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- 「MaaS」に見る地方創生~「十勝バス」の取組から考える人口減・高齢化時代のまちづくり~
コラム
2024年10月29日
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「地方創生」を最重要政策に掲げる石破総理は、地方創生交付金を当初予算ベースで倍増する方針を明らかにし、10月半ばには、自身を本部長とする「新しい地方経済・生活環境創生本部」を新設した1。初代・地方創生担当大臣だった石破総理への地方からの期待は大きい。このように関心が集まる地方創生だが、政府が本格的な政策を始めて10年が経っても、地方では、東京圏への人口流出と、出生数減少による人口減少が止まらない。そのような中で、これから地方にはどのような取組が期待されているのだろうか。
石破総理が衆議院を解散した10月9日の記者会見によると、それは、従来のまちおこしの延長ではなく、デジタル化を進めるなどにより、社会の在り方を大きく変える大改革なのだという2。そこで具体例として、地方創生担当大臣時代に見てきた “素敵だなと思えるような事例”として、石破総理の口から飛び出したのが、「帯広の十勝バス」など、地方の交通事業者だった。交通事業者による地方創生の取組とは、一体どのようなものだろうか。何がどう新しいのだろうか。筆者はまちづくりの専門ではないが、高齢者の移動サービスを研究する立場から、十勝バスの取組について、筆者が行った野村社長へのインタビュー調査などを基に、本稿で紹介したい。
「十勝バス」(本社・帯広市)は、北海道・十勝平野で、路線バス事業や貸切バス事業などを行う中小企業である。現在の野村文吾社長が2003年に就任してから、路線バスの利便性向上に取り組み、乗客を増やして黒字転換したが、コロナ禍で外出自粛が広まり、乗客が激減。住民の移動が減ったことで、地域のつながりが切断されたことから、まずは「コミュニティづくり」から始めようと考えた。そこで目を付けたエリアが、帯広市の田畑の中に戸建てが広がるオールドニュータウン「大空団地」(約1km2)である。全盛期は約9,000人いた人口が半減していたが、エリア内の小中学校が統合されて小中一貫校の開校が控えており、ファミリー層がじわりと増加しつつあった。また、十勝バスのメーン路線が運行する最終地点でもあった。
野村社長はコロナ禍真っ最中の2020年、「大空ミクロ戦略」と銘打って、まず住民が集まる拠点として、路線バスの停留所近くに焼き肉屋をオープンした。住民同士の交流を促そうと、店内の一角で地元野菜を販売したり、荷物の預かりサービスや宅配事業も実施したりした。そのほか、団地にスーパーがなかったので、バスに生鮮食品などを積んで販売する「マルシェバス」を開催したり、高齢者向けに、自宅付近まで送迎するオンデマンドタクシーを導入したりした。次第に人の移動が増えて、2年目には、市内の幹線道路と団地を結ぶ路線バスを増設。3年目には、物販やカフェ機能を持たせた新しい拠点をオープンし、路線バスやオンデマンドバスの待合所としても活用している。
また、トラックのドライバー不足から物流が停滞する「2024年問題」への対応を先取りする形で、路線バス車両の後部座席を貨物用に改装し、人とモノの両方を運ぶ貨客混載も進めている。さらに現在は、地元の不動産会社などと連携し、廃校となった小学校跡地で、商業施設や宅地を整備する再開発を進めている。
モビリティ分野では近年、デジタル技術を活用して、交通と異分野のサービスを連携させるMaaS(=Mobility as a Service、マース)が流行しているが3、大空ミクロ戦略では、交通サービスの他、生活サービスを中心に提供していることから、野村社長はこの取組を「生活MaaS」と称している。
ここで、十勝バスの事例から得られる地方創生に向けたヒントを、筆者なりに整理したい。
大きなポイントの第一は、人口減少を前提として、投資エリアを「選択と集中」していることだ。「コンパクト&ネットワーク」の概念である。野村社長は、帯広市郊外に位置する大空団地をひとつの拠点と位置づけ、生活関連サービスを集中投資し、団地の利便性と魅力を向上し、エリア外からの人口流入を目指している。
