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- 中国、定年延長の経済的インパクト-潜在成長率の低下に歯止めはかかるか
コラム
2024年09月27日
1――中国で長年の懸案であった定年延長の方針が決定
中国で、2024年9月10日~13日に開催された全国人民代表大会の常務委員会において、定年退職年齢の引き上げ(以下、定年延長)を実施することが決まった。
少子高齢化が急速に進展し、労働力人口減少による潜在成長率の低下や年金財政の持続可能性などが危ぶまれるなか、定年延長は長年にわたる懸案となっていた。遡れば2010年前後から定年延長に関する議論は浮上しており、習政権が発足してから検討が本格化した。例えば、13年に開催された三中全会では「退職年齢の段階的延長に関する政策を検討し、制定する」との方針が盛り込まれた。
その後、定年延長に関する話題は、一時期を除き下火になったかのようにみえていたが、24年3月の全人代開催前後に再び浮上した。その後、7月に開催された三中全会で「法定退職年齢の段階的延長の改革を穏当に、順序だてて推進する」との方針が発表され、間を置かずして今回の決定に至った。24年初の時点で、実施の方針は概ね固まっていたものと思われる。いずれにせよ、23年から団塊の世代の退職ラッシュには間に合わなかったものの、10数年の検討や調整を経て、25年からようやく定年延長が実現する運びとなった。
ちなみに、定年延長の先行事例である日本では、60歳から65歳への定年延長に関する検討が正式に始まったのは1988年の「雇用対策基本計画(第6次計画)」とされている。その後、65歳までの雇用確保措置が、2000年の「高年齢者雇用安定法」改正により努力義務化、04年の同法再改正により義務化(06年から施行)され、団塊の世代の退職ラッシュ(07年)には間に合った。検討開始から義務化に至るまでの期間は16年であり、中国は概ねそれと同じ期間をかけて定年延長にこぎつけたことになる。中国は周知の通り一党支配体制をとっているが、利害調整や他の制度との調整が複雑な改革に関していえば、長期にわたる調整のプロセスを必要とする点は他国と同じということだろう。
少子高齢化が急速に進展し、労働力人口減少による潜在成長率の低下や年金財政の持続可能性などが危ぶまれるなか、定年延長は長年にわたる懸案となっていた。遡れば2010年前後から定年延長に関する議論は浮上しており、習政権が発足してから検討が本格化した。例えば、13年に開催された三中全会では「退職年齢の段階的延長に関する政策を検討し、制定する」との方針が盛り込まれた。
その後、定年延長に関する話題は、一時期を除き下火になったかのようにみえていたが、24年3月の全人代開催前後に再び浮上した。その後、7月に開催された三中全会で「法定退職年齢の段階的延長の改革を穏当に、順序だてて推進する」との方針が発表され、間を置かずして今回の決定に至った。24年初の時点で、実施の方針は概ね固まっていたものと思われる。いずれにせよ、23年から団塊の世代の退職ラッシュには間に合わなかったものの、10数年の検討や調整を経て、25年からようやく定年延長が実現する運びとなった。
ちなみに、定年延長の先行事例である日本では、60歳から65歳への定年延長に関する検討が正式に始まったのは1988年の「雇用対策基本計画(第6次計画)」とされている。その後、65歳までの雇用確保措置が、2000年の「高年齢者雇用安定法」改正により努力義務化、04年の同法再改正により義務化(06年から施行)され、団塊の世代の退職ラッシュ(07年)には間に合った。検討開始から義務化に至るまでの期間は16年であり、中国は概ねそれと同じ期間をかけて定年延長にこぎつけたことになる。中国は周知の通り一党支配体制をとっているが、利害調整や他の制度との調整が複雑な改革に関していえば、長期にわたる調整のプロセスを必要とする点は他国と同じということだろう。
2――定年延長は今後15年をかけて段階的に実施
定年延長の進め方は、2025年から39年までの15年間で段階的に延長する方針とされた。具体的には、男性の場合、現在の60歳から63歳まで、女性の場合、従業員は50歳から55歳まで、幹部(管理職1)は55歳から58歳まで引き上げられる(図表1)。
