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5――「従業員エンゲージメントの向上」に資するオフィス戦略の在り方
18 「健康経営」は、特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標。以下、同様。
(1)台頭するオフィス再定義論への疑問
我が国では、「出社する意味を問い直し、従業員が出社したくなるようなオフィスを目指すべく、メインオフィスなどオフィスの役割・在り方を再定義すべきである」との考え方が広がっている。
その中でも、「従業員が一人でもできる作業は在宅勤務でこなせるため、オフィスは、従業員がコミュニケーションを交わしコラボレーションを実践する場に変えるべき」との意見が多く聞かれる。これは、在宅勤務とオフィスワークの役割・機能を厳格に切り分けようとする、一見もっともらしい考え方であり、これを突き詰めると、従業員は、チームでの打合せ・議論など対面のコミュニケーションがどうしても必要な場合など極力必要最小限の出社しかしないようになるだろう。そうすると、企業は、メインオフィスにおいて固定席を保持する必要がなくなる一方、不定期に必要最小限出社する従業員を受け入れるために座席を固定せずに共用する「フリーアドレス」や「ホットデスキング(hot-desking)」を導入した上で、オフィススペースを必要最小限の出社に合わせた規模へ大幅に削減し、従業員同士の交流を促すオープンな環境に特化したオフィスへ転換(改装・リニューアル)していく方向に進むだろう。
コロナ後の平時にも週の半分以上を在宅勤務とするなど、一人で集中して業務を行ったりオンライン会議を行ったりする場としての在宅勤務を働き方の中心に据えれば据えるほど、このような傾向は強まるとみられる。このような在宅勤務を中核に置くワークプレイス体制は、筆者が推奨するメインオフィスを中核とするワークプレイス体制(第4章にて前述)とは対極を成す。
ソロワーク空間としてのテレワークとの役割・機能のすみ分けにより、コラボレーション機能に特化したオフィスでは、メインオフィスが本来担うべき、イノベーション創出の起点や企業文化の象徴としての機能を十分に果たせない、と筆者は考える。テレワークに重きを置く働き方を志向しようとする企業は、この点について多くの注意を要する。
業務を厳格に切り分けて在宅勤務とオフィスワークを使い分けることは、一見合理的であるように見えるが、予め決まった特定の従業員と直接顔を合わせる必要がある場合のみオフィスに出社し所定のミーティングが終われば帰宅するのであれば、イノベーションの源となり得る、メインオフィスの休憩・共用スペースなどでの異なる部門の従業員との偶発的な出会いやインフォーマルなコミュニケーション、すなわち「フィジカル(リアル)空間でのセレンディピティ(serendipity:思いがけない気付き・発見)」に出会うチャンスは著しく低減してしまうのではないだろうか。在宅と出社を厳格に切り分けるやり方は、イノベーションが起こりにくいオフィス運用に陥りかねない。
人材版伊藤レポート2.0においても、前章で取り上げた「要素⑤:時間や場所にとらわれない働き方」を進めるための取組の1つである「取組(2):リアルワークの意義の再定義と、リモートワークとの組み合わせ」では、この取組を進める上での有効な工夫として「部門を超えたコミュニケーション機会の確保」が挙げられている。「リモートワークの普及により、特別な意識を払わない限り、社員間のコミュニケーションは業務上のものに限定されやすい。また、職場で勤務する社員が減少すると、異なる部門の社員とコミュニケーションを交わす機会も減少し、他部門への関心も低くなりやすい。この結果、各社員が業務を行う際の視野が狭まってしまう」との懸念が示され、その上で「このような状況を踏まえ、異なる部門の社員同士が対話する場の設定等、部門を超えたコミュニケーション機会を意識的に設ける」ことが提案されている。
コロナ後の働き方・オフィス戦略の在り方として、在宅勤務とオフィスワークを厳格に切り分けるのではなく、良い意味での「曖昧さ」=「余裕部分・余裕代」を残しておくべきであり、コロナ後には、必要な時だけ出社するのではなく、偶発的な出会い・新たな気付きを求めて街をふらっと歩くように、明確な目的もなく出社する日があってもよい、と筆者は考える。