はじめに述べたように、地方の人口減少は加速しており、すべての地区で、企業や行政が、これまで通りのサービスを継続できないことは誰の目にも明らかだ。一定の人口集積が期待できるエリアを選択して集中投資し、利便性を上げて、周辺からの人口を緩やかに誘導する考えは合理的だと言える。
十勝バスがまちづくりに取り組むのはこれが初めてだが、実は、交通事業者による都市開発ということ自体は、今に始まった話ではない。阪急電鉄の創業者・小林一三が鉄道を延ばして沿線を不動産開発するビジネスモデルを構築し、後に、首都圏や関西圏の大手私鉄がこぞって取り入れたものとして有名である。しかし、それらとの大きな違いは、かつては人口増加時代に鉄道延長とともに行われた「拡張型」であるのに対し、十勝バスの大空ミクロ戦略は、人口減少局面に「集約型」として行っていることである。鉄道を拡張し、開発エリアを面的に拡大していくのではなく、寧ろ、路線とサービスを集約していくものである。
野村社長は、将来的には、バスの路線図自体を、まちづくりと合わせて、現在の「面」から「線」に戻していく構想を描いている。バスは基幹路線だけに集約し、本数を増やすなど充実させる一方で、周辺との移動は、タクシーやオンデマンドタクシーなど、個別輸送で代替するという考えである。
また、運送分野では、人を運ぶ旅客とモノを運ぶ物流を融合している。運送業界は、たまたま人手不足が先行しているために、現在は「ドライバー不足」が社会で広く認識されているが、問題の根本は、運送業界の労働条件の低さというよりも、人手不足という日本の長期トレンドによるものであり、今後はあらゆる業界で人手不足が悪化していくだろう。サービスを継続していくためには、今後は旅客と物流だけではなく、他の分野のサービスも束ねていく可能性があるだろう。
もうひとつ、“拠点”の選び方にもインプリケーションがある。日本では「コンパクトシティ」と言うと、富山市が市中心部で行うLRTを核とした交通まちづくりが有名で、「サービスを中心部に集約する」というイメージを持たれやすいかもしれないが、集約する拠点は、必ずしも自治体の玄関口である必要はなく、1か所に絞る必要もない。たとえ山間部であっても、郵便局やコミュニティセンターなどがあれば集落の「小さな拠点」として整備することはできるし、地域の人流に合わせて、複数の拠点を整備する方法もある。大切なのは、拠点と周辺をネットワークで結ぶことだろう。例えば高松市は近年、中心部から離れた郊外に鉄道駅を2か所開業し(うち1か所は予定)、それぞれ郊外各地や空港等との結節点として整備し、緩やかに居住誘導する「多核連携型コンパクト・エコシティ」を実践している4。
因みに、大空団地のように、小中学校の統廃合が、ファミリー層を引き付けているという点は興味深い。「学校の統廃合」というと、「地域のシンボルがなくなる」などとして、住民から反対の声が挙がることも多いが、統合によって生徒数が増え、多様な子どもの集団の中で育つ環境が整うならば、親への訴求力は高いと言えるし、廃校跡地は別の方法で活用する道がある5。
大きなポイントの第二は、オンデマンドタクシーの導入という形で、高齢者向けの移動手段の提供に取り組んでいる点である。上述したように、大空団地では、若いファミリー層が増えつつあるとはいうものの、全体としては高齢化が進んでいるのは、全国のオールドニュータウンと同じだからである。
全国の市町村の25%は、既に高齢化率が4割を超え、高齢者が主役というようなエリアである6。地域活性化のためには、高齢者に外出して、地域にお金を落としてもらわなければ、始まらない。そのために外せないのが、マイカー以外の交通手段を整備していくことだと言える。高齢者の移動の課題に取り組まずに、地方創生を成し遂げることはできないだろう。
ただしこの点については、十勝バスの取組もまだまだ途上である。野村社長によると、オンデマンドタクシーというサービスが、住民に浸透していないという。
オンデマンドタクシーの利用低迷という課題は、実は全国に共通する。近年、高齢者の移動手段としてオンデマンドタクシーを導入する自治体が増えているが、利用低迷に頭を痛めるケースが多い7。