また、延長後の退職年齢は、必ずしも一律的、強制的に適用されるものではなく、弾力的に適用する方針だ。条件はあるものの、従業員が希望する場合、退職年齢に達する前に退職する(最長で3年間)こともできれば2、退職年齢を規定より引き延ばす(最長で3年間)ことも可能とされた。
なお、再び日本の事例を引き合いに出すと、日本では、2006年に改正高年齢者雇用安定法が施行された後、経過措置を経て25年から65歳までの雇用確保措置が全面的に義務付けられるため3、19年間で5歳(約4年で1歳)の引き上げとなる。中国の場合、3~5年で1歳の引き上げが予定されているため、日本との比較では、概ね同じペースといえよう。もっとも、延長後の定年は58~63歳と、日本(男女一律65歳)など主要国に比べると、とくに女性では依然として低い。
また、延長後の退職年齢は、必ずしも一律的、強制的に適用されるものではなく、弾力的に適用する方針だ。条件はあるものの、従業員が希望する場合、退職年齢に達する前に退職する(最長で3年間)こともできれば2、退職年齢を規定より引き延ばす(最長で3年間)ことも可能とされた。
なお、再び日本の事例を引き合いに出すと、日本では、2006年に改正高年齢者雇用安定法が施行された後、経過措置を経て25年から65歳までの雇用確保措置が全面的に義務付けられるため3、19年間で5歳(約4年で1歳)の引き上げとなる。中国の場合、3~5年で1歳の引き上げが予定されているため、日本との比較では、概ね同じペースといえよう。もっとも、延長後の定年は58~63歳と、日本(男女一律65歳)など主要国に比べると、とくに女性では依然として低い。
1 厳密には、日本における管理職のほか、総務・人事・財務といった庶務を管理する人材等も含まれている(独立行政法人 日本貿易振興機構(2021))。
2 ただし、従来の退職年齢(例えば、男性では60歳)に達する前の退職は不可。
3 2006年からの施行に際しては、雇用確保措置を講じる高年齢者の年齢を2013年にかけて65歳まで段階的に引き上げる一方、対象者に関する基準を労使協定により定めた場合には、希望者全員を対象としない対応も認められた。独立行政法人 労働政策研究・研修機構(2014)のアンケート調査結果によれば、67.5%の企業が当時この基準を設けていた。その後、12年に再改正された後は、同基準を廃止するか、基準の適用年齢を2025年までに段階的に65歳に引き上げることが義務付けられた。
3――潜在成長率の低下防止に対する効果は限定的
以上が今回の定年延長に関するあらましであるが、その経済的なインパクトはどの程度であろうか。本稿では、潜在成長率への影響という観点で、定年延長に伴う労働力人口増加の影響を試算した。試算の前提は、以下の通りである。
まず、将来の15歳以上人口については、2020年人口センサスによる都市・農村別の年齢毎、男女別の人口を基準とし、国際連合の人口および都市化の予測値(それぞれ2024年版・低位推計、2018年版)を用いて毎年の規模を推計した。
次に、就業率(15歳以上人口に占める就業者のシェア)については、同様に2020年人口センサスによる都市・農村別の年齢層毎、男女別の就業率を用いた(図表2)。女性就業者に占める幹部のシェアは2%と仮定した4。そのうえで、芦哲、占爍(2024)を参考に、1次産業従事者が多い農村では定年の影響を受けづらいとの仮定に基づき、定年延長によって、男性は60~64歳の年齢層で、女性は50~54歳及び55~59歳の年齢層で、都市の就業率が段階的に農村の就業率並みに上昇すると想定し、延長しなかった場合と比較した。
まず、将来の15歳以上人口については、2020年人口センサスによる都市・農村別の年齢毎、男女別の人口を基準とし、国際連合の人口および都市化の予測値(それぞれ2024年版・低位推計、2018年版)を用いて毎年の規模を推計した。
次に、就業率(15歳以上人口に占める就業者のシェア)については、同様に2020年人口センサスによる都市・農村別の年齢層毎、男女別の就業率を用いた(図表2)。女性就業者に占める幹部のシェアは2%と仮定した4。そのうえで、芦哲、占爍(2024)を参考に、1次産業従事者が多い農村では定年の影響を受けづらいとの仮定に基づき、定年延長によって、男性は60~64歳の年齢層で、女性は50~54歳及び55~59歳の年齢層で、都市の就業率が段階的に農村の就業率並みに上昇すると想定し、延長しなかった場合と比較した。
