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- 情報通信プラットフォーム対処法-ネット上の誹謗中傷への対応
2024年07月29日
1――はじめに
2024年第213回通常国会において「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報法の開示に関する法律の一部を改正する法律」が成立した。この法律は従来「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報法の開示に関する法律(略称はプロバイダ責任制限法。以下、単に現行法という)」と呼称されていたが、本改正により、「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律(略称は情報通信プラットフォーム対処法、以下、単に新法という)」に改称された。
新法の公布日は2024年5月17日であり、施行は公布日から1年以内の政令で定める日とされている。
現行法の主な内容は、以下の通りである。まず(1)プラットフォーム(SNSなど)上での投稿で誹謗中傷など権利侵害が発生した場合に特定電気通信役務提供者(以下、プラットフォーム事業者という)が責任を負うケースを定める。そして、(2)投稿を行った発信者情報につき権利を侵害された者が開示請求するための手続を定めている。
新法は、このうち(1)について、大規模プラットフォーム事業者が権利侵害投稿について申立てを受けた際の手続について、現行法よりも丁寧かつ迅速な対応を行うべく立法されたものである。
新法の公布日は2024年5月17日であり、施行は公布日から1年以内の政令で定める日とされている。
現行法の主な内容は、以下の通りである。まず(1)プラットフォーム(SNSなど)上での投稿で誹謗中傷など権利侵害が発生した場合に特定電気通信役務提供者(以下、プラットフォーム事業者という)が責任を負うケースを定める。そして、(2)投稿を行った発信者情報につき権利を侵害された者が開示請求するための手続を定めている。
新法は、このうち(1)について、大規模プラットフォーム事業者が権利侵害投稿について申立てを受けた際の手続について、現行法よりも丁寧かつ迅速な対応を行うべく立法されたものである。
2――若干の前提
1|現行法の概要
現行法において、SNS上で誹謗中傷を受けるなど権利を侵害された者(被侵害者)のとる手段としては二つある。一つ目は、プラットフォーム事業者に対して対象となる投稿の削除の請求をすることである。これは単に被害の継続を停止させるだけにとどまり、また現行法上、削除を要求する法的な権利そのものとして定められているわけではない。ただ、請求にも関わらず投稿が削除されない場合においては、被侵害者はプラットフォーム事業者に損害賠償請求が可能になる(現行法3条柱書)。このことで、削除が行われるようにすることを担保している。
二つ目は、発信者の身元を明らかにして、発信者に対して投稿の削除や損害賠償などの法的責任を追及することである。一つ目と二つ目は併せて行うことが通例であろう。発信者の身元を明らかにするにはCP開示とAP開示の二つを行うことが必要だが、これらは連動して行えるよう現行法に規定がある(2021年改正による)。CP開示とはコンテンツ・プロバイダ(MetaやX)に対して行うもので、IPアドレス(ネット上の住所のようなもの)を被侵害者に対して開示を行うものである。ただIPアドレスは発信者を特定できるだけの情報を含んでいない。そこでAP開示、IPアドレスに紐づいた氏名等の情報開示請求をアクセス・プロバイダ(フレッツ光やドコモネットなど)に対して行うことになる。
以上の手続を経て、氏名・住所等が判明すれば、発信者に対して差止や損害賠償等の裁判上の手続を進めることができるようになる。
現行法において、SNS上で誹謗中傷を受けるなど権利を侵害された者(被侵害者)のとる手段としては二つある。一つ目は、プラットフォーム事業者に対して対象となる投稿の削除の請求をすることである。これは単に被害の継続を停止させるだけにとどまり、また現行法上、削除を要求する法的な権利そのものとして定められているわけではない。ただ、請求にも関わらず投稿が削除されない場合においては、被侵害者はプラットフォーム事業者に損害賠償請求が可能になる(現行法3条柱書)。このことで、削除が行われるようにすることを担保している。
二つ目は、発信者の身元を明らかにして、発信者に対して投稿の削除や損害賠償などの法的責任を追及することである。一つ目と二つ目は併せて行うことが通例であろう。発信者の身元を明らかにするにはCP開示とAP開示の二つを行うことが必要だが、これらは連動して行えるよう現行法に規定がある(2021年改正による)。CP開示とはコンテンツ・プロバイダ(MetaやX)に対して行うもので、IPアドレス(ネット上の住所のようなもの)を被侵害者に対して開示を行うものである。ただIPアドレスは発信者を特定できるだけの情報を含んでいない。そこでAP開示、IPアドレスに紐づいた氏名等の情報開示請求をアクセス・プロバイダ(フレッツ光やドコモネットなど)に対して行うことになる。
以上の手続を経て、氏名・住所等が判明すれば、発信者に対して差止や損害賠償等の裁判上の手続を進めることができるようになる。
2|新法の概要
被侵害者にとっては、一刻も早く権利を侵害する投稿が削除されることが必要である。ところが総務省のとりまとめ(以下、とりまとめ)では、現状において被侵害者がプラットフォーム事業者へ削除申出をしようとした場合に、「たとえば利用者にとって削除の申請窓口が分かりにくい、受付や判断結果について必ずしも通知がなされない、事業者による削除の基準が不透明といった課題が指摘されている」とされている1。
