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2024年12月03日
英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その8)-2024年における動き(Brexit後の4年間の取組みが最終化)-
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5―まとめ
以上、今回のレポートでは、英国のソルベンシーIIレビューを巡る動きについて、前回のレポート以降に財務省やPRAによって公表されてきたソルベンシーIIの改革の概要とその結果としての(主として)2024年12月31日から適用されるEU由来のソルベンシーIIを改正した英国固有のソルベンシーUKの概要について報告してきた。
今回の財務省やPRAの改正内容については、リスクマージンやMAの改革のような、英国にとって影響が大きい項目39に焦点が当てられており、それ以外にも内部モデルの評価の簡素化やEUのソルベンシーIIに由来している措置や規定の見直し等、ソルベンシーII固有の項目に対するものが多い。ただし、報告要件の合理化や各種規制の簡素化の考え方、さらにはリスクマージンの方法論等、グローバルベースでの共通問題となっているものも含まれている。
以下では、日本における経済価値ベースのソルベンシー規制においても大きく関係してくると思われる項目の中から、リスクマージン、同等性評価、検討の進め方の3点に絞って、その影響等について述べておく。
39 EUにおいても、現在行われているソルベンシーIIのレビューにおいて、リスクマージンの見直しが行われることになっている一方で、MAを適用しているのは主としてスペインの保険会社のみであることから、MAの改革は検討されていない。ただし、VA(ボラティリティ調整)の基礎となるリスク修正後の信用スプレッドの割合を現行の65%から85%に増加させることになっている。一方で、英国においては、英国の保険会社での影響が大きいMAの改革は行われているが、VAについては殆ど使用されていないため検討されていない。
今回の財務省やPRAの改正内容については、リスクマージンやMAの改革のような、英国にとって影響が大きい項目39に焦点が当てられており、それ以外にも内部モデルの評価の簡素化やEUのソルベンシーIIに由来している措置や規定の見直し等、ソルベンシーII固有の項目に対するものが多い。ただし、報告要件の合理化や各種規制の簡素化の考え方、さらにはリスクマージンの方法論等、グローバルベースでの共通問題となっているものも含まれている。
以下では、日本における経済価値ベースのソルベンシー規制においても大きく関係してくると思われる項目の中から、リスクマージン、同等性評価、検討の進め方の3点に絞って、その影響等について述べておく。
39 EUにおいても、現在行われているソルベンシーIIのレビューにおいて、リスクマージンの見直しが行われることになっている一方で、MAを適用しているのは主としてスペインの保険会社のみであることから、MAの改革は検討されていない。ただし、VA(ボラティリティ調整)の基礎となるリスク修正後の信用スプレッドの割合を現行の65%から85%に増加させることになっている。一方で、英国においては、英国の保険会社での影響が大きいMAの改革は行われているが、VAについては殆ど使用されていないため検討されていない。
そもそも、英国やEUのソルベンシーIIにおける資本コスト法の採用自体、IAIS(保険監督者国際機構)において検討されてきたグローバルな保険資本基準であるICS(保険資本基準)が採用している「パーセンタイル法」とは異なる方法論となっている。
リスクマージンの算出における資本コスト法については、ソルベンシーII等に基づいて新たなソルベンシー規制を構築してきている国・地域において、採用あるいは採用の方向で検討されている方法論であることから、仮に英国やEUにおいてその方法論の見直しが行われていく場合には、これらの国・地域の制度設計等にも影響を与えていくことにもなる。日本の新たな経済価値ベースのソルベンシー規制においても、資本コスト法の採用が予定されている。一方で、韓国のように、ICSに準じる形で、パーセンタイル法に基づいて、リスクマージンを構築してきている国もある。
こうした中で、リスクマージンという重要なテーマにおいても、各国・地域間の手法が異なるという状況になっている。もちろん、各国・地域の保険・金融市場等の差異があり、それらを反映する形で監督当局等の考え方が異なってくることは適切であると考えられる。ただし、この場合には、各国・地域の監督当局等は自らが採用した方法論の妥当性を説明する責任が問われてくることになる。
リスクマージンの算出における資本コスト法については、ソルベンシーII等に基づいて新たなソルベンシー規制を構築してきている国・地域において、採用あるいは採用の方向で検討されている方法論であることから、仮に英国やEUにおいてその方法論の見直しが行われていく場合には、これらの国・地域の制度設計等にも影響を与えていくことにもなる。日本の新たな経済価値ベースのソルベンシー規制においても、資本コスト法の採用が予定されている。一方で、韓国のように、ICSに準じる形で、パーセンタイル法に基づいて、リスクマージンを構築してきている国もある。
こうした中で、リスクマージンという重要なテーマにおいても、各国・地域間の手法が異なるという状況になっている。もちろん、各国・地域の保険・金融市場等の差異があり、それらを反映する形で監督当局等の考え方が異なってくることは適切であると考えられる。ただし、この場合には、各国・地域の監督当局等は自らが採用した方法論の妥当性を説明する責任が問われてくることになる。