なぜ利用が伸びないかと言うと、住民にとって移動手段というのは、ほとんど無意識の習慣になっているため、移動手段をシフトするということ自体が難しいからだ。特にオンデマンドタクシーという乗り物は、鉄道のように駅舎や線路がある訳ではなく、路線バスのように停留所や一目で分かる車両がある訳でもない。通常、ジャンボタクシーのような乗り物が運行しているだけなので、知らない人から見たら、普通のタクシーやマイカーと見分けがつかない。「事前予約制で、特定の乗降所まで送迎する」というサービス内容も、これまでのバスともタクシーとも違い、馴染みが無い高齢者には、使いやすい訳ではない。
従って、新しく導入したオンデマンドタクシーが、地域の高齢者に浸透していくためには、運営する自治体や運行する企業などが、自治会や高齢者の集まりに出向いて説明会を開いたり、地域の福祉・介護関係者が一堂に集まる「地域ケア会議」に参加してサービスの説明をしたりと、地道な取組が必要となる。また、運行エリアの事業所と連携して、クーポン券付きのチケットを配布するなど、乗車するきっかけを創出する工夫が必要となる。新しい乗り物を「知ってもらい、乗ってもらう」ための取組である。例えば大空団地であれば、十勝バスが運営するカフェや焼き肉店のクーポン券付きのチケットを配布したり、カフェの一角で健康教室を開いたりして、高齢者に乗車機会を提供するということも考えられるだろう。
「地方創生とはまちおこしの延長ではない」と石破総理が衆議院解散の会見で述べたように、地方創生は、切迫した課題である。日本中で人口減少と高齢化が進む中で、地方がこれからどうやって生き延びていくかというアイディアと関係者の連携、技術が求められているということだろう。
住宅がスプロール化し、人口が分散したままでは、行政サービスも民間サービスも行き届かない。野村社長は「今のままでは上下水道も除雪もできなくなる。まちの在り方自体を変えていかなえればならない」と筆者のインタビューで話していた。拠点を整備して人口集積を目指し、サービスを集約する「コンパクト&ネットワーク」の必要性が、ますます高まっているのではないだろうか。メディアでは最近、能登半島地震の被災地・石川県輪島市で、小学校統廃合の動向が否定的に報じられていたが、長期的な人口減少と高齢化を考えれば、早かれ遅かれ、踏み出す必要があったのではないだろうか8。
「MaaS」はもともと、発祥の地・フィンランドでは、デジタル技術を活用し、「複数の交通サービスをスマホから一括して検索・予約・決済できるサービス」を意味していたが、日本に概念が輸入されてからは、「交通と異分野のサービスとの連携」にという意味で用いられるケースが多い。MaaSの意味が改変されて日本でブームとなったのは、トヨタ自動車の豊田章男・前社長が「100年に1度の危機」と表現したように、世界中の環境規制強化などによって自動車業界が変革期に突入した状況に便乗し、異業種からモビリティ分野へと新規参入を目指す企業が相次いだからではないか、と筆者はこれまで感じていた。しかし、今にして思えば、「デジタル技術を活用し、交通を始めとする多様なサービスを束ね、効率的に住民に提供する」という“日本版MaaS”のフレームこそが、人・モノ・金という資源が先細る地方にとって、必要とされていると言えるのではないだろうか。
1 内閣官房ホームページ。
2 首相官邸ホームページ。
3 MaaSの本来の意味は、デジタル技術を用いて、消費者がスマホのアプリから、複数の交通手段を一括で検索・予約・決済できるようにした移動サービスや、その概念のことである。
4 日本経済新聞朝刊(2024年10月1日)。
5 小中学校が、地域の防災拠点や交流拠点としての機能を果たしている点は重要だが、教育機関である限り、最優先されるべきなのは子どもの利益であり、子どもが学び、育つための環境を整備することが最重要だと筆者は考えている。
6 国立社会保障・人口問題研究所(2023)「日本の地域別将来推計人口(令和5(2023)年推計) -令和2(2020)~32(2050)年-」
7 坊美生子(2023)「デマンド型交通の利用促進方法 ~カギは外出機会の創出と利便性向上にあり」(基礎研レポート)。