イノベーション創出の視点を考察するために、従業員がイノベーションにつながり得るアイデアを生み出すプロセス経路を考えてみる。まず、メインオフィス内のインフォーマルなコミュニケーションを促す休憩・共用スペースなどで、異なる部門の従業員との何気ない雑談・会話や時には白熱した議論から、これまでにない気付きやインスピレーションを得るのが第一段階(フェーズ1)だ(図表5)。続くフェーズ2では、得られた気付きやひらめきを、間を置かずに一人で集中して熟成し深掘りすることで、ビジネスに使える具体的なアイデアに一気呵成に落とし込まなければならない。ところが、従業員間の交流を促す機能に特化したオフィスでは、周りが騒がしく集中できないために、フェーズ2の集中作業を一旦中断しなければならないなら、気付き・ひらめきを整理されたアイデアに落とし込むタイミングを逸してしまい、ビジネスに活かされない単なる気付き・ひらめきの段階で終わってしまうことになりかねない。フェーズ3は、生成されたアイデアを文章・図表・数式などに形式知化する最終段階であり、ここでも集中力が必要だ。
このようにイノベーションの源となるアイデアを効率的に生み出すためには、メインオフィスでは、従業員間の交流を促すオープンな環境と集中できる静かな環境といった両極端にある要素を共存させるなど、多様なスペースの設置が求められる。また、この相反する2つの要素の間には、例えば前述の少人数で密度の濃いミーティングを行える小さな部屋など、多様なオプションがグラデーションのように存在するだろう(図表6)。
例えば、社内でデスクを固定しない「フリーアドレス」は、従業員同士の交流を促す施策の1つだが、この場合も、分散した小さな部屋や集中ブースなど、1人で集中して業務に取り組めるスペースを併設・確保するなどの工夫が必要だ。また、完全フリーアドレス化には、異なる部署の従業員との偶発的なコミュニケーションを促進するメリットの一方で、従業員規模の多い大企業の場合では、部署内のコミュニケーションがかえって取りづらくなるデメリットがあるため、チームを中心としたワークスタイルを大切にするのであれば、完全フリーアドレスではなく、部署・ユニットやチームごとに緩やかにゾーンを決めてゾーン内でフリーアドレスを運用する「グループアドレス」を取り入れるのも一法だろう(図表6)。
そもそも「行きたくなるオフィス」と言っても、従業員が望むオフィス環境は嗜好や性格特性などによって異なる。また同じ従業員でも、その時々に取り組んでいる業務の内容や気分・体調によっても、働く場へのニーズは異なるだろう。
企業が従業員にその時々のニーズに応じて「働く環境(オフィススペース)の選択の自由」を与えることは、「働き方改革」の本質だ。従業員の働く環境の多様なニーズにできる限り応えるとの視点からも、メインオフィスには、あたかも多様性を持つ「街」を再現・凝縮したような「フルパッケージ機能」の装備が望まれる。このことは、筆者がコロナ禍の中でいち早く提唱した、コロナ後の働き方とオフィス戦略の在り方における「2つの重要性」(第4章にて前述)のうち、「働く環境の多様な選択の自由の重要性」に対応する。ここでの多様な選択肢には、前述したサードプレイスオフィスや在宅勤務など社外でのオプションに加え、メインオフィス内に設置された多様なスペースも含まれる。
企業が従業員の働く場の多様なニーズにできるだけ寄り添った対応・サポートを行うことは、従業員の満足度や士気・忠誠心を高めるとともに、働きがい・快適性・心身の健康(ウェルネス)・ウェルビーイングを向上させ、活力・意欲・能力・創造性(クリエイティビティ)を存分に引き出すことを通じて、生産性向上やイノベーション創出につながり得る、と筆者は考える。
因みに、頻繁に引用される研究結果として、米国の心理学での「幸せな社員は、不幸せな社員より生産性が1.3倍高く創造性が3倍高い」(米カリフォルニア大学リバーサイド校のソニア・リュボミアスキー教授)というものがある。
(2024年07月09日「ニッセイ基礎研所報」)
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社会研究部 上席研究員
百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)
研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営
03-3512-1797
- 【職歴】
1985年 株式会社野村総合研究所入社
1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
2001年 社会研究部門
2013年7月より現職
・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)
【受賞】
・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
(1994年発表)
・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)
百嶋 徹のレポート
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