これらの前提をもとに試算したところ、今後15年間(2025~39年)の累計で労働力人口の供給が約1億人増加する結果となった。段階的な延長であるため、増加の規模は制度改革後初期には小さく、年を追うごとに徐々に拡大していくことになる(図表3)。ただし、就業者総数の減少ペースも年を追うごとに徐々に拡大していくため、定年延長による就業者増の効果は相殺されてしまう。潜在成長率の押し上げは、労働分配率を一定とすると年平均で約+0.1%となり、5年毎に分けてみても効果は概ね同じ程度となる(図表4)。この結果を踏まえると、労働力人口の減少による中国の今後の潜在成長率低下に歯止めをかける効果は、時期を問わず限定的であるといえそうだ。
加えて、実際の効果は25年から即、完全に発現するわけではなく、段階的に表れてくる可能性が高い。本試算では、25年以降、今回の引き上げ方針通りに全ての労働者が継続して就労することを想定しているが、現実的には、定年延長に伴い生じる様々な問題を克服する必要がある。例えば、近年厳しい状況にある若年層の雇用への影響や、雇用継続による企業経営への影響、育児の担い手が減ることによる子育て世代の就労への影響などだ。これらも問題に対応するために、政府には若年層の雇用支援や子育て支援などの政策的対応、企業にはシニア社員向けの評価、処遇等の人事制度の構築、といったように、定年延長に付随した措置も求められよう。今回の決定は中国における少子高齢化対策の重要な一歩として評価はできるものの、定年延長の慣行が軌道にのり普及するまでの間、今しばらく社会全体として模索が続くことになるだろう。
4 2020年人口センサスの職業分類(中分類)別の就業者に関するデータによれば、女性就業者のうち、党や国家機関、企業等の「責任者」に該当する就業者のシェアが2%となっている。もっとも、注1で記載した通り、「幹部」の概念は広いものであり、実際にはより多いと考えられる。
4 2020年人口センサスの職業分類(中分類)別の就業者に関するデータによれば、女性就業者のうち、党や国家機関、企業等の「責任者」に該当する就業者のシェアが2%となっている。もっとも、注1で記載した通り、「幹部」の概念は広いものであり、実際にはより多いと考えられる。
【参考文献】
浅尾裕(2014)「日本における高年齢者雇用及び関連する諸制度の推移と課題」(独立行政法人 労働政策研究・研修機構『第14回日韓ワークショップ報告書』、/https://www.jil.go.jp/foreign/report/2014/pdf/2014_0930_02.pdf)
芦哲、占爍(2024)「如果延遅退休、怎様影響影就業市場?」金融界、https://m.jrj.com.cn/madapter/stock/2024/07/24091341756791.shtml
独立行政法人 日本貿易振興機構(2021)「中国における定年退職年齢の確定方法」、https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/02/2021/7ff8d0bdcd96b28f/cn_retired_202102.pdf
独立行政法人 労働政策研究・研修機構(2014)「改正高年齢者雇用安定法の施行に企業はどう対応したか」(『JILPT 調査シリーズNo.121』、https://www.jil.go.jp/institute/research/2014/documents/0121_01.pdf)
(2024年09月27日「研究員の眼」)
03-3512-1787
経歴
- 【職歴】
・2006年:みずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)入社
・2009年:同 アジア調査部中国室
(2010~2011年:北京語言大学留学、2016~2018年:みずほ銀行(中国)有限公司出向)
・2020年:同 人事部
・2023年:ニッセイ基礎研究所入社
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
三浦 祐介のレポート
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