このような認識の上で、特に大規模プラットフォーム事業者に関して、対応の迅速化や運用状況の透明化といった具体的措置を求める制度整備を行ったのが今回の新法である。
1 総務省「プラットフォームサービスに関する研究会 第三次取りまとめ」(2024年1月)p9参照。
被侵害者にとっては、一刻も早く権利を侵害する投稿が削除されることが必要である。ところが総務省のとりまとめ(以下、とりまとめ)では、現状において被侵害者がプラットフォーム事業者へ削除申出をしようとした場合に、「たとえば利用者にとって削除の申請窓口が分かりにくい、受付や判断結果について必ずしも通知がなされない、事業者による削除の基準が不透明といった課題が指摘されている」とされている1。
このような認識の上で、特に大規模プラットフォーム事業者に関して、対応の迅速化や運用状況の透明化といった具体的措置を求める制度整備を行ったのが今回の新法である。
1 総務省「プラットフォームサービスに関する研究会 第三次取りまとめ」(2024年1月)p9参照。
3――対象となる大規模プラットフォーム事業者
1|プラットフォーム事業者
新法の対象となるのは大規模プラットフォーム事業者であり、これらは法律上「大規模特定電気通信役務提供者」と呼称される。
そこでまず、プラットフォーム事業者、すなわち「特定電気通信役務提供者」の定義を確認する。ここで「特定電気通信」とは何であるかだが、これは「不特定の者によって受信されることを目的とした電気通信」を指す(現行法・新法2条1号)。そして特定電気通信「役務提供者」は特定電気通信設備を用いて提供する役務(新法2条3号)を提供するものをいう(新法2条4号)とされている。つまり、1対1の通信ではなく、発信者がプラットフォームに投稿し、当該投稿を不特定多数が閲覧する方式の電気通信サービスを提供する事業者のことを指す。
新法の対象となるのは大規模プラットフォーム事業者であり、これらは法律上「大規模特定電気通信役務提供者」と呼称される。
そこでまず、プラットフォーム事業者、すなわち「特定電気通信役務提供者」の定義を確認する。ここで「特定電気通信」とは何であるかだが、これは「不特定の者によって受信されることを目的とした電気通信」を指す(現行法・新法2条1号)。そして特定電気通信「役務提供者」は特定電気通信設備を用いて提供する役務(新法2条3号)を提供するものをいう(新法2条4号)とされている。つまり、1対1の通信ではなく、発信者がプラットフォームに投稿し、当該投稿を不特定多数が閲覧する方式の電気通信サービスを提供する事業者のことを指す。
2|大規模要件とは
そして、大規模要件であるが、これは「特定電気通信による情報の流通について、侵害情報送信防止措置の実施手続の迅速化及び送信防止措置の実施状況の透明化を図る必要性が特に高いと認められるもの」(新法20条柱書)を指定するものとされ、その具体的要件としては、
(1) 利用者の多いもの、すなわち、イ)平均月間発信者数が特定電気通信役務の種類に応じて総務省令2で定める数を超えること、またはロ)平均月間述べ発信者数が特定電気通信役務の種類に応じて総務省令で定める数を超えること
(2) 侵害情報送信防止措置を講ずることが技術的に可能なこと
(3) 総務省令に定める例外に該当しないこと
このような要件に該当する事業者について総務大臣は大規模プラットフォーム事業者として指定することができる(新法20条1項)。
大規模プラットフォーム事業者として指定を受けた事業者は、イ)氏名又は名称・住所、法人の場合は代表者の氏名などを指定後3か月以内に総務大臣に届け出る必要がある(新法21条1項)。
2 総務省令は今後公布される。
そして、大規模要件であるが、これは「特定電気通信による情報の流通について、侵害情報送信防止措置の実施手続の迅速化及び送信防止措置の実施状況の透明化を図る必要性が特に高いと認められるもの」(新法20条柱書)を指定するものとされ、その具体的要件としては、
(1) 利用者の多いもの、すなわち、イ)平均月間発信者数が特定電気通信役務の種類に応じて総務省令2で定める数を超えること、またはロ)平均月間述べ発信者数が特定電気通信役務の種類に応じて総務省令で定める数を超えること
(2) 侵害情報送信防止措置を講ずることが技術的に可能なこと
(3) 総務省令に定める例外に該当しないこと
このような要件に該当する事業者について総務大臣は大規模プラットフォーム事業者として指定することができる(新法20条1項)。
大規模プラットフォーム事業者として指定を受けた事業者は、イ)氏名又は名称・住所、法人の場合は代表者の氏名などを指定後3か月以内に総務大臣に届け出る必要がある(新法21条1項)。
2 総務省令は今後公布される。
4――対応の迅速化にかかわる規定
1|措置申請窓口の明示・受付通知
大規模プラットフォーム事業者においては、被侵害者が侵害情報を示して、侵害情報送信防止措置を講ずるよう申出を行うための方法を定め、公表を行う(新法22条1項)こととされている。この方法は申出者が電子的に行えるもので、過度な負荷がかからないものである必要があり、かつ申出者に申出受領日時が明らかになるものでなければならない(同条2項)。特に、申出受領日時の開示は、申出を行っても大規模プラットフォーム事業者に受領されたかどうか申出者に明らかでないことが多かったことを踏まえて立法化されたものである。
