2024年07月05日

保険・年金分野におけるグリーンウォッシングの規制にむけて(欧州)-EIOPAの最終報告書の公表

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――グリーンウォッシング規制の全体の流れ

欧州の金融監督当局(EBA(欧州銀行監督機構)、EIOPA(欧州保険・企業年金監督機構)、ESMA(欧州証券市場監督局、あわせてESAと呼ばれる。)が、2024年6月4日、金融セクターにおけるグリーンウォッシングに関する最終報告書を公表した。どれも基本的な考え方は同じであるが、ここではそのうちEIOPAの最終報告書1を中心にみていくことにする。
 
これまでの背景・経緯に簡単にふれておく。欧州の保険契約者や年金加入者は、自分が拠出した保険料等の資金をサステナブルな方法で投資してほしい、という点に対する関心を高めている。EIOPAの2023年の調査によると、EUの消費者の32%がサステナブルな要素をもつ保険や年金商品について聞いたことがあるとし、別に13% はすでに購入済み、また13% がそのような商品への加入を検討していると回答した。 さらにその他のうち27% は、サステナブルな保険や年金商品について聞いたことはないが、もっと詳しく知りたいと回答した。

そうしたことを受け、保険会社および年金基金は、事業をよりサステナブルなものへと適応させてきている。このこと自体は、経済社会全体のよりサステナブルなものへの移行に貢献することである。しかし、ここで保険会社等が経営実態や商品・制度について、消費者の誤解を招くような表現をしてしまうことが問題となる。サステナブル要素についての誤解を招くような主張を「グリーンウォッシング」と呼ぶ。本稿で紹介する規制案の目的は、グリーンウォッシングをなくすことで、本当の意味でサステナビリティを高めていこうということである。

既に2022 年 5 月 に欧州委員会からEIOPAに対して、グリーンウォッシングとその監督について、助言するよう要請があり、中間報告書の公表を経て、今回最終報告書が公表されたとういうことである。
 
1 Advice to the European Commission on greenwashing risks and the supervision of sustainable finance policies(EIOPA 2024.6.4)
 https://www.eiopa.europa.eu/document/download/c5d52866-1c3f-4913-9e20-5a5f40135efa_en?filename=Final%20Report%20-%20EIOPA%20advice%20to%20the%20European%20Commission%20on%20greenwashing.pdf
 (報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)

2――最終報告書における、グリーンウォッシング規制の原則と対応方針

2――最終報告書における、グリーンウォッシング規制の原則と対応方針

規制の考え方として、以下の4つの原則が挙げられている。

すなわち、サステナビリティに関して、保険会社や年金基金等が何らかの主張をする場合、その主張内容は
 
原則1. 正確かつ明確で、保険会社や保険商品の性質を公正に表すものでなければならない。
原則2. 明確な理由、事実、プロセスによって実証される必要がある。
原則3. その実証も含めて、利害関係者がアクセスできる必要がある。
原則4. 最新の状態を保持する必要があり、重要な変更があれば、明確な根拠とともに、適時に開示されるべきである。
 
なお、今回の最終報告書にいたるまでに中間段階の報告書が既に公表されており、それに対して保険業界からも意見や要望がだされたことは、前回のレポート2でも報告した。大筋は変わっていないと思われるので、そちらもご参照頂きたい。
 
さて、グリーンウォッシングの監督を強化し、持続可能な財政を改善することを目的として、EIOPA は一連の提案を提示した。項目としては以下の9項目である。
 
提案 1 – グリーンウォッシングに関する、ESA の共通理解を検討の出発点とすること
提案 2 – サステナビリティの主張と関連した グリーンウォッシングに対するEU共通の監督アプローチの構築
提案 3 – 強化され、かつ対象を絞った監督を通じて、対グリーンウォッシングに取り組む活動
提案 4 – グリーンウォッシングの事前防止
提案 5 – グリーンウォッシングに取り組むための監督リソースと専門知識の強化
提案 6 – サステナビリティ機能を備えた保険商品に関する知識の充実
提案 7 – 消費者中心のサステナビリティの選好
提案 8 – 保険・年金の消費者・事業者双方に有効な、サステナビリティ関連の投資枠組み
提案 9 – 職業年金分野におけるサステナブルな財政強化とグリーンウォッシング規制の構築
 
2 金融分野におけるグリーンウォッシングの規制に向けて(欧州)EIOPAと欧州保険協会の意見表明(2024.4.16 ニッセイ基礎研究所)
https://www.nli-research.co.jp/files/topics/78226_ext_18_0.pdf?site=nli

3――具体例において原則との関連をみてみる

3――具体例において原則との関連をみてみる

以上の通り、原則的な考え方と対応方針は示されており、報告書でもさらに詳細な記述はあるのだが、それよりも報告書内に挙げられた具体例をみて、それがどの原則に抵触するか、正しくはどうあるべき3とされているか等をみておく方が、規制のイメージをとらえやすいと思われるので、今回は具体例を中心に紹介する。
 
3 正しいとされる例の方は、さらに個々の事情によって、評価が分かれると思われるが。
1保険会社の経営方針や投資方針に関わる事象

<サステナビリティに関して「誤解を招く」主張の例>
(1) ある年金基金が、新しい投資戦略にサステナビリティを考慮することを組み込むことを宣言し、具体的な方策については、サステナビリティへの配慮において豊富な実績があるとされる外部団体に委託した。しかし、その外部団体はもとよりサステナビリティに関する専門性を誇張していた。実際には必要な専門知識がないために、年金基金から期待されたレベルのサステナビリティを考慮した運営ができなかった。

