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この1年の、欧州における保険・年金分野の監督の動き-EIOPAアニュアルレポートの公表

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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1――アニュアルレポートの公表
1 ANNUAL REPORT 2023(2024.6.14 EIOPA)
https://www.eiopa.europa.eu/document/download/f65e22f2-ae86-4b3d-a83a-270c483c1662_en?filename=eiopa-annual-report-2023-public.pdf
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)
2――報告書の内容~この1年間に対処してきた主な課題
〇自然災害における保護ギャップ解消
消費者が自然災害に備えた必要な損害保険に加入できていないこと、いわゆる「保護ギャップ」の実態を調査し、その解消に向けた取り組みをさらに進めた。
保険会社サイドの対策としては、社会一般への関連知識の普及、データモデリングの専門知識を基にした啓蒙活動や価格設定を通じてそうした保護ギャップを解決しようとしている。そのひとつとして、欧州地域における自然災害ダッシュボードを公表した。
また、自然災害保険への加入が限定的となってしまう理由のうち、「顧客側にある障壁」を調査した。さらに自然災害による経済的損失については、消費者、保険会社だけでなく公共部門、官民協力など、社会全体でそれぞれの役割をもって、分散して負担するような取り組みを進めた。
〇グリーンウォッシングに関する取組みの更なる推進
かねてより、欧州委員会の要請により、グリーンウォッシングの発生、影響、監督上の課題、規制の在り方について言及した中間報告書を公表した。2024年には最終報告書を公表する予定としている。
〇サステナブルな金融開示規則の検討
銀行、証券の監督当局と共同で、環境・社会・ガバナンス(ESG)への影響と主張を明確にし、透明性を向上させるべく、金融市場参加者に義務付ける開示規則を検討してきた。
デジタル技術利用の拡大のトレンドを把握し、AIやオープン・インシュアランス2などのデジタル技術の導入を監視した。そうしたイノベーションを妨げることなく、それでいて消費者を保護できる最善の方法を策定しようとしている。またシステム的に高度な監視技術を活用して、保険型投資商品(IBIP :Insurance-Based Investment Products)に関する重要情報書面(KID :Key Information Document)の標準情報開示の収集、抽出などのシステム開発を行なっている。
欧州監督当局と連携して、金融機関のITセキュリティを強化することを目的としたデジタル運用レジリエンス法(DORA :Digital Operational Resilience Act)の様々な政策目標に取り組んだ。またデジタル変革を通じて消費者、市場、監督コミュニティをどのようにサポートするかを定義する新しいデジタル戦略を採用した。
一方、サイバー保険に関しては、特に中小企業がサイバーリスクから身を守るために加入できる保険を評価するために調査を続けている。
2 これは筆者にも聞きなれない用語なのだが、、APIの利用により、保険関連の個人データに関係者(保険会社保険代理店、その他の関係する第三者など)がアクセスできるようにして、業界にとっては透明性の向上、協業などが容易になり、顧客にとっては保険商品の比較が容易になるなど利便性が向上する仕組みとされる。同様に、銀行であればオープンバンキングと呼ぶようだ。
消費者の費用対効果と、保険会社の財務健全性を両方とも重視し、消費者の損害をなくすあるいは軽減するべく、保険・年金の監督とそのEUにおける統合を継続的に強化してきた。そのための監視ツールの有効活用や、各国監督当局との緊密な連携を行なっているところである。
ソルベンシーIIは、2016年1月から施行されている保険や再保険事業に対するリスクベースの監督の枠組みである。また職域年金基金指令IIも2016年から施行されているもので、職域年金の健全性を確保することにより、加入者あるいは年金受給者を保護する枠組みである。こうした仕組みの主に技術的なアドバイスや見直しを常に行なっている。
〇各種リスクと脆弱性の評価
保険部門と年金基金部門が直面している各種リスクと脆弱性の評価を継続した。また上に述べたソルベンシーII関連の報告データに基づくリスクダッシュボードを四半期毎に公表して、保険分野のリスクと脆弱性を分析している。同様に年金基金についても四半期毎のリスクダッシュボードの公表を始めた。また今般の高インフレと金利上昇が市場や消費者にどのような影響を与えたかを調査した。
〇ストレステストの実施
EIOPAは金融の安定性を評価するためにストレステストを重視しているが、2023年にはサイバーリスクに関するストレステストも取り入れるなど、その手法を強化してきている。2024年には欧州監督当局(ESA)、欧州システミックリスク理事会(ESRB)や欧州中央銀行(ECB)と共同で気候変動関連リスクについても実施するためのシナリオ分析を行なっている。
〇保険会社の再生と破綻処理に関する議論
これは今後とも継続して行う予定である。その際、技術的な部分の標準的考え方やガイドラインの作成など新たな役割と権限がEIOPAに付与される方向であり、そうした検討に取り組んでいく。
3――おわりに
こうしたことのいくつかについては、当レポートにおいても公表された報告書などを紹介してきた。従来からのリスク管理や財務健全性に関わる分野は、引き続き基本的に重要であり続ける部分であろうが、近年はそれに加えて、サステナビリティに関するものや、サイバーリスク、自然災害への対応など、新たな課題が山積みである。
引き続き状況をみながら、重要なレポートが公表された時には報告していくこととしたい。
(2024年07月11日「基礎研レター」)
関連レポート
- 自然災害をカバーする保険の普及にむけた方策の検討(欧州)-EIOPAのスタッフペーパーの公表
- 保険部門におけるデジタル化の進展(欧州)-EIOPAの調査報告書(2024年4月)の紹介
- 保険・年金分野におけるグリーンウォッシングの規制にむけて(欧州)-EIOPAの最終報告書の公表
- 保険と年金基金における各種リスクと今後の状況(欧州)-EIOPAが公表した報告書(2024年5月)の紹介
- 保険・年金の消費者動向レポートの公表(欧州)-EIOPAからの報告書の紹介
- 金融システム、特に保険と年金基金のリスクと脆弱性に対する助言等の公表(欧州2023秋)-EIOPA等の合同報告書の紹介
- 保険会社を対象としたストレステストの開始(欧州)-地政学的な懸念を想定した、EIOPA等のシナリオに基づいて
- 保険会社の再建と破綻処理等の制度構築の動き(英国)-PRAが「ソルベント・イグジット」の導入について意見募集中

03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
安井 義浩のレポート
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