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気候変動:死亡率シナリオの試作-気候変動の経路に応じて将来の死亡率を予測してみると…
保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
はじめに
その極端さを数量的に把握する試みとして、2023年4月6日のレポート1および2024年4月5日のレポート2では、日本全国版の気候指数を作成した。気候指数は、気候変動の物理的リスクのうち、長期間に渡って徐々に環境を破壊していく「慢性リスク」を定量的に表示するものとして、さまざまな活用法が考えられる。
その活用法の一例として、2023年8月31日のレポート3および2024年1月18日のレポート(以下、「前回のレポート」と呼称)4 では、気候指数と死亡率の関係を、回帰分析の統計手法を用いて定量的に把握することを試みた。このようにして得られた回帰計算結果は、近年の死亡数実績を概ね再現するものであった。
今回、この回帰計算によって得られた気候指数と死亡率の関係式をもとに、将来の気候変動に応じた死亡率の推移を予測することとした。
具体的には、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が第6次評価報告書で示している共有社会経済経路(SSP)をもとに、将来の気候変動を気候指数の形で定量化した。そして、これを関係式に代入することで、SSPに応じた将来の死亡率を予測する試算を行った。
試算によると、気候変動が激しくなると死亡数に一定の影響を及ぼしうる、との結果を得ることができた。ただし今回は、1地域、1モデルにもとづく試算であり、予測の可用性を見極めることが主な目的であった。今後、得られた知見をもとに、日本全国での複数のモデルにもとづく死亡率シナリオの作成に向けて取り組んでいくこととしたい。
ここで、本稿の流れを示しておく。まず、第1章で気候指数の作成、第2章で気候指数と死亡率の関係の定式化に関する、これまでの取組みの振り返りを行う。そして、第3章以降で、本稿の核心部分に入っていく。第3章では将来の気候変動の指数化、第4章では死亡率シナリオの作成と将来の死亡数の予測について、手法の考え方や技術的な検討点などを紹介する。その上で、第5章で、試算結果を概観していく。第6章では、簡単なまとめを行う。
本稿が、気候変動問題について、読者の関心を高める一助となれば幸いである。
1 「気候指数 [全国版] の作成-日本の気候の極端さは1971年以降の最高水準」篠原拓也著(基礎研レポート, ニッセイ基礎研究所, 2023年4月6日)
2 「気候指数 2023年データへの更新-日本の気候の極端さは、1971年以降の最高水準を更新」篠原拓也著(基礎研レポート, ニッセイ基礎研究所, 2024年4月5日)
3 「気候変動と死亡数の増減-死亡率を気候指数で回帰分析してみると…」篠原拓也著(基礎研レポート, ニッセイ基礎研究所, 2023年8月31日)
4 「気候変動と死亡数の関係-2022年データで回帰式を更新し、併せて改良を図ってみると…」篠原拓也著(基礎研レポート, ニッセイ基礎研究所, 2024年1月18日)
1――気候指数の作成に関する振り返り
5 第1章の内容は、2ページの注記1、2に示したレポートの概要となっている。
1|気候指数には慢性リスク要因の影響の定量化が求められる
近年、世界的に、社会経済のさまざまな場面で気候変動問題に対する注目度が高まっている。台風や豪雨などの自然災害の頻発化・激甚化をはじめ、干ばつや海面水位上昇などに伴う食糧供給や生活環境の悪化が懸念されている。その対策として、カーボンリサイクル、ネットゼロ、CCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯留)6、再生可能エネルギーの導入促進といった温室効果ガス排出削減の取組みや、それをファイナンスの面から支える、グリーンボンド(環境債)・サステナビリティボンドの発行等の動きが、各国で進められている。
そこで問題となるのが、そもそも気候の極端さは、どの程度高まっているのか、という点だ。気候変動リスクには、豪雨による河川の氾濫や土砂災害のように、短時間のうちに急激に環境が損なわれる「急性リスク」だけではなく、海面水位上昇による沿岸居住地域の喪失のように、長期間に渡って徐々に環境を破壊していく「慢性リスク」もある。気候指数には、こうした慢性リスク要因の影響を定量的に示していくことが求められる。
6 CCUSは、Carbon dioxide Capture, Utilization and Storageの略。日本では、北海道の苫小牧沿岸域にて、二酸化炭素の分離・回収、圧入、貯留等に関する大規模実証試験が実施される等、早期の社会実装に向けた取組みが進められている。
2|12の地域区分ごとに複数の観測地点を設定
このような慢性リスクを定量化すべく、これまでに、気象庁の気候区分をもとに、日本全体を12の地域区分に分けて、気候指数を作成してきた。この区分は、一般的な地方区分を踏まえつつ、都道府県の行政単位ごとに設定することが、主な狙いとなっている。
各地域区分に複数の観測地点を設定して、そのデータをもとに気候指数を作成する。そして、各地点の気候指数を平均化したものを、その地域区分の気候指数とする7。
