- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 資産運用・資産形成 >
- 資産運用 >
- 米国から学ぶ成功する投資教育の条件
米国から学ぶ成功する投資教育の条件
名古屋市立大学 名誉教授 臼杵 政治
このレポートの関連カテゴリ
そこで本稿では、投資教育の効果や内容、方法について考えてみたい。1つの参考になるのが米国の先例である。401(k)プラン加入者などの個人情報の利用がある程度可能なこともあり、2000年代以降投資教育に関して多くの研究成果が蓄積されている。以下では3つの論点について研究の成果を紹介する。
第1の論点は、投資教育の効果である。すなわち、投資教育が金融リテラシーを高め、その結果、本当にリスク資産投資など行動に影響するかどうか、である。当初は投資教育を受けたことと株式などリスク資産への投資に相関関係があったとしても、直接の因果関係を示していない、という反論があった。例えば、学歴や所得の高い層は、そうでない層よりも知識の吸収に積極的であり、教育を受ければ知識が高まりやすい。ただ、そうした層は教育と関係なく、投資リスクを取る経済的な余裕がある。その結果、教育とリスク資産投資との間に見せかけの相関があるように見えるのかもしれない、というのである。この点の論争はまだ続いているものの、最近のさまざまな研究から、投資教育の実施が加入者のリテラシーを向上し、それがリスク資産投資など望ましい金融行動につながるという、2段階の因果関係が認められている。
第2の論点が教育の内容である。例えば一度にあまり多くの内容を盛り込まず、いくつかの重要な点に絞り、わかりやすく説明することが必要だとされている。インフレーションやリスク分散効果が重要であるのは無論、ここで取り上げたいのが複利の効果である。仮に現預金だけに投資した場合の期待リターンが1%、リスク資産投資を含む投資の期待リターンが3%あるいは5%としよう。この「たった2%あるいは4%」の差が長期では大きな積立額の差になる。右図は毎年初めに50万円ずつ積み立てた場合の30年後までの積立額を示している。30年間計1,500万円を拠出すると、期待リターン1%の積立額1,757万円に対して、3%のケースが2,450万円、5%であれば3,488万円とそれぞれ1.4倍、2倍になる。米国の研究では、公的年金との合計で将来の理想とする年金額(積立額)を得るために必要な掛金額がわかるような仕掛けを準備したことで、確定拠出年金への加入割合や掛け金拠出額が高まった、と言う。
第3に教育の方法については、 (1)全体へのセミナーの他、ビデオを組み合わせるだけでなく、個別のニーズに応じて相談できる体制を整える、 (2)セミナーの後に従業員同士、コミュニケーションを取らせると、例えば株式への長期分散投資の重要性に気付きやすい、 (3)教育の効果は時間とともに薄れるため、定期的に繰り返し実施する、などを強調する研究がある。
政府の掲げる資産所得倍増には、家計の金融資産2,000兆円の半分を占める現預金を、期待リターンの高いリスク資産に移すことが不可欠であろう。そのうち確定拠出年金の資産はわずか20兆円余に過ぎない。しかし、加入者数はすでに8百万人を超えた。適切な教育を受けることで、これらの加入者がリスク資産投資による成功体験を得れば、それを契機にその人たちの確定拠出年金以外の資産、さらに家族や同僚、友人が保有する現預金へもリスク資産投資が波及するだろう。その意味で資産所得倍増の導火線とも言える確定拠出年金において、投資教育の効果、内容や方法に関して、絶えず見直し、改善を図る試みが求められる1。
1 4月に設立された金融経済教育推進機構では、金融リテラシー向上のため、職域への講師派遣を行うとともに、セミナー後のテストを通じて効果を測るという。事業主がこうした試みを参考にし、また利用することも一案であろう。
(2024年08月05日「ニッセイ年金ストラテジー」)
このレポートの関連カテゴリ
名古屋市立大学 名誉教授
臼杵 政治
研究・専門分野
臼杵 政治のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2024/08/05 | 米国から学ぶ成功する投資教育の条件 | 臼杵 政治 | ニッセイ年金ストラテジー |
2024/02/05 | 老後所得保障における確定給付型年金の再評価と資産運用 | 臼杵 政治 | ニッセイ年金ストラテジー |
2023/08/03 | 債券・株式収益率の相関をどう考えるか | 臼杵 政治 | ニッセイ年金ストラテジー |
公式SNSアカウント
新着レポートを随時お届け!日々の情報収集にぜひご活用ください。
新着記事
-
2024年09月10日
今週のレポート・コラムまとめ【9/3-9/9発行分】 -
2024年09月09日
米国経済の見通し-24年後半にかけて景気減速も景気後退は回避を予想 -
2024年09月09日
お月見×たまご-消費の交差点(7) -
2024年09月09日
2024・2025年度経済見通し-24年4-6月期GDP2次速報後改定 -
2024年09月09日
米雇用統計(24年8月)-非農業部門雇用者数が市場予想を下回ったほか、過去2ヵ月分が大幅に下方修正
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2024年07月01日
News Release
-
2024年04月02日
News Release
-
2024年02月19日
News Release
【米国から学ぶ成功する投資教育の条件】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
米国から学ぶ成功する投資教育の条件のレポート Topへ