2024年11月11日

医師の偏在是正はどこまで可能か-政府内で高まる対策強化論議の可能性と選択肢

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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9――検討組織で示された制度改正の論点と方向性

こうした経緯を踏まえ、厚生労働省の検討組織で議論が本格化した。先に触れた通り、偏在対策検討会が2024年1月から検討を開始しており、医学部の臨時定員を振り替える方向性などが武見氏の発言以前から議論されていた。

しかし、この偏在対策検討会では医学教育や医師養成課程の議論に留まるため、同年9月以降に開かれた社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)の医療部会と医療保険部会でも議論が始まった。さらに、2025年で期限切れを迎える地域医療構想の後継を議論するため、2024年3月から始動していた「新たな地域医療構想等に関する検討会」(以下、新構想検討会)でも偏在対策が話し合われることになった。

このうち、2024年10月に開催された新構想検討会では、近未来戦略に盛り込まれた「総合的な対策のパッケージ骨子案」に沿って、施策の選択肢や論点が網羅的に打ち出された。

以下、その以前の会議で示されていた案も含めて、内容を概観すると、骨子案の1番目に入った医師確保計画に関しては、図表4の通り、優先的かつ重点的に対策を進める区域を「重点医師偏在対策支援区域(仮称)」として設定する案とか、医師確保計画で「医師偏在是正プラン(仮称)」を作成して「重点医師偏在対策支援区域(仮称)」、対象医療機関、必要医師数を具体的に示す方向性が示された。

さらに、骨子案の2つ目に入っていた規制的手法に関しても、外来医師多数区域で開業を希望する医師に対し、地域で不足する医療機能を要請する仕組みの見直しが示された。具体的には、現行の仕組みはガイドラインにとどまっているため、医療法に明記する方針とともに、▽地域で不足している医療機能を担うという合意欄を届出書類に設け、協議の場で確認、▽合意欄での記載がないなど、新規開業者が外来医療機能の方針に従わない場合、新規開業者に対し、臨時の協議の場への出席を要請、▽臨時の協議の場で構成員と新規開業者で協議した内容を公表――といった形で、現行の仕組みを強化することの是非が示された。さらに、外来医師多数区域における開業の許可制とか、開業医の数などに関して上限を定める制度の是非も論点として提示された。
図表4:厚生労働省が示した医師偏在是正策の論点
このほか、保険医療機関の管理者を法律に規定するとともに、管理者要件として一定期間の保険医勤務経験を設定する選択肢も提示された。つまり、「保険医として一定期間、働くことの勤務義務化→自由診療に流れる医師の減少→保険医として働く医師の増加→偏在対策の解消に繋がる基盤づくり」という経路を期待していると考えられる。

経済的インセンティブの方策としては、税財源による誘導に加えて、診療報酬の活用も論点として挙げられた。地域枠や医師養成などについて、パートナーシップ協定を結んでいる新潟県など事例を参考に、その方策を検討する必要性も言及された。

では、こうした厚生労働省の検討に対し、どんな反応が寄せられているのだろうか。以下、近未来戦略に先立つ形で示された日医の考え方に加えて、検討組織における関係者、関係団体の発言を考察することで、選択肢を検討する際の論点を抽出する。

10――厚生労働省の案に対する反応

10――厚生労働省の案に対する反応

1|6項目に及ぶ日医の提案
日医の考え方は2024年8月、松本氏の記者会見で公表された。その概要は図表5の通りである。以下、記者会見における発言や資料、専門メディアの記事26などを参照しつつ、内容を整理すると、松本氏は記者会見で、「一つの手段で解決するような『魔法の杖』は存在せず、その解決のためには、あらゆる手段を駆使して複合的に対応していく必要がある」「もう一段階ギアを上げて、医師偏在対策に主体的かつ積極的に取り組み、地域医療の強化につなげていきたい」としつつ、「医師多数区域・少数区域といった全国一律の基準で物事を言うのではなく、行政、大学病院や派遣する病院、医師会、医療関係団体、住民の協議等を踏まえ、それぞれの地域で今何が足りないのか、どういったところが本当に必要なのかをまず議論すべきである」と説明した。
図表5:医師偏在に関して、6項目に渡る日本医師会の提案
最初の部分では、今後医師免許を取得する医師のキャリア形成に十分に配慮した上で、医師少数区域の勤務経験を地域医療支援病院の管理者に求めている要件を公的・公立病院に拡大する必要性とともに、医師少数区域における若手研修医の研修期間を伸ばすことが提案された。松本会長によると、「きちんとキャリアを進める研修プログラムを工夫し、地方で勤務したいというモチベーションを持ってもらえるよう環境を整えることが前提」としている。

2つ目の「医師少数地域の開業支援等」では、▽医師少数地域で診療所を開設する医師に対し、開設から一定期間の資金支援策を創設、▽医師少数地域で働く医師(勤務医・開業医)の確保・派遣を強化、▽診療所医師の高齢化による事業承継支援――などを挙げた。