各地域区分で設定する気象データの観測地点は、原則として気象台等8とする。気象台等では、過去からの日々の観測要素(気温、降水量、風、湿度、天気など)が取得できるためである9。無人観測施設であるアメダス10による観測地点でも、降水量、風、気温などのデータが取得できるが、湿度や一部の項目が取得できないなどの制約があることから、気候指数作成用の気象データとしては用いない。また、すでに観測を停止している地点のデータも用いないこととする。
なお、海面水位指数の作成には潮位データを用いるが、後述の通り、今回の死亡率シナリオの作成では、同指数は用いない。そこで、潮位データの観測地点の選定については注記欄に記す。11
気象データは、日単位のものとし、各観測地点の「日最高気温 (℃)」、「日最低気温(℃)」、「降水量の日合計 (mm)」、「日平均風速 (m/s)」、「日平均相対湿度 (%)」のデータとする。乾燥指数のために、降水に関しては、降水現象の有無に関する「現象なし情報」も用いる。潮位データは、月単位のものとし、各観測地点の「月平均潮位 (cm)」を用いる。
7 各地点の気候指数は、気象や潮位のデータの参照期間(1971~2000年)平均からの乖離度(平均と標準偏差を用いて算定)として計算される。そのため、各地点の平均をとることができる。
8 気象台の他に、有人の気象観測施設も含まれる。
9 一部の項目のデータが取得できない気象台等もある。その場合、その観測地点のデータは気候指数作成には用いない。
10 国内約1300か所の気象観測所で構成される気象庁の無人観測施設。アメダス(AMeDAS)は、Automated Meteorological Data Acquisition System(地域気象観測システム)の通称。
11 潮位データについては、1997年3月以前の潮位の観測値が「歴史的潮位資料」、1997年4月以降の潮位の観測値が「近年の潮位資料」として、気象庁より公表されている。ただし、歴史的潮位資料は、すべての潮汐観測地点で公表されているわけではなく、長期に渡って観測を続けている地点に限られる。一方で、過去のデータはあるものの、すでに観測を停止しているために、直近のデータがない地点も多く見られる。そこで、各地域区分で設定する潮位データの観測地点は、歴史的潮位資料と近年の潮位資料が公表されていて、かつ現在も観測継続中の地点としている。
4|観測地点は、全部で175地点 (気象データ154地点、潮位データ57地点)
以上の検討の結果、観測地点は下表のとおりとなった。気象データとして154地点、潮位データとして57地点のデータを気象庁のホームページより取得し、これらをもとに気候指数を作成している。
このうち、気象データと潮位データを両方とも観測しているものが36地点12。気象データのみを観測しているものが118地点。潮位データのみを観測しているものが21地点となっている。全部で、175の観測地点のデータをもとに、気候指数を作成している。
12 気象データの観測地点である石垣島と、潮位データの観測地点である石垣は、同一としてカウントした。与那国島と与那国も同様。
5|気候指数は地域区分ごとに作成し、その平均から日本全体の指数を作る
各地域区分の指数は、それぞれに含まれる観測地点の指数の単純平均とする。
そのうえで、日本全体の気候指数を、各地域区分の単純平均として作る。平均の計算にあたり、九州南部と奄美については、「九州南部・奄美」を用いている。
6|月ごとと季節ごとの指数を作成する
指数は、月ごとおよび四半期の季節単位(12~2月、3~5月、6~8月、9~11月)に作成する。そして、月や季節の指数と併せて、月の5年移動平均、季節の5年移動平均の指数も作成する。これは、気候変動を、短期間の変動としてではなく、より長いスパンで捉えようとする試みである。13
13 なお、やや細かい点ではあるが、参照期間の当初5年間(1971~1975年)については、実績が5年分に満たないため、移動平均をとっても変動が大きくなる。そこで、この期間は、5年移動平均の不足分を1971~1975年の平均で補うこととしている。
7|指数は参照期間の平均と標準偏差をもとに乖離度の大きさとして表される
気候指数は、7つの項目の乖離度をもとに計算する。7つの項目とは、高温、低温、降水、乾燥、風、湿度、海面水位を指す。計算にあたり、1971~2000年の30年間を、参照期間とする。そして、あらかじめ、各項目の計数値について、参照期間中の同じ月(季節)の平均と標準偏差を求めておく。(以下、本章では季節については、月に関する文の「月」を「季節」と読み替えていただきたい。)
まず、ある1つの項目に、注目する。この項目について、ある月の乖離度を求めることにしよう。そのためには、その月の計数値から、参照期間中の平均を引き算する。その引き算の結果を、参照期間中の標準偏差で割り算する。このようにすることで、その月の計数値が、標準偏差の何倍くらい、平均から乖離しているかという、乖離度が計算できる。
(2024年08月15日「基礎研レポート」)
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保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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