2024年06月14日

「育成就労」制度の創設-人権保護と人材育成、それからステルス移民?

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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1――はじめに

2024年6月14日、技能実習制度を発展的に解消し、就労を通じた人材育成及び人材確保を目的とする、新たな在留資格「育成就労」の創設を盛り込んだ育成就労法1が成立した。

この結果、1993年に始まった「技能実習」制度は廃止され、国際貢献を名目に行われて来た未熟練労働者の受け入れは、新たに創設される育成就労制度のもとで、人材確保の目的から行われることに変わる。新制度では、外国人労働者のスキルアップとキャリア形成に重点が置かれ、受け入れ機関(企業)における日本語教育と人材育成が強化される。新制度は「特定技能」制度の前段階として位置づけられ、外国人労働者がより長く日本で働くための要件とキャリアパスとを明確にする。新制度は、3年後の2027年までの施行を見込む。

新制度のもとで来日した外国人は、自らの日本語能力や技能を高めることで、永住権を取得可能な特定技能2号に移行することができる。分野ごとに受け入れ人数枠が設定されるため、無制限の受け入れとはならないものの、将来的には専門的な知識・技術を有した外国人材は増えていくことが予想される。これまで日本の外国人政策は、受け入れた外国人を「いつか帰る人」として扱い、短期間でローテーションしていくことを前提としてきたが、今後は受け入れた外国人を自ら育て、有為な人材は日本に長く留め置く、外国人が長期間日本に滞在することを前提とした政策に変わることになる。

本稿では、新たに創設される育成就労制度について、今般見直しの対象となった技能実習制度および特定技能制度と比較し、何が変わり、何が課題として残ったのかを整理する。
 
1 正式名称「出入国管理及び難民認定法及び外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律の一部を改正する法律案」

2――外国人労働者の現状

2――外国人労働者の現状

足元、日本で働く外国人労働者は、2013年以降11年連続で過去最多を更新している。厚生労働省のデータによると、2023年10月末時点における外国人労働者数は約205万人。前年比では+12.4%増加し、コロナ禍以降で初めて2桁の増加率を記録している[図表1]。また、外国人を雇用する事業所数も29.9万事業所と前年比+6.7%で増加し、過去最高を更新している。

在留資格別にみると、「身分に基づく在留資格」(61.6万人)と最も多く、次いで「専門的・技術的分野の在留資格」(59.5万人)、「技能実習」(41.5万人)、「資格外活動」(35.3万人)等となっている。前年比では、「専門的・技術的分野の在留資格」の内訳である「特定技能」の外国人労働者が+75.2%(前年比+5.9万人)と大きく増加し、製造業や建設業で働く「技能実習」も+20.2%(前年比+6.9万人)と2年ぶりの増加に転じている。

国籍別には、ベトナムからの労働者(51.8万人)が25.3%を占めて最多であり、次いで中国(39.8万人)、フィリピン(22.7万人)、ネパール(14.6万人)等が続く[図表2]。近年は、日系企業の進出が拡大するベトナムからの労働者が増えており、外国人労働者全体に占める割合は、2020年に中国を追い抜いて以降、最多を維持している。とりわけ、ベトナムからの労働者は在留資格「技能実習」で働く者が多く、全体に占める割合は過半を超える。なお、中国は「専門的・技術的分野の在留資格」で働く者が多く、ネパール2は留学生として来日し、出入国在留管理局(法務大臣)から「資格外活動」の許可を得てアルバイト等として働く者が多いなど、国ごとに異なる特色がある。
[図表1]外国人労働者の推移/[図表2]在留資格・国籍別(2023年10月時点)
 
2 手島恒明「地方のインフラを支える外国人留学生-ネパール人留学生の事故死から考える」ニッセイ基礎研究所(2024年6月7日)

3――育成就労制度とは

3――育成就労制度とは

1制度創設の経緯
今般の育成就労制度の創設は、技能実習制度と特定技能制度の見直し議論から決まったものである。政府は、2022年12月に「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」を立ち上げ、外国人を適正に受け入れる方策について検討して来た。同有識者会議の開催は16回にわたり、その議論を踏まえて公表された「最終報告書」(2023年12月公表)には、現在の技能実習制度の廃止と育成就労制度の原型が盛り込まれた。この提言は、政府与党内の議論でも大部分が踏襲され、2024年3月に政府案として国会に提出されている。

同有識者会議の設置は、2つの法律に基づいている。1つは、技能実習適正化法3。2017年に施行された法律で、技能実習生の保護強化を図るため、外国人技能実習機構を創設し、技能実習計画の認定・監理団体の許可の制度などを設けた法律である。もう1つは、2019年改正入管法4。人材不足が深刻な業界(特定産業分野)における人手の確保策として、在留資格「特定技能」の創設につながった法律である。この2つの法律の付則には、法施行後数年を目途に規定を見直し、所与の措置を講じることが記されている。有識者会議が設置された2022年は、この見直しの時期にあたっていた。
 