大規模プラットフォーム事業者においては、被侵害者が侵害情報を示して、侵害情報送信防止措置を講ずるよう申出を行うための方法を定め、公表を行う(新法22条1項)こととされている。この方法は申出者が電子的に行えるもので、過度な負荷がかからないものである必要があり、かつ申出者に申出受領日時が明らかになるものでなければならない(同条2項)。特に、申出受領日時の開示は、申出を行っても大規模プラットフォーム事業者に受領されたかどうか申出者に明らかでないことが多かったことを踏まえて立法化されたものである。
2|調査の実施
大規模プラットフォーム事業者は上記の申出を受けたときには遅滞なく必要な調査を行わなければならない(新法23条)。調査のために、権利侵害への対処に関して十分な知識経験を有する者のうちから侵害情報調査専門員(以下、専門員)を選任しなければならない(新法24条1項)。
専門員の数は総務省令が定める数以上でなければならず(同条2項)、選任をした場合には総務省令で定める事項を総務大臣に届け出なければならない(同条3項)。
この専門員は日本の文化・社会的背景に明るい人材を必要最小限配置することが目指されている3。大規模プラットフォーム事業者は国内企業でないことが多い。誹謗中傷に該当するかどうかは国民感情や歴史的経緯などによるところが大きいため、このような規定があるのであろう。
3 前掲注1 p10参照。
大規模プラットフォーム事業者は上記の申出を受けたときには遅滞なく必要な調査を行わなければならない(新法23条)。調査のために、権利侵害への対処に関して十分な知識経験を有する者のうちから侵害情報調査専門員(以下、専門員)を選任しなければならない(新法24条1項)。
専門員の数は総務省令が定める数以上でなければならず(同条2項)、選任をした場合には総務省令で定める事項を総務大臣に届け出なければならない(同条3項)。
この専門員は日本の文化・社会的背景に明るい人材を必要最小限配置することが目指されている3。大規模プラットフォーム事業者は国内企業でないことが多い。誹謗中傷に該当するかどうかは国民感情や歴史的経緯などによるところが大きいため、このような規定があるのであろう。
3 前掲注1 p10参照。
3|申出者に対する通知
大規模プラットフォーム事業者は申出を受けた場合には原則として414日以内に申出者に対して、
イ)侵害情報送信防止措置を講じたときは、その旨、
ロ)侵害情報送信防止措置を講じなかったときは、その旨およびその理由、を通知しなければならない(新法25条1項)。この14日という日数であるが、とりまとめでは一定の期間として被侵害者の多くが希望する一週間程度を対応期間としつつ、実際の法定の期間を定めるにあたっては一週間より余裕を持った期間設定をするとされていた5。
この14日の期限には例外が定められており、i)調査のため侵害情報の発信者の意見を聴くこととしたとき、ii)調査を専門員に行わせることとしたとき、iii)その他やむを得ない理由があるとき、である。この場合、その旨を申出者に通知しなければならない。
4 過去に同一の申出者から同一の申出が繰り返し行われた場合などを除く(前掲注1 p12参照)。
5 前掲注1 p11参照。
大規模プラットフォーム事業者は申出を受けた場合には原則として414日以内に申出者に対して、
イ)侵害情報送信防止措置を講じたときは、その旨、
ロ)侵害情報送信防止措置を講じなかったときは、その旨およびその理由、を通知しなければならない(新法25条1項)。この14日という日数であるが、とりまとめでは一定の期間として被侵害者の多くが希望する一週間程度を対応期間としつつ、実際の法定の期間を定めるにあたっては一週間より余裕を持った期間設定をするとされていた5。
この14日の期限には例外が定められており、i)調査のため侵害情報の発信者の意見を聴くこととしたとき、ii)調査を専門員に行わせることとしたとき、iii)その他やむを得ない理由があるとき、である。この場合、その旨を申出者に通知しなければならない。
4 過去に同一の申出者から同一の申出が繰り返し行われた場合などを除く(前掲注1 p12参照)。
5 前掲注1 p11参照。
(2024年07月29日「基礎研レター」)
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経歴
- 【職歴】
1985年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
2018年4月 取締役保険研究部研究理事
2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
2024年4月より現職
【加入団体等】
東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等
【著書】
『はじめて学ぶ少額短期保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2024年02月
『Q&Aで読み解く保険業法』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2022年07月
『はじめて学ぶ生命保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2021年05月
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【情報通信プラットフォーム対処法-ネット上の誹謗中傷への対応】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
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