2024年10月23日

大学卒女性の働き方別生涯賃金の推計(令和5年調査より)-正社員で2人出産・育休・時短で2億円超、男性並で3億円超

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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・短時間勤務制度利用時の取扱い
短時間勤務時は残業を行わないため、超過労働給与額を含む「きまって支給する現金給与額」ではなく「所定内給与額」を用いて年収を推計する。また、賃金水準は労働時間数比率(6時間/8時間=75%)を乗じた値とする。また、短時間勤務期間の経過年数は、実年数の75%とし(例えば、短時間勤務を8年間利用した場合、フルタイム勤務6年分に相当)、フルタイム復帰時には、その経過年数に相当するケースAの年齢別賃金に接続する。

・55歳以降の取扱い(正規雇用者)
正規雇用者の55歳以降の賃金は、ケースによらず同水準とする(標準労働者では55歳を境に「所定内給与額」が大きく減るが、ケースによる違いには様々な仮定が必要であり、今回は設定しない)。また、60歳~64歳については再雇用として雇用形態が変わる場合が多くあることを想定し、雇用期間の定めのある非正規雇用者の年齢階級別賃金を用いる。

なお、近年、高年齢者雇用安定法の改正によって、定年年齢の引き上げや継続雇用の拡充等が実施されているが、厚生労働省「令和5年高年齢者雇用状況等報告4」によると、60歳定年(66.4%)とする企業が圧倒的に多く、次いで65歳(23.5%)が続く(図表10)。なお、60歳定年の企業における定年到達者のその後の状況を見ると、継続雇用が約9割を占めて圧倒的に多い(図表11)。
図表10 企業における定年到の動向/図表11 60歳定年企業における定年到達者等の状況
 
4 集計対象は、全国の常時雇用する労働者が21人以上の企業237,006社。うち大企業(301人以上)17,019社、中小企業(21~300人)219,987 社。
・非正規雇用者の取扱い
非正規雇用者の賃金は、「正社員・正職員以外」の値を用いる。育休から復職時の賃金水準は、標準労働者と同様に休業前と同等とする。なお、ケースA-Bにて標準労働者が非正規雇用者として復職する際の賃金水準は、第1子出産退職時と同年齢の非正規雇用者と同等とする。
 
・退職金の取扱い
正規雇用者の退職金は、厚生労働省「令和5年就労条件総合調査」の1人平均退職給付額を用いる。ただし、男女別の数値がないため、男女計のものを、学歴種別では大学卒の数値がないため、大学・大学院卒のものを用いる5。また、出産等による休業のない場合は、勤続年数階級35年以上の値、育休を利用した場合は勤続年数階級30~34年の値(60歳で退職の場合)、第1子出産時に退職した場合は勤続年数階級20~24年の値に勤続年数比率を乗じた値とする。
 
5 平成30年調査から学歴種別は大学卒から大学・大学院卒へと変更。よって、実際の大学卒の女性の平均退職給付額より多い可能性がある。

4――大学卒女性の生涯賃金の推計結果

4――大学卒女性の生涯賃金の推計結果~正社員で2人出産・育休・時短利用でも2億円超

160歳で退職の場合~正社員で2人出産・育休・時短利用で2億円超、パート再就職で約7500万円
女性が大学卒業後に直ちに就職し、同一企業等で休職することなく60歳まで働き続けた場合(ケースA)の生涯賃金は2億5,183万円となる(図表12)。なお、参考までに、同様の形で働き続けた男性では3億246万円となる(女性より+5,063万円)。
図表12 女性の働き方ケース別生涯賃金(60歳で退職した場合)
図表13 女性のA(標準労働者)の年齢別賃金の比較 なお、前回の推計6(年齢別賃金は厚生労働省「令和3年賃金構造基本統計調査」、退職金は厚生労働省「平成30年就労条件総合調査(退職給付額の調査は5年毎実施)」)では、ケースAは2億5,570万円であり、今回は▲387万円少なくなっていた。内訳を見ると、年齢別賃金の合計(2億3,397万円)は▲251万円、退職金(2,173万円)は▲136万円となっていた。年齢別賃金について詳しく見ると、20・30歳代では今回の方が前回を上回っていたが、年齢が上がるにつれて、前回の方が上回る年齢が増え、48歳~55歳にかけて50万円~100万円ほどの差がひらいていた(図表13)。

なお、前々回の推計(「平成27年賃金構造基本統計調査」と退職金は厚生労働省「平成25年就労条件総合調査」)と比べても同様の傾向が見られたが、その差はさらに大きく(ケースAは2億6,077万円で今回が▲894万円下回る。年齢別賃金の合計で▲514万円、退職金で▲380万円)、年齢別賃金の比較では、前回推計との比較と比べて、さらに若い年代で差がひらいていた(42~54歳)。

これらの要因としては、女性の賃金が下がったということよりも、働く女性の増加により、女性の労働力の質が変化し、年収層の幅が広がったことが考えられる。例えば、2015年の統計を基にした推計における55歳の女性は、1990年頃に大学を卒業し、定年まで働き続けた女性である。当時、女性の大学進学率は1割程度であり7、1986年に男女雇用機会均等法が制定されて間もなく採用された、いわゆる「均等法第一世代」である。総合職として入社したものの、結婚や出産、子育てを理由に退職する女性が多い中、働き続けた層は非常に限定的であり、高収入層に属すると考えられる。

