2024年10月25日

副業・兼業で広がるキャリア戦略~会社視点の働き方改革から生き方改革へ~

金融研究部 准主任研究員・サステナビリティ投資推進室兼任 原田 哲志

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1――世界で最も低い日本の従業員エンゲージメント

米国の調査会社ギャラップが行った「グローバル職場環境調査」によれば、仕事への熱意・会社への愛着(エンゲージメント)を持つ従業員の割合は世界全体では23%だったのに対して日本ではわずか6%にとどまった(図表1)。また、世界全体での従業員エンゲージメントは上昇が続いているのに対して、日本の従業員エンゲージメントは調査対象の国の中でも最低水準の状況が続いている(図表2)。

同社は「長年続いている終身雇用制度」や「会社の方向性について従業員が提案することが少ない受動的な風土」が日本の従業員エンゲージメントの低さの要因だと指摘している。また、同社は従業員エンゲージメントの低さによって、日本では2023年には86兆円の機会損失が生じたと指摘している。こうした従業員エンゲージメントの低さは、日本の経済や社会の停滞につながっている可能性がある。
図表1 仕事への熱意や職場への愛着を示す社員の割合
図表2 世界と日本で差が広がる従業員エンゲージメント

2――副業・兼業による柔軟な働き方の実現

2――副業・兼業による柔軟な働き方の実現

こうした中、日本では2016年に政府により「働き方改革実現会議」が設置されて以来、働き方の改善に向けて様々な取組みが行われている。

働き方改革実現会議では、「経済成長の隘路の根本は、人口問題という構造的な問題に加え、イノベーションの欠如による生産性向上の低迷、革新的技術への投資不足」と指摘している。また、現在の日本の労働制度と働き方にある課題として(1)正規、非正規の不合理な処遇の差、(2)長時間労働、(3)単線型の日本のキャリアパスを挙げた。この上で、「日本経済の再生を実現するためには、投資やイノベーションの促進を通じた付加価値生産性の向上と、労働参加率の向上を図ることが必要」とし、その実現に向けて、現在も様々な「働き方改革」の推進が続けられている(図表3)。
図表3 働き方改革実行計画
こうした働き方改革の一環として政府は「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を公表し、副業・兼業を推進している。日本企業の労働環境については、低生産性、長時間労働、過剰なストレス、高齢化による技能不足など様々な問題点が指摘されている。副業・兼業の促進により「柔軟な働き方がしやすい環境」を整備することで、日本の労働に関する諸問題の背景となっている硬直的な労働環境を変えることが期待される。副業・兼業は労働者自身が持つスキルや知見を一企業にとらわれず幅広く社会で発揮することにつながるためだ。

日本では、特に地方・中小企業での人手不足が深刻と言われる一方で、東京・大企業では自分の能力を活かせる場に恵まれず人材が滞留していることも考えられる。副業・兼業により、自らの希望する働き方を選びやすい環境を作っていくことは、都市部の人材を地方で活かすことによる地方創生や中小企業やスタートアップの活性化など社会全体の発展につながり得る。

労働者自身にとっても、副業・兼業は現在の日本の慣習や制度による単線的なキャリアを変え、自律的なキャリア形成を促し生産性向上や革新的技術を促進していくことが期待される。

また、副業・兼業は従業員にとっては収入が増えるという分かりやすいメリットがある。企業の年功序列や終身雇用といった慣行の維持が難しくなる状況で、今後の昇給が見込めないといった場合、副業・兼業は単に収入を増やすだけでなく収入源を増やすことで将来に向けての安定や安心感が期待できる。また、副業・兼業はキャリア形成の幅を広げることにもつながる。本業を継続することで、収入面でのリスクを抑えて未経験の分野での仕事や起業に挑戦することができる。

一方、企業にとっても副業・兼業により柔軟な人材活用を行うことでの高度人材の活用や、自社で不足しているスキルの獲得を行いやすくなるというメリットが期待される。

3――副業・兼業の普及が進む

3――副業・兼業の普及が進む

次に現状の企業の副業・兼業の受け入れ・送り出しの状況について見ていきたい。経団連の調査によれば、副業・兼業の受け入れ・送り出しを行う企業の割合は増加が続いている(図表4,5)。送り出しを行う企業の割合は2012年以前の24.4%から2022年には53.1%まで増加している。受け入れを行う企業の割合は2012年以前の6.5%から2022年には16.4%まで増加している。特に、コロナ禍の発生によりリモートワークの普及をはじめ働き方の変化が進んだ2020年以降、増加が加速している。ただし、2022年時点で送り出し企業が53.1%に対して、受け入れ企業は16.4%にとどまっており、副業・兼業の送り出しが進む一方で、受け入れが進んでいない状況も示されている。
図表4 副業・兼業の送り出しを行う企業の割合
図表5 副業・兼業の受け入れを行う企業の割合
​副業・兼業者を受け入れるにあたっては、業務の切り出しや関連法規といったノウハウ・知識が必要となるが、特に初めて副業・兼業者を受け入れる企業ではこうした知識の不足が障壁となる。現状で副業・兼業者の受け入れを行っておらず制度自体がない企業では、外部から人材を受け入れることへの不安感も障壁となる。

また、業務委託契約により副業・兼業者を受け入れる場合、副業・兼業者が業務委託でなく労働者とみなされるリスクがある。業務委託では、企業は社会保険料の負担がないメリットがある。しかし、形式上業務委託であっても、勤務時間や場所の拘束があるなど実質的に労働者とみなされる場合には、社会保険料の負担など労働者としての扱いが必要となる。

こうした課題があるが、同調査によれば、従業員三百人未満の企業は全回答企業の平均と比べて、副業・兼業の受け入れている割合が高いことが示されている。中小企業では、大企業と比べて副業・兼業を活用し人材を獲得するメリットが大きいと考えられる。

副業・兼業の受け入れについて、経済産業省は「社内にない技術やノウハウを補えるため、一度利用した企業はリピートすることが多い」と指摘している。また、副業・兼業者側も「過去の支援実績やパフォーマンスを見える化することが大事である」と指摘している。副業・兼業の受け入れは準備に労力が必要だが、一旦体制を整えた後は有効な人材獲得手段となり得る。同時に副業・兼業者側でも単に与えられた業務を行うだけでなく、スムーズな連携を行えるように能動的に行動することが望まれる。副業・兼業に関するノウハウや成功事例の蓄積による副業・兼業のさらなる普及の促進が期待される。
 

(2024年10月25日「基礎研レポート」)

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金融研究部   准主任研究員・サステナビリティ投資推進室兼任

原田 哲志 (はらだ さとし)

研究・専門分野
資産運用、ESG

経歴
  • 【職歴】
    2008年 大和証券SMBC(現大和証券)入社
         大和証券投資信託委託株式会社、株式会社大和ファンド・コンサルティングを経て
    2019年 ニッセイ基礎研究所(現職)

    【加入団体等】
     ・公益社団法人 日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・修士(工学)

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