2|同等性評価の問題
今回の英国における改革により、法的な構造等を含めて、これまでのEU由来のソルベンシーIIからの離脱が果たされた形になっており、今後はこれをソルベンシーUKと呼ぶことになっていく。
今回の改革によるソルベンシーIIからの改正内容は、英国の保険市場独自に関連するものが中心になっており、EUのソルベンシーIIとは異なる形で、リスクマージンやMAの改革等が行われている。今回の改革には、基本的には標準式の見直し等については含まれていないが、これらについては、今後引き続きPRAによって検討がなされていくことになる。その際には、Brexitにより、これまではEUにおける調和も考慮しながら設定されてきた項目に対して、EUのソルベンシーIIのレビューの動向も一定見据えながらも、あくまでも英国の保険市場の特性に応じた必要な見直しが行われていくことになる。
この結果として、新たに英国において構築されていくソルベンシーUKは、EUのソルベンシーIIから一定程度乖離していくことにもなるが、そのEUのソルベンシーIIとの同等性評価やさらにはIAISのICSと「結果同等の」制度の実施として認められるのかが気になってくる40。
このように、英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向は、その具体的な改革内容はもちろんのこと、その結果としてのソルベンシーUKの、EUのソルベンシーIIやIAISのICSとの同等性評価、さらには米国のAM(合算法)を始めとする各国の資本規制に対する同等性評価等にも関わってくる問題となっている。
日本の生命保険会社の欧州におけるプレゼンスはこれまでのところ限定されたものとなっているが、米国やアジア・太平洋地域等においては一定のプレゼンスを有していることから、日本における新たな経済価値ベースのソルベンシー規制がICS等と同等であると評価されるか否かの問題は重要な意味を有している。
そもそもどのような基準に基づいて、各国のソルベンシー規制等の同等性を評価するのかについては、IAISが米国のAMの同等性評価のための基準を作成しており、EUも第三国の同等性評価を行ってきてはいるものの、必ずしも明確な基準があるわけではないように思われる。これについては、今後のICSの実施評価プロセス等を通じて、段階的に一定明確化されてくることが期待されることになる。
40 これに関連して、欧州の保険業界団体である Insurance Europeは、2023年6月の IAIS によるPCRとしてのICSに関する協議文書に対して、2023年9 月に「EU、英国及びスイスにおける ICS の実施として、それぞれソルベンシーII、ソルベンシーUK及びSST(スイスソルベンシーテスト)を支持している。」とし、「何らの変更や二重の報告要件がなく、これらがICSの実施として考慮されるべきである。」との意見を提出している。
今回の英国における改革により、法的な構造等を含めて、これまでのEU由来のソルベンシーIIからの離脱が果たされた形になっており、今後はこれをソルベンシーUKと呼ぶことになっていく。
今回の改革によるソルベンシーIIからの改正内容は、英国の保険市場独自に関連するものが中心になっており、EUのソルベンシーIIとは異なる形で、リスクマージンやMAの改革等が行われている。今回の改革には、基本的には標準式の見直し等については含まれていないが、これらについては、今後引き続きPRAによって検討がなされていくことになる。その際には、Brexitにより、これまではEUにおける調和も考慮しながら設定されてきた項目に対して、EUのソルベンシーIIのレビューの動向も一定見据えながらも、あくまでも英国の保険市場の特性に応じた必要な見直しが行われていくことになる。
この結果として、新たに英国において構築されていくソルベンシーUKは、EUのソルベンシーIIから一定程度乖離していくことにもなるが、そのEUのソルベンシーIIとの同等性評価やさらにはIAISのICSと「結果同等の」制度の実施として認められるのかが気になってくる40。
このように、英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向は、その具体的な改革内容はもちろんのこと、その結果としてのソルベンシーUKの、EUのソルベンシーIIやIAISのICSとの同等性評価、さらには米国のAM(合算法)を始めとする各国の資本規制に対する同等性評価等にも関わってくる問題となっている。
日本の生命保険会社の欧州におけるプレゼンスはこれまでのところ限定されたものとなっているが、米国やアジア・太平洋地域等においては一定のプレゼンスを有していることから、日本における新たな経済価値ベースのソルベンシー規制がICS等と同等であると評価されるか否かの問題は重要な意味を有している。
そもそもどのような基準に基づいて、各国のソルベンシー規制等の同等性を評価するのかについては、IAISが米国のAMの同等性評価のための基準を作成しており、EUも第三国の同等性評価を行ってきてはいるものの、必ずしも明確な基準があるわけではないように思われる。これについては、今後のICSの実施評価プロセス等を通じて、段階的に一定明確化されてくることが期待されることになる。
