政府によりDBFO改革が進められた。
〇第一弾(2024年7月施行)
  1. 手数料同意手続きの簡素化
    消費者とアドバイザーの手続きを簡素化し、アドバイスの利用ハードルを下げる措置が取られた。
     
  2. Statements of Advice2要件の緩和
    詳細な文書作成義務を削減し、コスト削減と効率向上が図られた。
 
2 アドバイザーが顧客に提出する文書。
〇第二弾(2024年12月発表)
  1. 新しい「簡易アドバイザー」クラスの導入
    簡易で低コストなアドバイスを提供する「簡易アドバイザー」の制度が設けられた。このクラスのアドバイザーは、限定的な範囲の商品に対し、簡潔で安全なアドバイスを提供することを目的としている。具体的には、基本的な金融商品に関する簡単な質問への対応や、複雑な戦略を伴わないアドバイスが中心である。また、資格要件としてオーストラリア資格フレームワーク(AQF)レベル53の修了が求められる。
     
  2. 最善利益追求義務の内容の見直し
    「プロセス重視」から「結果重視」へと改められ、消費者にとって有益な成果を重視する規制となった。
     
  3. Statements of Adviceの簡素化
    Statements of Adviceを、平易な英語で顧客のニーズに対応する原則に基づく記録(principles-based record)に代替する。これにより、アドバイス提供のコストを削減しながら、顧客が有益で利用しやすい情報を入手し、十分な情報を得た上で金融上の意思決定を行うことができるようにした。
     
  4. スーパーアニュエーションからの控除ルールに関する規則の明確化
    スーパーアニュエーション(退職年金)口座からのアドバイス料控除のルールが標準化され、どのようなアドバイスに対してスーパーアニュエーション口座から控除されるのかが明確化された。
 
3 オーストラリア政府が制定した全国的な資格体系。レベル5は準専門職(paraprofessional work)としての知識とスキルを有しているレベル(https://www.aqf.edu.au/framework/aqf-levels

3――DBFO改革と王立委員会の報告との関係

3――DBFO改革と王立委員会の報告との関係

DBFO改革は、一見すると王立委員会の最終報告で指摘された課題に逆行しているように見える。しかし、その背景には、王立委員会の提言を受けた規制強化がもたらした「過剰な引き締め」の影響があるようだ。

当初オーストラリア政府は、王立委員会の最終報告で指摘された金融業界の不正行為や不適切な慣行に対応するため、76項目の勧告すべてに対して措置を講じる方針を示した4。しかし、これらの改革が進む中で、業界からは以下のような過剰な規制が業務効率や消費者サービスに悪影響を及ぼすとの懸念が示されていた。そのため、政府はこれらの懸念を踏まえ、DBFO改革を通じて、規制のバランスを再検討し、業界の健全性と消費者保護の両立を図るための調整を行った。
 
  1. 業界への負担増加
    王立委員会後の厳格な規制により、アドバイザーの数が大幅に減少し、特に中小規模の事業者が市場から撤退する状況が生まれた。
     
  2. 消費者の利用率低下
    アドバイスのコストが上昇し、多くの消費者が専門的なアドバイスを受ける余地を失った。このため、消費者保護を維持しつつコスト削減を図る必要性が高まった。
     
  3. 規制のバランス調整
    過剰な規制が市場全体の効率を損なっているとの批判を受け、DBFO改革では規制の緩和と効率化を図ることが優先された。この流れにより、簡易アドバイザーの導入や文書作成義務の削減が進められた。
 
このように、王立委員会の勧告を受け入れつつも、実際の運用においては業界の実情や消費者ニーズを考慮し、適切なバランスを取るための検討が行われている。

4――今後の予定

4――今後の予定

DBFO改革は段階的に進行しており、2024年7月には第一段階が施行された。第二段階の施行は2025年の立法化を目指して進められている。これらの動向により、アドバイス制度がどのように進化していくか注目していきたい。

(2025年01月07日「保険・年金フォーカス」)

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保険研究部   主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任

植竹 康夫 (うえたけ やすお)

研究・専門分野
保険計理・保険会計

経歴
  • 【職歴】
    2007年 日本生命保険相互会社入社
    2024年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
    ・日本アクチュアリー会 正会員
    ・年金数理人

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