コラム
2024年09月17日

25年以上言われ続けている「若者の海外離れ」問題-若者の「海外旅行離れ」に関する私論的考察

生活研究部 研究員 廣瀬 涼

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1――はじめに

日本旅行業協会の高橋広行会長は、9月14日までに共同通信のインタビューに応じ1、18歳になった新成人に対し、旅券(パスポート)を無料配布するよう政府に要請していくと明らかにした。高橋氏は「若者が海外渡航する機会も極端に失われており、日本を背負って立つ国際感覚を持った人材を育てる上で問題だ」と懸念を示し、パスポートの配布が「海外旅行が活性化するきっかけになる」と回答しており、俗にいう「若者の海外離れ」に対する問題提起ともとれる。
 
1 産経新聞「新成人にパスポート無料配布を 日本旅行業協会が政府に要請へ、旅行への意欲高める施策」2024/09/14 https://www.sankei.com/article/20240914-HS2EM7H73JNQXJ22D7UABV5DPU/

2――25年以上言われ続けている「若者の海外離れ」

所謂「若者の○○離れ」と呼ばれる現象は、それ以前の世代がその時代の若者を特徴づけようとするある種の「レッテル」である。日経クロストレンドによれば240年以上も前から「若者の○○離れ」は、語られており、「若者の海外離れ」においても、今から10年前の2014年には中村哲らによって『「若者の海外旅行離れ」を読み解く 観光行動論からのアプローチ』(法律文化社)3という体系化された書籍まで出版されている。同著によれば1998年8月1日の日本経済新聞には「海外旅行減少の本当の理由 若者が目的を失う」4,5という記事が掲載されていたことを指摘している。その記事によれば「若者の海外旅行は96年をピークに、昨年から長期的な凋落傾向に入ったと言えそうだ」と記載されている。当時のその要因として、日経産業消費研究所の永家一孝主任研究員は、消費低迷と急激な円安の影響を背景に「若者にも消費意欲の減退がみえる」と、若者の消費動向に触れてはいるものの、その記事では若者にとって海外旅行とは「海外でしか達成できない目的を遂行するための単なる交通手段にすぎない」というピンポイント旅行に焦点が置かれており、経済(消費)は大きな要因として向き合われていない。

中村哲によれば「若者の海外離れ」というフレーズが本格的にメディアを賑わせたのは2007年7月のJTBによる海外旅行動向レポートの発表を受けてからだという6。この時点で「人口減少と共に若者の海外旅行離れが進めば、将来的に市場が縮小する恐れがある」との指摘が生まれている。同年の10月19日の日経流通新聞の「20代海外旅行離れのワケ」7という記事では、旅行費用が高額であることを触れたうえで、国内旅行の方が安心、海外に関心がない、といった当時の若者の内向き志向が主要因として挙げられている。その後は、旅行に限らず全体的に消費しなくなり、貯蓄傾向、自己顕示的な消費に興味を示さない、自身が欲しいモノ、コスパの良いモノ、身の丈に合うものを買う傾向があるという、若者の堅実性の文脈で「若者の海外離れ」が取り扱われるようになっていく。

一方で、20代の出国者数が1996年の463万人をピークに減少傾向が続くことや、出国者数のうちの20代の割合が90年代から大幅に減っていることを根拠に、「若者の海外旅行離れ」が語られがちだが、20代人口が減少していることが大きく影響しており、20代人口に占める20代の出国者数の割合をみると、1996年は24%なのに対して2015年は20%と微減レベルで、1980年代のバブル期は15%前後であることを考えれば、2015年の方が若者は海外旅行に積極的であったと、「若者の海外離れ」を否定するような論客も存在するのも確かだ8,9。とはいえ、少なからず25年以上前から「若者の海外離れ」について議論されているにもかかわらず、その現状に打開策はなく、問題危惧だけがされてきただけだ。
 
2 日経クロストレンド「若者の○○離れ」にダマされない3つのポイント 30年調査で見る」 2023/09/11 https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00883/00002/
3 中村 哲, 西村 幸子, 高井 典子(2014)『「若者の海外旅行離れ」を読み解く 観光行動論からのアプローチ』法律文化社
4 日本経済新聞「海外旅行、減少の本当の理由――若者が目的失う、「ミエ需要」も一巡」1998/08/01
5 中村哲ら(2014)p.32
6 中村哲ら(2014)p.34
7 日経流通新聞「20代海外旅行離れのワケ」2007/10/19
8 日経クロストレンド「若者の○○離れ」にダマされない3つのポイント 30年調査で見る」 2023/09/11 https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00883/00002/
9 小林直樹(2016)『だから数字にダマされる』日経デジタルマーケティング