40 これに関連して、欧州の保険業界団体である Insurance Europeは、2023年6月の IAIS によるPCRとしてのICSに関する協議文書に対して、2023年9 月に「EU、英国及びスイスにおける ICS の実施として、それぞれソルベンシーII、ソルベンシーUK及びSST(スイスソルベンシーテスト)を支持している。」とし、「何らの変更や二重の報告要件がなく、これらがICSの実施として考慮されるべきである。」との意見を提出している。
3|レビュー内容の検討の進め方-監督当局による説明責任等-
今回のソルベンシーIIのレビューを進めるにあたって、英国の財務省やPRAは、各種の方式の検討を行い、その結果として採用する方式についてのメリットとデメリットを明確にした上で、最終的な改正内容の決定を行っている。さらには、その改正内容についての費用収益分析(コストベネフィット分析)も行って、その定量的評価等も開示し、なぜそれを採用したのかについての明確な説明も行っている。さらには、協議文書に対する意見に対する対応についての説明を行い、利害関係者からの質問等に答えるための場である、ラウンドテーブルも開催されてきている。加えて、PRAの幹部による各種の講演会等での説明等も行われてきている。
こうしたプロセスを通じて、監督当局によって構築されていく制度内容の説明責任が果たされてきている。このような状況は、EUにおけるEIOPAや欧州委員会等において決定されていくソルベンシーII(のレビュー)においても同様である。
日本の新たな経済価値ベースのソルベンシー規制の構築においても、同様のアプローチが取られてきてはいるが、引き続き、保険会社に対してのみならず、それ以外の利害関係者に対しても、同様の説明責任が果たされて、透明性の高い制度構築が行われていくことが望まれることになる。
以上、英国におけるソルベンシーIIのレビューは、グローバルベースで、各国・地域における新たなソルベンシー規制の構築の動きに、直接的・間接的に影響を与えていくことになる。加えて、その検討内容や検討プロセス等における透明性の確保等の問題は、日本における新たな経済価値ベースのソルベンシー規制の構築においても、参考になることが多くなっている。
今後とも英国におけるソルベンシーUKを巡る動きについては、EUにおけるソルベンシーIIの(レビュー等の)動きと併せて、関係者にとって極めて関心の高い事項となっていることから、その動向を引き続き注視していくこととしたい。
今回のソルベンシーIIのレビューを進めるにあたって、英国の財務省やPRAは、各種の方式の検討を行い、その結果として採用する方式についてのメリットとデメリットを明確にした上で、最終的な改正内容の決定を行っている。さらには、その改正内容についての費用収益分析(コストベネフィット分析)も行って、その定量的評価等も開示し、なぜそれを採用したのかについての明確な説明も行っている。さらには、協議文書に対する意見に対する対応についての説明を行い、利害関係者からの質問等に答えるための場である、ラウンドテーブルも開催されてきている。加えて、PRAの幹部による各種の講演会等での説明等も行われてきている。
こうしたプロセスを通じて、監督当局によって構築されていく制度内容の説明責任が果たされてきている。このような状況は、EUにおけるEIOPAや欧州委員会等において決定されていくソルベンシーII(のレビュー)においても同様である。
日本の新たな経済価値ベースのソルベンシー規制の構築においても、同様のアプローチが取られてきてはいるが、引き続き、保険会社に対してのみならず、それ以外の利害関係者に対しても、同様の説明責任が果たされて、透明性の高い制度構築が行われていくことが望まれることになる。
以上、英国におけるソルベンシーIIのレビューは、グローバルベースで、各国・地域における新たなソルベンシー規制の構築の動きに、直接的・間接的に影響を与えていくことになる。加えて、その検討内容や検討プロセス等における透明性の確保等の問題は、日本における新たな経済価値ベースのソルベンシー規制の構築においても、参考になることが多くなっている。
今後とも英国におけるソルベンシーUKを巡る動きについては、EUにおけるソルベンシーIIの(レビュー等の)動きと併せて、関係者にとって極めて関心の高い事項となっていることから、その動向を引き続き注視していくこととしたい。
(2024年12月03日「基礎研レポート」)
関連レポート
- 英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その7)-2023年に入ってからの動き(財務省とPRAが具体的な提案を公開)-
- 英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その6)-財務省による対応結果の公表等-
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- 英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その4)-英国政府による協議文書と業界等の反応-
- 英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その3)-英国政府が改革のヘッドラインを発表-
- 英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その2)-Brexit後の英国での検討の動き-
- 英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その1)-Brexit後の英国での検討の動き-
中村 亮一のレポート
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