2024年11月08日

英国金融政策(11月MPC公表)-新予算案を受けてインフレ見通しを上方修正

経済研究部 主任研究員 高山 武士

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

1.結果の概要:政策金利を引き下げ

英中央銀行のイングランド銀行(BOE:Bank of England)は金融政策委員会(MPC:Monetary Policy Committee)を開催し、10月7日に金融政策の方針を公表した。概要は以下の通り。
 

【金融政策決定内容】
政策金利(バンクレート)を4.75%に引き下げる(8対1で、1名は据え置き主張)

【議事要旨等(趣旨)】
成長率見通しは、24年1%、25年1.5%、26年1.25%、27年1.25%(25年を上方修正)
インフレ見通しは、24年2.25%、25年2.75%、26年2.25%、27年1.75%(10-12月期の前年比、25年・26年を上方修正)
24年の秋季予算案の政策効果でピーク時のGDPは0.75%程度、インフレ率は0.5%ポイント弱押し上げられる見通し
予算案のインフレへの影響は、雇用コストの上昇が価格、利益率、賃金や雇用に転嫁される度合いやスピードに依存する

2.金融政策の評価:予算案はインフレ圧力となり得るが、影響の判断には見極めが必要

イングランド銀行は今回のMPCで、市場予想の通り1、政策金利の0.25%ポイントの引き下げを決定した(決定は8対1で、反対派は据え置きを主張)。前回9月の会合では、新しい情報に乏しいという評価のもとで政策金利据え置きが決定されたが、今回はCPIデータや新政権発足後の財政政策を受けた新しい見通しも公表された。

MPCではインフレ率の評価について、ディスインフレ過程が続いていること、足もとでは2%目標を下回り8月時点の見通しより下振れていること、ただしサービスインフレのうち変動の大きい要素(航空運賃や宿泊など)の影響があり、またエネルギーインフレは前年比のベース効果による影響で押し下げ効果が剥落するため、引き続き注視が必要であること、などを指摘している。

先々については、10月30日に公表された新政権の予算案が総じて財政拡張的であることから、今回の更新された見通しでGDPとインフレ率が上方修正された(なお、見通しにおける政策金利の前提では、24年内の金利据え置き、25年の4回相当の利下げが想定されている2)。一方で、予算案のインフレや賃金への影響には不確実性が残り、見極めが必要であるとの見解も示している。また、ベイリー総裁は記者会見において米国の大統領選挙でトランプ氏が勝利したことに対して、世界経済の分断はリスク要因だという認識を示しつつ、判断するには時期尚早として現時点での経済や金融政策への影響についての評価は示さなかった。

今回の会合では、ディスインフレは従来の予想以上に進んでいるものの、予算案がインフレ圧力となる可能性があり、トランプ氏勝利の影響などの不透明感も引き続き残るため、段階的な利下げを前提にしつつもデータ次第で判断していく、という従来の姿勢が改めて確認された内容だったと言える。
 
1 例えば、ブルームバーグの予想中央値は据え置きだった
2 11月見通しにおける政策金利の前提は24年10-12月期で4.78%、25年10-12月期で3.72%、26年10-12月期で3.66%。ただし、会合前後の市場における政策金利予想は11月見通しで使われた前提よりも25年の利下げ想定が少ない。

3.金融政策の方針

今回のMPCで発表された金融政策の概要は以下の通り。
 
  • MPCは、金融政策を2%のインフレ目標として設定し、持続的な経済成長と雇用を支援する
    • MPCは中期的かつフォワードルッキングなアプローチを採用し、持続的なインフレ目標達成に必要な金融政策姿勢を決定する
 
  • 10月6日に終了した会合で、委員会は多数決により政策金利(バンクレート)を4.75%に引き下げる(8対1で決定3)、1名は政策金利を5%に据え置くことを希望した
 
  • 国内インフレ圧力の軽減はより鈍化しているが、ディスインフレは、特に依然の外的ショックが解消されていることで、引き続き進展している
 
  • CPIインフレ率は9月に1.7%まで低下したが、年末には前年比の比較でのエネルギー価格の低迷から外れるため、2.5%程度まで上昇する見込みである
    • サービスインフレは4.9%まで低下した
    • 民間部門の週当たり定期賃金上昇率は前年比で低下を続けているが、6-8月期では4.8%に高止まりしている
    • GDP成長率は今年下半期には前期比0.25%程度の基調的な伸びに戻ると見られる
    • MPCは、労働市場は引き続き緩和しているものの、時系列では相対的に引き締まっていると判断している
 
  • 金融政策は2%の目標を速やかかつ持続的に達成するために、残存するインフレ圧力を経済から削減する必要性に基づいている
    • 委員会での審議はインフレの持続性に影響を及ぼす各種のケースを検討することで支えられている
    • 11月の金融政策報告書(MPR)で、これらの3つのケースが詳しく公表されている
 
  • 1つ目のケースでは、多くの残存しているインフレの持続性が、インフレを加速させた世界的なショックが解消し、賃金や価格設定行動が正常化するに伴って、速やかに解消される
    • 2つ目のケースでは、これらの正常化が完全に進むのに、経済が弛む(slack)期間が必要となる
    • 3つ目のケースでは、インフレの持続性の一部が賃金や価格設定行動の構造的な変化を反映している
    • それぞれのケースで、どの程度金融政策の制限度合いを速やかに解消するかという含意が異なる
 