8 読売新聞朝刊(2024年10月21日)。
石破総理が衆議院を解散した10月9日の記者会見によると、それは、従来のまちおこしの延長ではなく、デジタル化を進めるなどにより、社会の在り方を大きく変える大改革なのだという2。そこで具体例として、地方創生担当大臣時代に見てきた “素敵だなと思えるような事例”として、石破総理の口から飛び出したのが、「帯広の十勝バス」など、地方の交通事業者だった。交通事業者による地方創生の取組とは、一体どのようなものだろうか。何がどう新しいのだろうか。筆者はまちづくりの専門ではないが、高齢者の移動サービスを研究する立場から、十勝バスの取組について、筆者が行った野村社長へのインタビュー調査などを基に、本稿で紹介したい。
「十勝バス」(本社・帯広市)は、北海道・十勝平野で、路線バス事業や貸切バス事業などを行う中小企業である。現在の野村文吾社長が2003年に就任してから、路線バスの利便性向上に取り組み、乗客を増やして黒字転換したが、コロナ禍で外出自粛が広まり、乗客が激減。住民の移動が減ったことで、地域のつながりが切断されたことから、まずは「コミュニティづくり」から始めようと考えた。そこで目を付けたエリアが、帯広市の田畑の中に戸建てが広がるオールドニュータウン「大空団地」(約1km2)である。全盛期は約9,000人いた人口が半減していたが、エリア内の小中学校が統合されて小中一貫校の開校が控えており、ファミリー層がじわりと増加しつつあった。また、十勝バスのメーン路線が運行する最終地点でもあった。
野村社長はコロナ禍真っ最中の2020年、「大空ミクロ戦略」と銘打って、まず住民が集まる拠点として、路線バスの停留所近くに焼き肉屋をオープンした。住民同士の交流を促そうと、店内の一角で地元野菜を販売したり、荷物の預かりサービスや宅配事業も実施したりした。そのほか、団地にスーパーがなかったので、バスに生鮮食品などを積んで販売する「マルシェバス」を開催したり、高齢者向けに、自宅付近まで送迎するオンデマンドタクシーを導入したりした。次第に人の移動が増えて、2年目には、市内の幹線道路と団地を結ぶ路線バスを増設。3年目には、物販やカフェ機能を持たせた新しい拠点をオープンし、路線バスやオンデマンドバスの待合所としても活用している。
また、トラックのドライバー不足から物流が停滞する「2024年問題」への対応を先取りする形で、路線バス車両の後部座席を貨物用に改装し、人とモノの両方を運ぶ貨客混載も進めている。さらに現在は、地元の不動産会社などと連携し、廃校となった小学校跡地で、商業施設や宅地を整備する再開発を進めている。
モビリティ分野では近年、デジタル技術を活用して、交通と異分野のサービスを連携させるMaaS(=Mobility as a Service、マース)が流行しているが3、大空ミクロ戦略では、交通サービスの他、生活サービスを中心に提供していることから、野村社長はこの取組を「生活MaaS」と称している。
ここで、十勝バスの事例から得られる地方創生に向けたヒントを、筆者なりに整理したい。
大きなポイントの第一は、人口減少を前提として、投資エリアを「選択と集中」していることだ。「コンパクト&ネットワーク」の概念である。野村社長は、帯広市郊外に位置する大空団地をひとつの拠点と位置づけ、生活関連サービスを集中投資し、団地の利便性と魅力を向上し、エリア外からの人口流入を目指している。
はじめに述べたように、地方の人口減少は加速しており、すべての地区で、企業や行政が、これまで通りのサービスを継続できないことは誰の目にも明らかだ。一定の人口集積が期待できるエリアを選択して集中投資し、利便性を上げて、周辺からの人口を緩やかに誘導する考えは合理的だと言える。
十勝バスがまちづくりに取り組むのはこれが初めてだが、実は、交通事業者による都市開発ということ自体は、今に始まった話ではない。阪急電鉄の創業者・小林一三が鉄道を延ばして沿線を不動産開発するビジネスモデルを構築し、後に、首都圏や関西圏の大手私鉄がこぞって取り入れたものとして有名である。しかし、それらとの大きな違いは、かつては人口増加時代に鉄道延長とともに行われた「拡張型」であるのに対し、十勝バスの大空ミクロ戦略は、人口減少局面に「集約型」として行っていることである。鉄道を拡張し、開発エリアを面的に拡大していくのではなく、寧ろ、路線とサービスを集約していくものである。