3 正式名称「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」
4 正式名称「出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律」
2制度改革に至った背景
ただ今般、抜本的な見直しが行われた背景には、両制度における人権上の問題が、これ以上看過できないところまで来ていたことが挙げられる。とりわけ、技能実習制度における問題は深刻で、低賃金や劣悪な環境に耐え兼ねて、実習生が失踪する事案が継続的に発生している。加えて、コロナ禍の外出制限で経済活動が停止した際には、国による様々な救済策が講じられたにも関わらず、適切な支援が受けられずに行き場を無くす実習生が続出した。こうした状況は、以前から国際的な批判に晒され、改善を求められて来たところである。
[図表3]技能実習制度に対する国際的な指摘
こうした技能実習制度に対する批判の中には、国連や米国から指摘されているものがある[図表3]。例えば、2016年に国連女子差別撤廃委員会による勧告では、技能実習制度によって締約国に来た女性や女児が強制労働や性的搾取を受け続けていることが指摘され、2018年および2020年の国連人種差別撤廃委員会による勧告では、政府の監督が不十分であることなどが指摘されている。また、米国は国内法に基づき2001年から毎年、各国・地域政府の1年間の人身取引対策を4段階で評価する報告書(人身取引報告書)を作成・公表している。日本は2020年版の報告書において、技能実習制度に関する取組不足を指摘され、最高評価から1段階評価を下げている。直近2023年版の報告書では、強制労働の報告があるにも関わらず、技能実習制度における人身取引被害者を1人も認知しなかったことや、技能実習生を搾取した者の訴追や処罰した発表がなく、強制労働や児童の性的搾取を刑事捜査し、訴追する政治的意思が欠如していることを指摘している。

日本政府もこのような批判に対して、2017年に技能実習適正化法を施行し、2022年に人身取引対策行動計画を改定するなど、様々な取組みを進め対応を強化してきた。しかし、国際的な懸念を完全に払しょくするには至っていない。むしろ、技能実習制度の職種拡大や、在留期間が延びる中で受け入れは拡大し、国際貢献を掲げた制度と、人手不足解消に使われる実態の乖離は広がり、人権上の課題も大きくなって来たと言える。そうした状況において、制度の抜本的な見直しを行うことなく、軽微な修正で問題を温存することになれば、人権問題に取り組む日本の姿勢が疑問視されることになる。

世界に先行して少子高齢化という課題に直面する日本では、すでに外国人は貴重な戦力として、労働市場に定着している。日本が将来的にも外国人から選ばれる国であり続けるためには、少なくとも外国人労働者の人権状況を改善し、マイナス評価を受ける部分を無くしていくことが欠かせなかった。その意味で、今般の制度見直しと育成就労制度の創設は、不可避であったと言える。
3人権保護の強化
今般の見直しにおける最大の焦点は、上記でも触れてきた通り、外国人労働者の「人権保護」を強化することにある。新制度では、人材確保と人材育成という目的を明確にすることで、技能実習制度でみられた目的と実態の乖離を是正し、労働者としての権利向上を図っている[図表4]。

とりわけ、人権侵害の大きな要因とされてきた「転職(転籍)」制限が緩和されることは注目される。日本では憲法で職業選択の自由を定め、労働者には転職や退職の自由を認めて来たが、技術移転を目的とし、実習元に紐づいて受け入れて来た技能実習生には、原則として認めて来なかった。これが、育成就労制度では、1~2年の就労後、一定の技能や日本語などの要件を満たせば、本人意向による転職が可能となる。併せて、例外的な扱いとして認めて来た「やむを得ない事情がある場合」の範囲を拡大・明確化し、手続も柔軟化する。
[図表4]主に「人権保護」に関する内容
転職は、外国人技能実習機構を改組した「外国人育成就労機構」が主導する。外国人技能実習機構は、適正な技能実習の実行と技能実習生の保護を目的とする機関であり、主に管理団体(技能実習生の募集や企業とのマッチング、技能実習生の活動および受け入れ先企業へのサポート等を行う団体)に対する監査や調査を担っている。育成就労制度では、外国人育成就労機構がこの役割を引き継ぎ、管理団体への監督指導、外国人への支援保護の機能を更に強化したうえで、1号特定技能外国人に対する相談援助業務も担うことになる。

なお、監理団体は「監理支援機関」に変わり、引き続き監理を担う。ただ、外部監査人の設置が許可要件となり、受け入れ機関(企業等)と密接な関係を有する役職員を、当該受け入れ機関に対する業務に関わることを禁じる。独立性と中立性を高め、牽制機能を強化する策が講じられる。併せて、職員の配置、財政基盤、相談対応体制等の許可要件も、厳格化される見込みである。

また、技能実習制度では、来日する際に抱えた借金が、人権状況を悪化させる要因の1つと言われてきた。実際、出入国在留管理庁が2022年に実施した調査によると、技能実習生の約6割に、平均して約55万円の借金があるとされる。育成就労制度では、この費用の一部を企業が負担し、外国人が来日する際の借金を抑制する仕組みが導入される。育成就労制度では、外国人の転職が容易になるが、転職先の企業が初期費用の一部を負担することで、負担の公平が図られる見込みである。

育成就労制度では、国内だけでなく、国外への働き掛けも強化される。送出機関は、外国人労働者の母国で設立された団体で、外国人労働者を選抜して、日本の管理団体に取り次ぐ役割を担っている。送出機関は、公的機関から推薦を受けて業務にあたるが、公的機関は日本とその国との間で結ばれた二国間取り決め(外国人労働者の受入・送出を円滑にするためのルール)に従っている。現在、主な送出国の中では、中国およびペルーとの間で二国間取り決めが締結されていない。ただ今後は、原則として二国間協力覚書の締結国からのみ受け入れとなり、悪質な送出機関の排除に向けた取り締まり強化や手数料の透明化などを進め、適正な受け入れのためのルールが設けられる見込みである。

併せて、政府は外国人の不法就労やあっせん行為を取り締まる「不法就労助長罪」を厳罰化する。現在、企業やあっせん業者が外国人を不法に就労させた場合、法定刑は3年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金としているが、これを5年以下の拘禁刑もしくは500万円以下の罰金に引き上げる。不法就労を助長することに対する罰則の強化により、悪質なあっせん業者の排除を狙う。

(2024年06月14日「基礎研レポート」)

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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
経済産業政策、金融

経歴
  • 【職歴】
     2011年 日本生命保険相互会社入社
     2017年 日本経済研究センター派遣
     2018年 ニッセイ基礎研究所へ
     2021年より現職
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

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