3点目の「全国レベルの医師マッチング支援」では、医師少数区域などでの勤務を希望する医師に対し、リカレント研修や現場体験を実施しつつ、都道府県域を超える場合、医師少数地域での勤務を全国的にマッチングする仕組みを指している。会見では、日医が委託を受ける形で、女性医師の就業・復帰などを支援している「女性医師支援センター」のノウハウの活用も言及された。

4つ目の「保険診療実績要件」について、松本氏は「医師になったからには、一定期間、保険医療機関で保険医としてある程度勤務をしてほしいという願いがあり、それを担保する」「将来保険医療機関の管理者になるためには、保険医療機関で保険医として、一定期間勤務することを要件とすることを提案したい」と述べた。これは少し分かりにくいが、「美容整形などの自由診療に若手医師が進んでいることに対する牽制という意味合い」27と考えられる。

5番目の「地域医療貢献の枠組み推進」に関して、公表資料では「現行の地域に必要とされる医療機能を担うことへの要請の枠組みを制度化するとともに、地域で足りない医療機能を強化し、実績をフォローアップする仕組みを導入すべき」としており、これは外来医療計画の強化を意味している。既に触れた通り、現行の外来医療計画では新規開業する医師に対し、在宅医療など地域で不足する機能を担うことを要請するとともに、受けられない場合、調整会議などへの出席を要請し、その協議結果などを住民に公表することになっている。

しかし、松本会長は「それほど実践されていないのが現状」としつつ、強化策の選択肢として、「地域医療の実績を3年後に確認するなど継続的にフォローアップする仕組みの導入」を例示した。

6点目については、「医師偏在対策を5~10年で推進するため、1,000億円規模の基金を国で設置」する案であり、松本氏は「医師偏在対策はディスインセンティブで行うのではなく、補助金等によるインセンティブを設けるのが大前提」と強調した。
 
26 2024年9月2日『週刊社会保障』No.3282、同年9月1日『社会保険旬報』No.2938、8月21日『m3,com』配信記事。
27 村上正泰(2024)「日医の医師偏在対策について考える」2024年9月15日号『医薬経済』を参照。
2|日医の提案と近未来戦略などとの共通点
これらを見ると、日医会長の松本氏が「共通している部分が多かったように思う」28と評している通り、厚生労働省が示している案と、日医の6項目提案には重なっている部分が多いことに気付く。例えば、医師少数区域などでの勤務経験を求める管理者要件の拡大とか、外来医師多数区域に関する都道府県知事の権限強化は概ね共通している。さらに、基金の設置など経済的インセンティブの付与や全国的なマッチング支援も軌を一にしている。

このように方向性が一致している点が多いのは、松本氏が指摘する通り、「魔法の杖」が存在しないためであろう。つまり、幾つかの施策を同時並行的に実施する必要があり、両者の主張における共通点が大きくなったと言える。 

しかし、日医は伝統的に専門職集団としての自律性(プロフェッショナル・オートノミー)を重視しており、規制の大幅強化には警戒心も見られる。実際、2024年4月のNHK番組で、武見氏が「国家による医師の割り当て」に言及した際、同じ番組に出演していた日医名誉会長の横倉義武氏が「割り当てをするとなると、相当抵抗がある。強制じゃないやり方を考えていただきたい」と注文を付ける一幕があった29

さらに、番組から約1週間が過ぎた記者会見で、日医会長の松本氏も「いきなり強制的な力を働かせることには慎重になるべきだ」と釘を刺している30し、議論が本格始動した後も、松本氏は「拙速な対応をすることで、現場にハレーションを起こすことを懸念している」31と述べている。このため、両者の意見が全ての論点で一致しているわけではない。

さらに、厚生労働省の案は様々な選択肢が併記されており、2024年9月以降。厚生労働省の検討組織に議論の舞台が移ると、その内容を巡って関係者の意見対立が見られた。特に、開業の自由を制限する規制的手法には日医が難色を示す一方、診療報酬を用いた経済的な誘導策には健康保険組合連合会(以下、健保連)など保険料を支払う側がクギを刺す場面があった。このほか、「医師多数」「どちらにも属さない」とされた地域は偏在是正対策の対象外になるため、こうした地域から反発の声も出ている。

以下では、論議を「経済的なインセンティブと規制的手法を巡るせめぎ合い」「潜在的な地域間の対立」「管理者要件の拡大などの論点」に分けて概観する。
 
28 2024年10月1日『社会保険旬報』No.2941を参照。
29 2024年4月7日放映のNHK番組における発言。同日配信の『朝日新聞デジタル』記事を参照。
30 2024年4月17日の記者会見における発言。同日配信の『共同通信』記事を参照。
31 2024年10月1日『社会保険旬報』No.2941を参照。

(2024年11月11日「基礎研レポート」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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