野村社長は、将来的には、バスの路線図自体を、まちづくりと合わせて、現在の「面」から「線」に戻していく構想を描いている。バスは基幹路線だけに集約し、本数を増やすなど充実させる一方で、周辺との移動は、タクシーやオンデマンドタクシーなど、個別輸送で代替するという考えである。
また、運送分野では、人を運ぶ旅客とモノを運ぶ物流を融合している。運送業界は、たまたま人手不足が先行しているために、現在は「ドライバー不足」が社会で広く認識されているが、問題の根本は、運送業界の労働条件の低さというよりも、人手不足という日本の長期トレンドによるものであり、今後はあらゆる業界で人手不足が悪化していくだろう。サービスを継続していくためには、今後は旅客と物流だけではなく、他の分野のサービスも束ねていく可能性があるだろう。
もうひとつ、“拠点”の選び方にもインプリケーションがある。日本では「コンパクトシティ」と言うと、富山市が市中心部で行うLRTを核とした交通まちづくりが有名で、「サービスを中心部に集約する」というイメージを持たれやすいかもしれないが、集約する拠点は、必ずしも自治体の玄関口である必要はなく、1か所に絞る必要もない。たとえ山間部であっても、郵便局やコミュニティセンターなどがあれば集落の「小さな拠点」として整備することはできるし、地域の人流に合わせて、複数の拠点を整備する方法もある。大切なのは、拠点と周辺をネットワークで結ぶことだろう。例えば高松市は近年、中心部から離れた郊外に鉄道駅を2か所開業し(うち1か所は予定)、それぞれ郊外各地や空港等との結節点として整備し、緩やかに居住誘導する「多核連携型コンパクト・エコシティ」を実践している4。
因みに、大空団地のように、小中学校の統廃合が、ファミリー層を引き付けているという点は興味深い。「学校の統廃合」というと、「地域のシンボルがなくなる」などとして、住民から反対の声が挙がることも多いが、統合によって生徒数が増え、多様な子どもの集団の中で育つ環境が整うならば、親への訴求力は高いと言えるし、廃校跡地は別の方法で活用する道がある5。
大きなポイントの第二は、オンデマンドタクシーの導入という形で、高齢者向けの移動手段の提供に取り組んでいる点である。上述したように、大空団地では、若いファミリー層が増えつつあるとはいうものの、全体としては高齢化が進んでいるのは、全国のオールドニュータウンと同じだからである。
全国の市町村の25%は、既に高齢化率が4割を超え、高齢者が主役というようなエリアである6。地域活性化のためには、高齢者に外出して、地域にお金を落としてもらわなければ、始まらない。そのために外せないのが、マイカー以外の交通手段を整備していくことだと言える。高齢者の移動の課題に取り組まずに、地方創生を成し遂げることはできないだろう。
ただしこの点については、十勝バスの取組もまだまだ途上である。野村社長によると、オンデマンドタクシーというサービスが、住民に浸透していないという。
オンデマンドタクシーの利用低迷という課題は、実は全国に共通する。近年、高齢者の移動手段としてオンデマンドタクシーを導入する自治体が増えているが、利用低迷に頭を痛めるケースが多い7。
なぜ利用が伸びないかと言うと、住民にとって移動手段というのは、ほとんど無意識の習慣になっているため、移動手段をシフトするということ自体が難しいからだ。特にオンデマンドタクシーという乗り物は、鉄道のように駅舎や線路がある訳ではなく、路線バスのように停留所や一目で分かる車両がある訳でもない。通常、ジャンボタクシーのような乗り物が運行しているだけなので、知らない人から見たら、普通のタクシーやマイカーと見分けがつかない。「事前予約制で、特定の乗降所まで送迎する」というサービス内容も、これまでのバスともタクシーとも違い、馴染みが無い高齢者には、使いやすい訳ではない。
