2024年09月17日

タイの生命保険市場(2023年版)

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1―市場概況

2023年のタイ生命保険市場の正味収入保険料は前年比3.2%増の6,087億バーツ(約2.6兆円)となり2年ぶりに増加した(図表1)。正味収入保険料の内訳を見ると、初年度収入保険料が1,720億バーツ(同5.1%増)、次年度以降収入保険料が4,366億バーツ(同2.5%増)となり、それぞれ増加した。

保有契約件数は前年比0.4%減の2,659万件だったが、保有契約高は前年比6.2%増の22.7兆バーツ(約97.5兆円)となった(図表2)。結果として、1件当たりの保有契約高は85.2万バーツとなり、前年から5.3万バーツ増加した。

タイは中長期的な経済成長のペースが低下してきており、コロナ禍からの経済の回復が鈍い。2023年は実質GDP成長率が前年比+1.9%となり、コロナ禍からの景気回復局面にあった2022年の同+2.5%から失速した。雇用・所得環境が改善して民間消費が拡大する一方、輸出の低迷やコロナ関連支出の縮小などが景気の下押し要因となった。また2023年の名目GDP成長率は前年比3.1%増となり、インフレ加速により高成長となった2022年の同7.4%増から鈍化した。

2023年はタイ経済が減速したものの、生命保険販売は2年ぶりに改善した。タイ中銀がインフレ沈静化後もタカ派的な金融政策のスタンスを維持しており高めの金利水準が続いており、各社が予定利率を引き上げたことにより終身保険や養老保険など普通保険の販売が順調だった。また新型コロナウイルス感染症の流行に伴う健康意識の高まりや社会の高齢化により医療保険の需要が高まっていること、各社がデジタル技術を取り入れた販売を強化していることも市場拡大に寄与している。一方、世界経済の減速懸念によって投資家のリスク回避姿勢が強まり、運用成績が受取額に反映されるユニット・リンクのような投資型の保険の販売は低調だった。
(図表1)正味収入保険料の推移/(図表2)保険契約高と保有契約件数
(国際比較)
スイス再保険会社1によると、2023年のタイの生命保険料(名目ベース)は前年比3.8%増の143億ドルとなり、世界全体の伸び率(同3.9%増)を小幅に下回った。上述のバーツ建て保険料の伸び率(同3.2%増)と比べてドル建ての保険料の増加幅が大きいが、これは米国が利上げを進めた2022年はタイ・バーツが減価したのに対し、2023年はタイ中銀の金融引き締めによってバーツが高めに推移したためである。

2023年のタイの保険密度(国民1人当たり生命保険料)は244ドル、生命保険浸透度(対GDP比生命保険料)は3.4%であり、依然として日本や、韓国・台湾・香港・シンガポールといったNIEs(新興工業経済地域)4カ国と比べると低水準に止まっている(図表3、図表4)。このことはタイ生命保険市場が将来の成長余地が十分にあることを示しており、それぞれの指標は今後も緩やかに上昇していく余地があるといえる。
(図表3)アジア各国の保険密度1人当たり生命保険料(2023年)/(図表4)アジア各国の生命保険浸透度対GDP比生命保険料(2023年)
 
1 スイス再保険会社Swiss Re,Sigma No3/2024

2―保険商品別の販売動向

2―保険商品別の販売動向

(図表5)商品別収入保険料 商品別に収入保険料(元受ベース)を見ると、最大の普通保険が前年比3.5%増の3,853億バーツ、団体保険が同4.9%増の504億バーツとそれぞれ増加した一方、ユニット・リンク(ユニバーサル保険を含む)が同7.7%減の355億バーツとなり減少した(図表5)。特約については、医療特約(同4.9%増)や重大疾病特約(同11.0%)などが増加した。

タイでは、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに主契約に医療特約を付加する契約者が増えており、2023年も順調に販売が伸びた。またユニット・リンクのような投資型の保険は増加基調にあったが、昨年は金融市場のリスク回避姿勢が強まるなかで保険販売が伸び悩んだ。

3―販売チャネル別の販売動向

3―販売チャネル別の販売動向

販売チャネル別に新契約保険料(元受ベース)を見ると、伝統的な主力チャネルであるエージェントが前年比9.2%増の646億バーツとなり、3年連続で増加してコロナ禍前の2019年の水準を上回った。一方、近年好調の銀行窓販が同0.2%減の894億バーツとなり、2年連続で減少した(図表6)。このほか、ブローカー(同16.0%増、186億バーツ)とデジタル(同7.8%増、10億バーツ)、職域や来店型を含むその他のチャネル(同68.8%増、20億バーツ)が増加した一方、メール・電話(同2.8%減、30億バーツ)が減少した。

収入保険料を見ると、最大のエージェントが同4.2%増の3,389億バーツ、銀行窓販が前年比1.4%増の2,391億バーツとなり、それぞれ増加した。またブローカー(同16.2%増、308億バーツ)とデジタル(同11.1%増、19億バーツ)が好調だった一方、メール・電話(同2.1%減、137億バーツ)が小幅に減少した。結果として、収入保険料シェアはエージェントが53.5%と最も大きく、前年から0.3%ポイント上昇した。他方、銀行窓販は37.7%となり、前年から0.9%ポイント低下した(図表7)。銀行窓販は2002年の解禁以降、銀行が有する堅固な顧客ネットワークを活用し、シンプルでわかりやすい商品内容が人気を集めて、マーケットシェアを拡大させてきたが、ここ数年は低金利環境が続いたため販売が伸び悩み、シェアが低下傾向にある。
(図表6)販売チャネル別の新規契約保険料/(図表7)販売チャネル別の収入保険料シェア

(2024年09月17日「保険・年金フォーカス」)

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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