結果的に年金基金の最初の主張は正確ではないことになる (原則 1に反する)。外部団体の有するサステナビリティの専門知識に関して虚偽表示がある。サステナビリティに関する考慮が不十分だと、かえってサステナビリティへの意欲が低い投資になってしまうことを、年金基金が認識していない。

(2) 保険会社がウェブサイトで「サステナブルな投資に幅広い選択肢がある」「投資を、現実的にサステナブルな企業に向ける可能性あり」と主張している。にもかかわらずウェブサイト上では、そのサステナビリティ関連の投資内容の詳細を開示していない。従ってこれらの主張は正確ではない(原則 1に反する)。

この保険会社は曖昧で過度に肯定的な主張をしていることになる。さらに自社商品に関する具体的な情報を開示していないため、これらの主張には根拠がない(原則2に反する)。

ウェブサイトではサステナビリティに関する具体的な属性を掲げておらず、契約者の支払った保険料がどのようにサステナビリティに役立つかについても説明していない。

(3) 保険会社が、ウェブサイト上に、経営レベルのサステナブルファイナンス開示規則(SFDR)に沿った情報を開示してはいても、それに一般の人々がアクセスしにくい。SFDR 関連部分には、面倒なページ移動を繰り返してやっと辿り着ける。実際問題としてこの主張にはアクセスできない (原則3に反する)。

(4) 保険会社は、自社の ウェブ サイトのトップページで、温室効果ガス排出量が少ない企業への投資を行うことを強調している。しかし実際には、多くの投資が温室効果ガス排出量の多い企業に対しても行われており、そのことは他のレポートで開示されているが、ウェブサイトでは反映されていない。

その情報にアクセスするには、面倒なページ移動を繰り返す必要がある。この主張はプラスの影響だけを強調しているため、正確ではなく (原則1に反する)、アクセス可能でもない (原則3に反する)。その一方で、アクセスしにくい方法でのみ、より多くの重大な悪影響を開示している。これでは保険会社のサステナビリティへの取組みを評価する際に、消費者に誤解を与えてしまう。
<健全なサステナビリティ主張の例>
(5) 保険会社は、自社のウェブサイトで、保険引受ポートフォリオにおいて 2050 年までに実質ゼロ排出を達成するための提携に参加したことを明らかにしている。これに加入するにあたり、この保険会社は、長期的なサステナビリティ目標を明確に示し、科学的な中間目標を持つロードマップを確立した。そして内部に進捗状況を追跡する厳格な監視を導入している。対外的な説明責任を確保するために、これらの中間目標に向けた達成状況を詳細に記載した進捗レポートを定期的に発行し、その際、アプローチと戦略の重大な変更があれば、正確に伝えている。

(6) 保険会社はサステナビリティを促進すると宣言し、明確かつ多層的な方法で追求する目標について、ウェブサイトで情報を公開しており、消費者は比較的簡単に情報にアクセスできる。この他に、関連する他の報告書やデータソースへのリンクも提示しており、サステナビリティ目標に向けてどのように進んでいるかを、利害関係者が簡単に確認できるようになっている。
2|保険商品の詳細等に関わる事象

<サステナビリティに関して「誤解を招く」主張の例>
(7) 保険会社は自社の保険商品を「サステナブルな未来」と名付けているが、この商品には、契約前の開示情報の中で、サステナブルな投資への具体的なコミットメントはない。この主張は実証できない (原則2に反する)。

(8) 保険会社は、その保険商品資産の 50% 以上が特定の ESG 側面を考慮する企業に投資するような保険型投資商品であるため、(自動的に)サステナブルであると主張している。しかし、事前の商品開示規則上はそのことに言及していないので、この主張は実証できない (原則2に反する)。そもそも、「当該資産の50%はESGの側面を考慮する企業に投資すること」を示す根拠が開示されず、アクセスもできない(原則3に反する)。

(9) 保険会社は、サステナビリティ関連のビジュアルを使用したソーシャルメディアへの保険商品の広告を作成し、「海洋保護に貢献する商品」とうたっている。しかし具体的にどのように海洋生態系保護に貢献するのかを説明していないので、この主張は実証されていない (原則2に反する)。
<健全なサステナビリティ主張の例>
(10) 保険会社は、「パリ提携投資」という名前の 保険型投資を提供している。この商品の目的は、パリ協定の目標との整合を達成することであり、この目的については、開示規則に従い開示され、さらにそれ以上の詳細を詳しく説明している。

(11) 年金基金は、「資産移行と退職に向けたファンディング」という名前の退職年金商品を提供している。これには、環境汚染に起因する温室効果ガス排出量を削減するという目標があり、年金資金の投資において、どのように目標を達成するつもりか(投資資産の選択・移行など)説明されており、その活動によって温室効果ガス排出量を削減することが期待されている。投資先企業と協力して、温室効果ガス排出量削減のためのビジネス上の意思決定の際、判断基準を与えることができるようになっている。

4――おわりに

4――おわりに

さて、報告書で出されている例を見てきたが、全体として「原則に反する」ものは、それはそうだろうと思う一方、「適切である」という例は、見る人によって納得感が異なるのではないかと感じられる。また前回のレポートでも触れたが、中間報告書の段階で保険業界からは、既存の開示規則との関係(重複や矛盾)が懸念されていた。また、「一般的な経営方針の表明すべてにおいて、漠然とした表現は禁止され、具体的な方策を示す必要があるのか?」などといった疑問が既にだされている。それらの事象に対して、「これでよい」とする基準がすべて明確になっているとは思えない。保険業界の反応や、さらに具体的なガイドラインなどがでてくるのかなど、今後の動きを見ていきたい。

(2024年07月05日「基礎研レター」)

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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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