従って、新しく導入したオンデマンドタクシーが、地域の高齢者に浸透していくためには、運営する自治体や運行する企業などが、自治会や高齢者の集まりに出向いて説明会を開いたり、地域の福祉・介護関係者が一堂に集まる「地域ケア会議」に参加してサービスの説明をしたりと、地道な取組が必要となる。また、運行エリアの事業所と連携して、クーポン券付きのチケットを配布するなど、乗車するきっかけを創出する工夫が必要となる。新しい乗り物を「知ってもらい、乗ってもらう」ための取組である。例えば大空団地であれば、十勝バスが運営するカフェや焼き肉店のクーポン券付きのチケットを配布したり、カフェの一角で健康教室を開いたりして、高齢者に乗車機会を提供するということも考えられるだろう。
「地方創生とはまちおこしの延長ではない」と石破総理が衆議院解散の会見で述べたように、地方創生は、切迫した課題である。日本中で人口減少と高齢化が進む中で、地方がこれからどうやって生き延びていくかというアイディアと関係者の連携、技術が求められているということだろう。
住宅がスプロール化し、人口が分散したままでは、行政サービスも民間サービスも行き届かない。野村社長は「今のままでは上下水道も除雪もできなくなる。まちの在り方自体を変えていかなえればならない」と筆者のインタビューで話していた。拠点を整備して人口集積を目指し、サービスを集約する「コンパクト&ネットワーク」の必要性が、ますます高まっているのではないだろうか。メディアでは最近、能登半島地震の被災地・石川県輪島市で、小学校統廃合の動向が否定的に報じられていたが、長期的な人口減少と高齢化を考えれば、早かれ遅かれ、踏み出す必要があったのではないだろうか8。
「MaaS」はもともと、発祥の地・フィンランドでは、デジタル技術を活用し、「複数の交通サービスをスマホから一括して検索・予約・決済できるサービス」を意味していたが、日本に概念が輸入されてからは、「交通と異分野のサービスとの連携」にという意味で用いられるケースが多い。MaaSの意味が改変されて日本でブームとなったのは、トヨタ自動車の豊田章男・前社長が「100年に1度の危機」と表現したように、世界中の環境規制強化などによって自動車業界が変革期に突入した状況に便乗し、異業種からモビリティ分野へと新規参入を目指す企業が相次いだからではないか、と筆者はこれまで感じていた。しかし、今にして思えば、「デジタル技術を活用し、交通を始めとする多様なサービスを束ね、効率的に住民に提供する」という“日本版MaaS”のフレームこそが、人・モノ・金という資源が先細る地方にとって、必要とされていると言えるのではないだろうか。
1 内閣官房ホームページ。
2 首相官邸ホームページ。
3 MaaSの本来の意味は、デジタル技術を用いて、消費者がスマホのアプリから、複数の交通手段を一括で検索・予約・決済できるようにした移動サービスや、その概念のことである。
4 日本経済新聞朝刊(2024年10月1日)。
5 小中学校が、地域の防災拠点や交流拠点としての機能を果たしている点は重要だが、教育機関である限り、最優先されるべきなのは子どもの利益であり、子どもが学び、育つための環境を整備することが最重要だと筆者は考えている。
6 国立社会保障・人口問題研究所(2023)「日本の地域別将来推計人口(令和5(2023)年推計) -令和2(2020)~32(2050)年-」
7 坊美生子(2023)「デマンド型交通の利用促進方法 ~カギは外出機会の創出と利便性向上にあり」(基礎研レポート)。
8 読売新聞朝刊(2024年10月21日)。
(2024年10月29日「研究員の眼」)
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03-3512-1821
経歴
- 【職歴】
2002年 読売新聞大阪本社入社
2017年 ニッセイ基礎研究所入社
【委員活動】
2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
2023年度 日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員
坊 美生子のレポート
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