3――海外旅行に行く余裕なんてない

失われた30年といわれる通り、今の若者は好景気を知らない世代といわれている。実際に国税庁の民間給与実態統計調査10をみると令和4年平均給与458万円で、平成元年以降最も高かった1997年467万円と比較すると約10万円減少している。年代別にみると、19歳以下では124万円、20~24歳では273万円、25~29歳では389万円と、昨今の市場動向を考慮に入れるとお世辞にも高い水準とはいえない。厚生労働省の令和元年賃金構造基本統計調査11によれば20代後半の収入分布は、22~23.9万円の層が約18%と最多で、月の手取りは17万円程度と推量できる。さらには、平成元年消費税3%が導入されると、令和元年には10%(軽減税率対象物8%)になり、年金保険料や健康保険料などの社会保険料も値上がり、水道光熱費などの固定費の上昇、1990年代以降はインターネット回線や携帯電話・スマートフォンの通信料も固定費として定着しており、収入は増えていないのに支出が増えている状況である。

次に学生の経済状況を見てみる。今や2人に1人が奨学金を受給しているといわれているが、日本学生支援機構の「令和 2 年度学生生活調査」によれば、彼らの収入の59.4%が家庭からの給付であることがわかっており、家計に影響があると彼らの収入にも影響が出る事が推量できる12

例えば、東京私大教連「2021年度私立大学新入生の家計負担調査」の「月平均仕送り額から家賃を除いた生活費」13によれば、1990年73,800円だったのに対して、2021年は19,500円と大幅に減少している。これは1日当たり650円という計算になる。日本学生支援機構の同調査によれば大学生のアルバイト収入は1カ月あたり30,541円程度となっている。アルバイトをしていることや奨学金を借りている学生が増えていることを考慮しても満足のいく消費を行うには充分とは言えないだろう。
図1 収入総額に占める内訳の割合の推移
長期休暇や短期バイトなど利用して、「海外旅行に行くため」にお金を稼ぐこともあるかもしれないが、旅行のために高額な費用を払ってもいいという同じ価値観を持つ友人探しが難しかったり、仲間内で遊びに行く際に仲間の経済状況を考慮しなくてはならない等、「海外旅行にいく」というモチベーションを生み出すことも難しいかもしれない。

VUCAの時代とも言われ、将来に対するビジョンが見出しにくく、且つストレスに溢れる現代社会を生き抜いていく上で、消費者の志向は現在志向になりがちだ。SNSの普及により、日々あふれる情報の中から消費したい興味対象も多く、目の前にある消費を積み重ねていくことがご褒美となり、これが日々の活力や安寧感に繋がる者も多くいる。若者の○○離れ論に関しては前述した通りその他の要因があるも関わらず、それ以前の消費行動と比較して、減少しているモノを消極的という言葉で表し、彼らの消費行動をネガティブに捉える事が多い。そのような若者の消費に対する消極的な意識が「○○離れ」という形で揶揄されているわけだが、極論どれもタダでもらえるのならば拒む人などそんなにいないのではないだろうか。だとしたら、そのモノやそのようなサービスが拒まれているわけではなく、自分自身の生活や収入などを考慮したうえで「必要ない」「購入する事が出来ない」と判断し消費行動に移していないにすぎない。お金がないからそれに手が届かず、“酸っぱい葡萄”の様にそれを幸せであると認めないという見方もできるかもしれないし、手が届かないから違う形で幸せを見出しているとも捉える事ができるかもしれない。どちらにせよ、自分たちが生きていく上で、その不必要な消費によって生活が困窮するくらいなら消費しない、という価値観が生まれることは当たり前と言えば当たり前だと思われる。お金があれば若者だって海外に行くのだ。
 
10 国税庁「令和4年分民間給与実態統計調査」https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/minkan2022/pdf/002.pdf
11 厚生労働省「令和元年賃金構造基本統計調査」https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2019/dl/07.pdf
12 日本学生支援機構「令和 2 年度学生生活調査」https://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_chosa/__icsFiles/afieldfile/2022/03/16/data20_all.pdf
13 東京私大教連「2021年度私立大学新入生の家計負担調査」
http://tfpu.or.jp/wp-content/uploads/2024/08/2023kakeihutanntyousa20240405.pdf

4――さいごに

パスポートの申請費用は、10年間有効で1万6,000円、5年間有効で1万1,000円(新規の場合:都道府県と国の手数料の合計)である。海外旅行の1人あたりの平均費用は円安や現地での物価高の影響で、2023年より1万2000円多い26万9000円で、1997年以降、過去最高額になった14。パスポートの申請費用だけもらったところで、残りの何十万は若者が自分で負担しなくてはならない。手取り17万円でどうやって負担するのか。収入に余裕がある層は、行けと言われなくとも勝手に海外に行く。海外に行かない若者とみるのではなく、海外に行けない若者と見る方がなんぼか現実的な話である。

「パスポートをあげれば海外に行くだろう」。これは「これでうまいモノでも食べてくださいと封筒空けたら箸が入ってた」そんな類の話といえるだろう。
 
14 TBSニュース「GW海外旅行者は52万人の見通し 前年比約1.7倍 平均費用は1人あたり26万9000円で過去最高」2024/04/04 https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/1095917?display=1

(2024年09月17日「研究員の眼」)

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生活研究部   研究員

廣瀬 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化論、若者マーケティング、サブカルチャー

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

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