なお、年齢別賃金の推計値について、若い年代では今回が、年齢とともに過去の推計が上回る傾向は、標準労働者の賃金を用いて産・育休を取得したケース(A-AやT1、T2)でも同様である。ただし、産・育休による休業期間によって、過去と比べて賃金の差が大きくひらく年代(50代後半の一部)が含まれない一方で、20・30歳代での賃金増加効果が比較的大きく出るために、全年齢を合計すると、今回の推計値が過去の推計値をやや上回る。

さて、図表12の大学卒の女性が60歳で退職した場合について働き方ケース別に生涯賃金を推計した結果に戻ると、2人の子を出産し、それぞれ産前産後休業制度と育児休業制度を合計1年間(2人分で合計2年間)利用し、フルタイムで復職した場合(A-A)の生涯賃金は2億3,092万円、復職時に時間短縮勤務制度を利用し、子が3歳まで時短勤務を利用した場合(A-T1)は2億2,296万円、小学校入学前まで利用した場合(A-T2)は2億1,550万円となる。

つまり、2人の子を出産し、それぞれ産休・育休を1年取得し、復職後には時短勤務を利用したとしても、生涯賃金は2億円を優に超える。ただし、本稿における推計では、育休から復職後は、すみやかに休業以前の状況に戻ることを想定しているが、実際には仕事と家庭の両立負担は大きく、職場と家庭双方の両立支援環境が充実していなければ、休職前と同様に働くことは難しいだろう。また、人事評価上の問題(休職期間が生じることが実質的には不利になる可能性など)や、周囲や本人の意識の問題(本人の希望によらず負担の少ない仕事を与えられる、あるいは本人の仕事と家庭に対する優先順位の変化など)などもあるだろう。一方で冒頭に示した女性の職業生活に関わる状況の改善傾向をかんがみれば、すみやかな復職を希望する場合は、それを実現しやすい環境が拡大していることを今後とも期待したい。

一方で、第1子出産後に退職し、第2子就学時にフルタイムの非正規雇用者として再就職した場合(A-R-B)の生涯賃金は1億125万円となる(A―T2より△1億1,425万円、△53.0%)。また、以前はМ字カーブ問題として指摘されていたように、出産を機に退職し、子育てが一旦落ち着いてからパートで再就職した場合(第1子出産後に退職し、第2子就学時にパートで再就職:A-R-P)は7,535万円(同△1億4,015万円、△65.0%)となる。

なお、出産前後で退職せずに就業継続した場合のA-AやA-T1・T2と、退職してパートで再就職するA-R-Pの生涯賃金を比べると1億5千万円前後の差が生じることになる。この金額差は、女性本人の収入として見ても、世帯収入として見ても、多大であることは言うまでもなく、配偶者の収入や資産の相続状況にもよるが、住居や自家用車の購入、子供の教育費等の高額支出を要する消費行動に影響を与える。当然ながら、個人消費全体にも影響を及ぼす。

さらに、女性を雇用する企業等から見ると、出産後も就業を継続していれば生涯賃金2億円を稼ぐような人材を確保できていたにも関わらず、両立環境の不整備等から人材を手離す結果となり、新たな採用・育成コストが発生しているとも捉えられる。女性の出産や育児を理由にした離職は、職場環境だけが問題ではないが、両立環境の充実を図ることは、企業にとってもコストを抑える効果はある。 

また、女性が大学卒業後に直ちに就職し、正規雇用ではなく、非正規雇用の職に就き、休職することなく働き続けた場合(B)の生涯賃金は1億2,055万円であり、同一企業で働き続ける正規雇用者(A)の半分以下となる。また、正規雇用者と比べて賃金水準が低いために、産休・育休を2回利用して復帰した場合(B-B)でも生涯賃金は1億1,673万円であり、休職せず働き続けた場合と大きくは変わらない。

2020年4月から「同一労働・同一賃金」として同一企業等における正規雇用者と非正規雇用者の間の不合理な待遇差の解消が進められている8が、賃金水準の問題だけでなく、非正規雇用者では退職金がない場合が多いため(本稿では非正規雇用者については退職金を設定せずに生涯賃金を推計)、正規雇用者と比べると生涯賃金に大きなひらきが生じている。
なお、参考のため、図表14にケース別に各歳別賃金の推移(退職金を含まない)を示す。ケース別に賃金の経年変化を見ると、どこでマイナスが生じ、どのあたりから追いつくのか、あるいは、差がひらいてしまうのかなどをイメージしやすいだろう。
図表14 女性の働き方ケース別・年齢別賃金(60歳で退職した場合、退職金を含まない)の推移
 
6 久我尚子「大学卒女性の働き方別生涯賃金の推計~正社員で2人出産・育休・時短で2億円超、男性並水準で3億円超」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レポート(2023/02/28)
7 文部科学省「学校基本調査」によると、1986年の女性の大学進学率は12.5%、短期大学は21.0%(過年度高卒者等を含む)。2023年では女性の大学進学率は54.5%、短期大学は6.1%。
8 パートタイム・有期雇用労働法(2021年4月1日より全面施行)、労働者派遣法(2020年4月1より施行)

(2024年10月23日「基礎研レポート」)

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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

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