2024年11月14日

中国「国10条3.0」-中国保険市場の成長指針

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1――国10条-保険市場成長のための指針

中国の保険市場は国や主務官庁による介入が強く、定められた指針に基づいた成長が求められている。今般、国務院は保険市場の発展の方向性を10項目で示した、通称「国10条」1を発表した。国10条はこれまで2回発表されており、1回目は2006年(1.0)、2回目は2014年(2.0)で、今般は10年ぶり3回目の「国10条3.0」となっている。国10条そのものは保険市場の成長度合に応じて、不定期で発表されている。

なお、2006年以降、国10条に加えて「保険業の5ヵ年計画」2も発表されており、達成すべき数値目標などが掲げられてきた。こちらは保険市場の主務官庁が定めており、2006~2020年までは収入保険料や総資産額、1人あたりの保険料収入、GDPに占める保険料収入の割合の数値目標を掲げることで、市場の拡大を企図した背景がある。2020年までは5年ごとにそれらがほぼ2倍となる目標値を設定していたがそれを概ね達成しており、この時期に市場の成長が急速に進んだことを裏付けている(図表1)。
図表1 中国保険業の5ヵ年計画における数値目標と実績
 
1 正式名称は「国務院関于加強監管防範風険推動保険業高質量発展的意見」である。
2 なお、2022年に「保険業標準化に関する第14次5ヵ年計画」が発表されているが、関連する数値目標は掲載されなかった。

2――国10条3.0

2――国10条3.0-監督管理の強化・リスク予防の強化・高品質な成長へと転換

これまで国10条1.0(2006年)では、保険の普及や迅速な市場規模の拡大が掲げられ、次の国10条2.0(2014年)では市場の安定的な規模拡大に加えて、社会保障の補完、リスク保障機能に注目が集まり、社会の安定への寄与に多くの期待が寄せられた。中国はこの間、世界第2位の保険市場に躍進し、国10条2.0で目標にしていた「2020年までに国際的な競争力をもつ「保険強国」となる」という目標も実現している。

一方、今般の国10条3.0は、上掲のような急成長を経て市場の成長が鈍化し、今後より成熟した成長を遂げていくにはどうすべきかといったタイミングで発表されている。国務院は今後の方針として、市場の監督管理の強化・リスク予防の強化・高品質な成長をその主軸とした。その理由は、急速な市場の規模拡大によってもたらされた課題や弊害が顕在化し、更に、経済成長の鈍化、所得の不安定化、消費の低下といったこれまでにない課題にも対峙する必要があるからである。

国10条3.0では、全体目標として2029年までに高品質な成長を遂げるための枠組みをつくり、2035年までに強力な国際競争力をもつ新たなステージに移行するとしている。なお、2029年に向けた高品質な成長には保険サービスの更なる改善、資産構成の最適化、ソルベンシー・マージン(支払余力)の充足化、コーポレートガバナンスの健全化を挙げている。また、2035年に向けては保険市場の体制の整備、商品・サービスの多様化、監督管理の有効化としており、現時点ではそれ以上踏み込んだ内容について示されていない。

なお、全体目標以外については、(2)保険市場参入の厳格化、(3)保険会社に対する継続的かつ厳格な監督、(4)違法行為に対する厳格な対処、(5)保険関連リスク発生の予防、(6)保険サービスと保障内容の向上、(7)保険事業による実体経済への貢献、(8)保険事業の更なる改革開放、(9)保険事業の持続可能性の強化、(10)政策との融合と高品質な成長の促進となっている(図表2参照)。
図表2 国10条3.0(概要)
図表2 国10条3.0(概要)<続き>

3――保険会社、保険商品が社会において果たす役割の拡大

3――保険会社、保険商品が社会において果たす役割の拡大

国10条3.0は、前回の国10条2.0から10年が経過し、その間の保険市場で起きた問題や事象が大きく反映されている。例えば、(2)保険市場参入の厳格化にはメガプラットフォーマーによる金融分野への参入とその後の規制強化がうかがえる。また、(3)保険会社に対する継続的かつ厳格な監督、(5)保険関連リスク発生の予防におけるALM管理の強化については2015~2016年に発生した短期・貯蓄型の生命保険契約の急増により、保険会社の中には資産と負債のデュレーションのミスマッチを抱える事態が発生し、それが尾を引いていることが分かる。(6)保険サービスと保障内容の向上では、近年、豪雨や洪水など大型の自然災害が多発しており、重大災害保険の重要性が以前よりさらに高まっている点も見られる。

一方で、近年の大きな課題としては少子高齢化の急速な進展がある。上掲の(6)保険サービスと保障内容の向上では、年金や介護保険などの更なる普及、個人養老金制度の投資商品の拡充、介護分野における保険会社によるサービス参入など、これまでに見られなかった内容についても言及されている。老後保障分野については、保険会社や保険商品が大きな役割を果たすことが期待されている点をうかがうことができる。このように、国10条3.0では、これまでの保険市場の規模拡大から変わって、より成熟した高いレベルでの成長、新たに浮上する課題への対応が定められている。経済成長の鈍化、高齢化の進展、消費の低下といったこれまでとは異なる社会情勢の中で、保険会社が果たす役割は更に大きくなっている。

(2024年11月14日「基礎研レター」)

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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019~2020年度・2023年度~)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員教授(2024年度~)
     ・千葉大学客員准教授(2023年度) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

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