  • MPCの経済とインフレ率の最新の見通しは11月の報告書で公表されている
    • この見通しは2つ目のケースをもとにしている
    • 定例の先物の15日平均による金利を前提に、見通し期間の終盤に、国内の価格と賃金の2次的効果を抑制する弛み(slack)が発生し、CPIインフレ率は中期的に2%付近まで低下する
 
  • 8月の報告書と比較して、公表された2024年の秋季予算案の政策効果によって、1年後のピーク時のGDPは0.75%程度押し上げられると暫定的に見込んでいる
    • この予算案は、供給過剰幅を削減する間接的な効果と予算案措置の直接的な効果によって、CPIインフレ率のピークを0.5%ポイント弱押し上げると暫定的に見込んでいる
 
  • 労働市場の見通しには大きな不確実性が残存している
    • データは解釈が難しく、賃金上昇率は通常の関係から想定されるよりも高止まりしている
    • 予算案のインフレへの影響は、コストの上昇が、価格、利益率、賃金や雇用に転嫁される度合いやスピードに依存する
 
  • この会合で委員会は、ディスインフレの継続を反映して政策金利を4.75%に引き下げることを決定した
 
  • 現状に基づいて、政策引き締めを段階的に解消するアプローチが引き続き適切である
    • 金融政策は、中期的に、インフレ率の持続的な2%目標への回帰に対するリスクがさらに解消するまで、引き続き十分な期間(sufficiently long)、制限的にする必要がある
    • 委員会は引き続きインフレの持続性に対するリスクを注視し続け、各会合で金融政策の制限度合いを適切に決定する
 
3 今回反対票を投じたのはマン委員。前回は据え置きが決定されるなか、ディングラ委員が0.25%ポイントの利下げを主張した。

4.議事要旨の概要

記者会見の冒頭説明原稿や金融政策報告書および議事要旨の概要(上記金融政策の方針で触れられていない部分)において注目した内容(趣旨)は以下の通り。
 
  • GDP成長率見通しは、24年1%、25年1.5%、26年1.25%、27年1.25%
    (8月時点では、24年1.25%、25年1%、26年1.25%)
    • CPI上昇率は、24年2.25%、25年2.75%、26年2.25%、27年1.75%(10-12月期の前年比)
      (8月時点では、24年2.75%、25年2.25%、26年1.5%)
    • 失業率は、24年4.25%、25年4.25%、26年4.25%、27年4.5%(10-12月期)
      (8月時点では、24年4.5%、25年4.75%、26年4.75%)
 
(インフレ評価)
  • インフレ率は過去5か月、平均で2%程度まで下落して9月は1.7%となった
    • これは8月の見通しよりも0.4%ポイント低く、1年前の見通しよりも1.5%ポイント低い
    • 石油・ガス価格は1年前に市場が想定していたよりも著しく低い
    • 1年前の見通しと比較して下振れたのは、この他に食料価格、コア財、サービスのインフレの下振れも反映している
    • サービスインフレは9月に4.9%となり8月の見通しよりも0.6%ポイント低い
    • サービスインフレの最近の下振れは航空運賃や宿泊といった変動の大きい要素によって引き起こされている
    • ヘッドラインインフレの2%目標維持のため、サービスインフレがより広範囲に低下するか注視する必要がある
 
(当面の政策決定)
  • 予算案で公表された政策のいくつか、特に雇用主の国民保険料負担(NICs:National Insurance contributions)と最低賃金(NLW:National Living Wage)の引き上げは雇用負担を全体的に上昇させると見られる
    • このインフレ率への総合的な影響はコストが価格、賃金、雇用、その他の利益率や生産性にどの程度波及するのかの度合いとスピードに依存する
    • 一方では、高い労働コストは価格への転嫁が限定的であれば企業のキャッシュフローを制約するかもしれない
    • これは、労働需要を削減させることで賃金上昇の鈍化や労働市場の緩和となる可能性がある
    • 他方では、労働コストの上昇により、価格上昇圧力が生じて消費者へ転嫁されるとよりインフレ的になる可能性がある
 
(政策金利決定)
  • 今回の会合で8人のメンバーが政策金利を4.75%に引き下げることを希望した
    • 国内のインフレ圧力解消は遅くなっているものの、ディスインフレ過程は、特に依然の外的ショックが解消されるにつれて継続している
    • これらのメンバーが見ている3つのケースを取り巻く可能性やリスクは異なっているものの、今回の会合では政策金利の引き下げが適切であると確信していた
    • 引き続き時間をかけて広範囲な証拠を評価する予定である
 
  • 1人のメンバーは政策金利を5%に据え置くことを希望した
    • このメンバーにとって、賃金と価格設定行動における構造的な要因が引き続き基調的なディスインフレ過程を長引かせており、CPIインフレ率は予測期間の終わりまで2%目標を上回り続けると見ていた
    • 企業や労働者が最低賃金や国民保険料負担の過去および未来の調整を織り込むため、賃金動向は引き続き見通しよりも堅調に推移する可能性がある
    • これは、予算案に関連したより堅調な需要に沿う形で企業の値上げを支持する機会となる可能性が高い
    • こうした不確実性に直面していることから、政策金利を据え置くことで、上振れ圧力が顕在化するかを評価する時間を確保できる
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2024年11月08日「経済・金融フラッシュ」)

このレポートの関連カテゴリ

Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

     ・SBIR(Small Business Innovation Research)制度に係る内閣府スタートアップ
      アドバイザー(2024年4月~)

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

ピックアップ

レポート紹介

【英国金融政策(11月MPC公表)-新予算案を受けてインフレ見通しを上方修正】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

英国金融政策(11月MPC公表)-新予算案を受けてインフレ見通しを上方修正のレポート Topへ